裏腹に
一度呑み込んでみたものの、意味が分からず聞き返した。
「………………はい?」
(え? 一体いつ私が側室になるという話になったの? え? しかもミーシア様もお怒りのご様子。え? え??)
頭の中では疑問を解決するため点と点を線に繋げていくのだが、全く線にならない。己が忘れているだけで側室になりたいとでも言っただだろうか。いやそんな話を忘れるわけがないしなりたくもない。なりたくもないのに何故わたしが帝国の名を穢す?
私はもう関係無いはずなのに。解らない。私はいま何を言われているのか。
「全く、お前はいつもそうだな! 馬鹿なフリして必死になって……そこまでして注目を集めたいのか! そこまでして俺の関心を引きたいのか!?」
「え……?」
「はぁ〜……、ほらな。そうやって首を傾げれば許されると思っているのだろう? でもお前の顔にも慣れたからな。美人は3日で飽きるというのは本当だな!」
「ッ……、」
なんと酷い言われようか。
結局顔だけなのか。私の中身は何ひとつ見ていないのか。
貴男はいつもそうだ。
わざと人の目につく場所で、顔を武器にした馬鹿な女だと大声で言うの。
それでもその瞬間だけ我慢していれば無邪気で可愛い人になるから何も言わずにいた。
もう関係ないのに。婚約者でもなんでも無いのに。
(なんでまだ言われなきゃいけないの!? あんたは王家の血筋で私はしがない伯爵家なのに……! ただでさえ帝国の姫と婚約して、私は、私はなんて返せばいいのよ……!)
クスクスとまとわりつく嘲笑が私の声を奪っていく。
隣の男は被害者面して助けてもくれない。
申し訳御座いませんと、そう言えばいいのか?
何が悪いとか誰が悪いとか関係無いのだろう?
私が謝ればそれで済むのだろう?
(あのキスで終わらせてくれれば良かったのに……)
「っ、申し訳──」
「ルーカス。お前って男は本当に女の子を分かってないなぁ」
「──!?」
ぽすんと温かな胸に収めてくれた相手はノア・プラトン。男兄弟がいないから、殿下が唯一憧れ、尊敬している人。
ミーシア姫も知的で大人な彼を好いている。
だからこそ私もあまり近付かないようにしていた。変な噂でもされたら面倒だから。
「ノア兄!? お、俺のどこが女の子を分かってないって言うんだよ……!」
「元婚約者の気持ちも汲んであげられないようじゃあまだまだでしょ」
「婚約者をころころ替えるノア兄には言われたくないな!」
「俺はやめときなって言ってるけど、それでも良いって女の子達が言うんだもの。だから言っただろうと溜息をつくのもそろそろ飽きたさ」
「ぐぅ……! ノア兄さすがッ……!」
「で? なんだってシャーロット嬢が謝ろうとしてるの? もう君たち別れたんだろう?」
「シャーロットは俺の側室になるっていうのにその男を誘惑してミーシアにまで恥をかかせようとしたんだ……! ミーシアは正妻の座を渡した彼女にすごく感謝してたのに……! こんな形で嫌がらせするなんて……!」
「そうですわ! いくら私が悪かったとしても子でも出来たらどうするのです! 帝国と貴国との信頼関係が崩れますわ! 世継ぎに関して我が国はとても厳しいのですから!」
胸と胃がチクチクと痛む。
私が何をしたというの?
言われた通りに、望み通りに別れたのに。
目立ちたくない。見ないで。隠れたい。逃げたい。今すぐ逃げたい。
「……ふーーん。で? シャーロット嬢、君はルーカスの側室になりたい程愛していたの?」
「え、っ、それは……その、」
「俺が聞いてるんだから正直に答えてもいいんだよ。どうなの? 愛していたの?」
「っ、…………いえ、別に……」
「ふふ、別に、だって。そりゃそうだ。見てれば判るよね」
スッと、心が軽くなった気がした。
言ってやった。私はいま言ってやったんだ。
お前なんか好きじゃないって、言ってやったんだ。
「え!? シャーロット様、それは本当ですの!?」
「シャーロット!? 嘘をつけ! お前はあんなに俺のことを……!」
「……いえ。私は、殿下のことを異性として愛したことなど御座いません。故に側室にもなりたくありません。殿下が私を婚約者として選んだから、だから今まで、私は、私は貴男様の望む婚約者として振る舞ってきただけです。愛してなんかいません……!」
「なぁ〜〜んだぁ! んもう! それなら良いのよ! ごめんなさいね!」
「そんな……! シャーロット、そんな……!」
「やあねルーカス。側室なんて誰だって良いじゃない。世継ぎが出来ればそれで良いのだから」
「ミーシアは今までのシャーロットを知らないだろう!? そんなの、そんなことって……! 最後だってあんなに寂しそうに……!」
「なによ。まるでシャーロット様を好いているみたいに言うのね!?」
「え!? いや、それは、その、いや、そんなワケ……」
(殿下のあの顔! 見たかこの野郎! 嗚呼こんな日が来るなんて! ノア様には今度御礼でもしなくっちゃだわ……!)
見上げると悪戯に笑うノア様の顔。たまにこうやって甘やかされた親戚の弟分を分からせてやるときがある。いつも心の中で『よくやってくれたわ!』と拍手を贈るが、今日ほどスタンディングオベーションな日はない。
今日という日はきっと人生の中で最も忘れられない日になるだろう。そうだ。きっとそうに違いない。いや絶対にそうだ。
「じゃ、ルーカス。そういう訳で彼女はもらっていくよ」
「へ!? ッはい!? ノア様……っ!?」
どういう訳か私の手はノア・プラトンに引かれ、勢いのまま階段を上っていく。
踏まないようドレスの裾を咄嗟に掴んだ。シルクオーガンジーがひらひらと風に舞い、カツカツとヒールが鳴る。後ろでは「ノア兄……!?」と呼び止める殿下の声。
「何処に行くかなんて不躾だから聞かないでくれよ。ルーカスが婚約破棄してくれたお陰で俺はやっと好きな人とふたりきりになれるんだから」
「え!? え……!?」
(もう……! 目立ちたくないっていうのに……!!)
そんな気持ちとは裏腹に、ホールの視線を全てさらっている自分が居た。
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