第37話 少しはシリアスがあったっていい
「フハハハ! 邪神王子、ふっかぁーつッ!!」
「おう、おめでとさん」
全てを失い、代わりにアホの子を手に入れた俺達は今、第三の街に戻っていた。
なんとかユーリスを説得し、転送魔法での移動に成功した事で。
もちろん全裸ではない。
ウィシュカが草を集め、ダウゼンが編み込んで簡易的な衣服を作ったんだ。
この二人、意外に生産スキルが高くてビックリだったよ。
で、なんとか戻って酒場に来て。
せっかくと試しにギュリウスを呼んでみたら、案の定復活した。
どうやらコイツも仲間達と同じ、無限残機系の特殊メンバー扱いらしい。
つまり足場が増えた訳だ。
これで気兼ねなくユーリスを普通に扱えそう。
ギュリウスの好感度が激上がりしない限りは。
「さて、装備を一旦整えたい所だが。ギュリウスのレベルを上げるついでに金稼ぎしておかないとな」
「そうね。ならいっそまた不思議な迷宮にでも潜る?」
「それも考えようによってはアリかもしれない。あそこの武器に助けられたのは事実だし、無くなると不安はあるよな」
あとの問題は装備だが、これも意外にキツイ。
お金も全て失ったので元手が無いんだ。
だからしばらくは草服だけで耐える必要がある。
唯一、ウィシュカだけはサハギンのぬいぐるみ姿だからまだマシだ。
マトモかどうかはこの際別として。
「ならば我が魔法でザコどもを焼き尽くしてやろう!」
「ドリルさえ無いお前だと即死確定だから、最初は見ていような」
「買う金が無いなら最初の街の王を脅せばいい! 我が事実を突き付ければきっと白状するぞ!」
「それはそれで面白そうだけど、なんか妙な事件が起きそうだから今はやめておこうな?」
今のレベルなら、この付近のザコくらいは素手でも勝てるだろう。
そのついでにギュリウスのレベルも上げて、即死を免れる様にしなければな。
ま、こいつが黙って言う事を聞いてくれれば、の話だけども。
それからおよそ一〇日が過ぎて。
俺達の生活はようやく軌道に乗り始めた。
俺とユーリス、ギュリウスがレベル上げと魔物素材回収を行って。
ウィシュカ&ダウゼン組が二人で採集し、まとめた素材で装備を作って売る。
そうして地道に稼いだ結果、第三の街で最高レベルの装備を整える所持金に達したんだ。
最初の支度金のありがたみがよぉくわかる数日だったな。
「翔助、裁縫上手くなったわね」
「二人だけに任せていられないからな。少しでも稼ぎを得ないと、油断したらすぐ金欠に陥りそうだ」
そのついでに俺も生産スキルを少し嗜んでみたり。
ユーリスとギュリウスが妙に馬が合うらしく、いつのまにか二人で狩りに行くほど仲良くなってたり。
ウィシュカとダウゼンのスキルも向上したらしく、新作に挑戦してみたり。
気付けば妙な生活感が生まれ、心にもゆとりが生まれていた。
きっとこれがスローライフってやつなんだろうな。
何にも縛られない、生きる為の生活。
意外とこういうのも悪くはない。
だから出来るなら、いつまでもこうしていたいもんだ。
なにせ現実だと、生きる為に日々を棄てなきゃならなかったから。
お金を稼ぐ為にと働き、家に帰って食べて寝るだけ。
時には休みも返上して働かないといけなかったりした。
そこにまだ笑いとかあれば良かったけど、それさえも無かったんだ。
けど、今はどれもある。
日々の生活は大変だけど、苦しくはない。
仲間達が支えてくれるし、皆といるととても楽しいし。
賃金だって、売るだけで即日にお金となるからわかりやすいんだ。
だから今、俺は無性に「勇者を辞めたい」とさえ思っている。
もちろんそんなわがままはいつまでも続かないだろう。
邪神を封じなければいつか、この生活が送れなくなってしまうだろうから。
けど今だけは。
そう思うと、旅をする気も起きなくなってしまう。
俺が求めていたのは冒険じゃなく、スローライフだったんだなって思えてならなくて。
「翔助、そろそろ冒険の再開を考えないとね?」
「あぁ、そうだな。そろそろ行かないと……でも、あと一日だけ」
「翔助……」
それでこうして一日、また一日とずれこんでいく。
愛しき緩い毎日を求めて。
だがそんな日は突如として、終わりを告げたんだ。
『翔助 は 勇者の 証 を 手に 入れ ません でした』
「ッ!? シスメさんッ!?」
俺達の前に、いきなりシスメさんが現れたんだ。
まるで消えそうなくらいに点滅して、身なりもボロボロで。
言ってる事もなんだか支離滅裂で。
けど、その両手に抱えているのは間違い無く、勇者の証だった。
「もしかしてこれ、シスメさんが回収したのか!?」
『ターゲット わ 間違え て ます』
「でも何かおかしいわ。こんな状態、聞いた事が無い」
「もしかして俺が勇者の証を手放したのがまずかった? それとも何か別の……」
その証を受け取ると、彼女もまた俺の手の中にポトリと落ちる。
でもまだ生きている様で、僅かに呼吸している様には見えた。
ただ、安心する事は出来ない。
シスメさん自体が俺達には計り知れない存在だからこそ。
彼女を元に戻す方法なんて一切思い付かないしな。
「翔助殿、一体何が――う、シスメ殿が戻ったのですか!?」
「ああ、でもよくわからないが弱ってるんだ。何かわかるか?」
「さすがにわかりませぬ。しかし家で日記を調べればあるいは……!」
「なら最初の街に戻る必要があるな。よし、なら行くしかない!」
だけど可能性が無い訳では無い。
なら俺達は行かなければならない。
シスメさんもまた共に旅した大事な仲間なのだから。
彼女を元に戻す方法があるのなら、俺達が何としてでも見つけなければならない。
それが例え、仕様やシナリオに逆らう事になるのだとしても。
「二人とも、ユーリスとギュリウスを探して呼び戻してくれ。俺は出発の準備をする!」
「「了解!」」
だから今、俺は再び勇者の証に指を走らせた。
失ったはずの装備がインベントリにある事を確認し、それを証上で各人に装備させて。
おかげで準備は即時万端だ。
最強装備で最初の街へと挑むとしよう。
戦う事は無いかもしれないが、一応は格好だけでもキメておかないとな。
なんたって俺達は、世界を救う勇者パーティなのだから。
こうして俺達は再び旅立った。
帰って来た仲間を蘇らせる為にも。
己の目的を果たし、世界を守る為にも。
穏やかな生活を過ごすのはそれらが終わった後で、いいッ!!
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