第32話 高い所も意外に悪くはない

『ユーリスは倒れた』

「残りのユーリスは後いくつありますかな?」

「あと三だ。足りそうか?」

「えぇ、予想外の事が起きなければね」


 俺がやる気を見せてからの進みは早いもんだった。

 勢いのまま、誘導のままに跳ね飛べば上手く行ったからな。

 おかげで空中ユーリス召喚も覚え、乗り捨てて飛ぶのも体験済みだ。


 きっと今頃、奈落の針山では大変な事になってるに違いない。


「この手段、この塔以外で使ったらマズいよな」

「まぁ残機が減るだけなのでユーリスは気にしないでしょう」

「あの子はああ見えてアホの子だから平気よ」

「今いないからって酷い言い様だな!」


 けど、そのおかげでもう中腹を越えた所だ。

 見上げれば頂上付近も見え、終わりが近い事を悟らせてくれる。

 採光を取り込む為かな、塔壁面の窓孔も増え始めて来たし。


「今の所、ダウゼンが三死。ウィシュカが一死か」 

「記録を狙うなら今のまま維持しなければなりませんな」

「最短記録は二人が合計で五死。しかもその記録は今の時点だと私達と同じ状況よ」


 あとはどうやってミスせずに登り切るか、そこが問題だな。


 なんでも、この記録更新は各一族の悲願でもあるらしい。

 犠牲最小記録を狙い、勇者を如何に早く岬の対岸へと送り届けるか、と。

 だから皆無駄に気合いが入ってるんだな。


 出来る事ならその気合いに報いてあげたいところなんだが。


「この後は一つのミスも許されませぬ。心していきましょう」

「けどきっと翔助なら乗り越えられるわ!」

「だけどこの先全部、アメイジングムーヴ石床ばかりなんだが?」


 正直、ここからは攻略法とかそういう次元を超えている。

 もはや規則的にスライドするだけの石床が一つも無いので。


 ローリングする床。

 突如消え去る床。

 行き先や動きがランダムな床。

 こんにゃくみたいに跳ね続ける床。

 いずれも荒ぶり過ぎて攻略手段が全くわからない。


「さぁ行くわよ!」

「お、おうっ!」


 けど今は仲間を信じて進むしかない。

 彼等なら俺を導く手段も熟知しているだろうから。




 そう思いきったのは正解だった。

 仲間達の進み方はそれだけ斬新かつ徹底追及されたものだったんだ。


 ローリング床は乗る必要も無かった。

 回転中心に楔を打ち込み、吊り下げたロープに掴まって移動するのだ。


 消え去る床はもはや意にも介さない。

 出現・消失タイミングも熟知済みなので、リズミカルに飛び跳ねて渡ったよ。


 ランダムな床に関してはユーリス消費で乗り越えた。

 ロープアクションも手馴れたもので、今回は犠牲を出していない。


 こんにゃく床はちょっと苦戦したかな。

 にゅるにゅるしてるし、ぼよんぼよん跳ねてるし。

 ダウゼンが跳ねられて落ちそうになったが、ウィシュカとの協力プレイで何とか救出できた。


 それでようやく頂上が目前に。


「これはタイトルホルダーいけるだろ! 動く床、あとシンプルなの一つだけだぜ!」


 ここまで短くも、長く感じられたものだ。

 どれを取っても生きた心地がしなかったしな。

 それでもやっとここまで来れた。


 なら目の前の床なんて、なんて事ないさ。


 そう思って一歩を踏み出そうとしたのだが。


「お待ちください、翔助殿。ここまでです」

「えっ?」


 けど、そこであろう事か仲間達が引き留めたのだ。

 あれほど記録更新に拘ってた奴等が、今は首を横に振って肩を抑えていて。


 もしかして、俺が何かやらかしたのだろうか。

 もしくはユーリスの数が足りないとか、身体を痛めたとか。


「なんでだ!? もうすぐそこじゃないか! もうすぐ頂上だってのにッ!」


 もう少し進めば記録更新なんだよ。

 現在合計四死で、間違い無く歴代最高になれるんだ!


 なのにッッ!! なんでえッッッ!!!


「あ、いえ、頂上に登る必要は無いのです。記録更新はもうなされてますぞ」

「そうよ。ここが目的地だもの」

「……へっ?」


 ――とか心で叫んでた矢先にこれだよ。


 よく見たら、頭上に何かが浮いていた。

 大きな看板で「コングラレーション! レコード更新!」って書かれたのが。


 ただ和訳してくれたのは評価するけど間違ってるぞ、その言葉。


『翔助達はドオンの塔の攻略記録を更新した。報酬として【ドオンの剣】が与えられます』

「ちなみにこの剣はゴミですぞ」

「見紛う事無きゴミね」

「産廃ゴミでっすね」

「なんでそんなの報酬にしたんだよ開発者ァ……!」


 おまけに報酬の性能も間違っているから笑えない。

 ロングソードと同じ形で、攻撃力も第五の街時点と同等。

 明らかに手抜きと言わんばかりの装備だった。


 本気で価値があるのは後世に残るタイトルくらい。

 それも過去の勇者達が培った技術の賜物だから、誇っていいのやら。


 もしかしたら記録保持者の勇者も同じ気持ちだったのかもしれないな。

 だってあんなに頑張ったのに虚しさしかないんだもの。


 あまりのガッカリさにたまらずうなだれる。

 もう少し良い物が貰えてもいい難易度だったのに、と。


 けどそんな中、仲間達はもう勝手に動き始めていて。

 得意のロープアクションで、三人とも離れの窓へと移っていく。


「あとはこの窓から飛び降りれば、岬の先の大陸に行けますぞ」

「えっ!? 落下死ダメージどこいった!? あと頂上の意味ィ!?」

「この移動イベントはぁ仕様で飛ぶので高低差無視ぃなのでっす」

「本当は頂上でボスを倒してから飛び降りるのがシナリオ通りなのだけど、実はここから飛び降りても向こうに移るフラグが立つの。それに到達記録もここでカウントだし。だからここで終わりってワケ」

「でたよ、またガバ判定が。普通、飛び降りる前にナントカマントとか手に入れるもんじゃない?」

「不要よ。確かに【疾風のマント】を手に入れるイベントはあるけれど、この窓を使えばそういったフラグもショートカット出来るわ」


 それにまた抜け道があるみたいだからな。

 相変わらずボスとの戦いはスルーらしい。


 どこまで行っても穴だらけだな、この世界!


 ……けどまぁ、今回ばかりは功労者達に大人しく従うとしよう。

 この精神をすり減らした状態でボス戦は少しキツいしな。


 という訳で俺も仲間達の力を借りて窓枠へ。

 そうして見えた空高い景色に、思わず身震いだ。


「これ、本当に落ちるの……?」

「そうでっす! 大丈夫ぅでっすよ、仕様でっすから!」

「うわわっ!?」


 けど、そう狼狽える俺の胸元にユーリスが飛び込んできて。

 慌てる様に支えてみたら、気付けばお姫様抱っこ状態に。


「ウチもう落ちぃるの勘弁でっすから、このままお願いするぅでっす!」

「お、お前なぁ……ま、いいか」


 とはいえこのまま落とす訳にも行かない。

 それにここまで散々利用して来たからな、これくらいサービスしてやるか。


 それに、このシチュエーションも悪くないしな。


「んじゃ皆、行くか!」

「えぇ! それじゃお先にぃ!」

「お、おい! こういうのは俺が先に行くもんだろう!」

「ハハハ、慌ててはいけませぬぞぉ!」


 なので俺達は四人揃ってドオンの塔を飛び降りた。

 新たな目的地、第八の街へと向かう為に。


 高い所を落ちるのは怖かったが、不思議と楽しくもあったよ。

 ここまで登って来た事、苦労した事がなんだか報われた気がしてね。


 さぁて、新大陸では一体どんなイベントが待ち構えてるんだ?

 頼むからこのワクワクを消さないでくれよな、バグ異世界さん!

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