第26話 めざせ一攫千金!

 腱鞘炎の恐怖を振り払い、俺は再び旅を続ける事を決意した。

 仲間達の熱い励ましのおかげで。


 ただ、気持ちだけでどうにもならない事も世の中にはある。


「最初たくさん貰ってたから甘く見てたな……まさかこの辺りでもう金欠間近とは」


 そう、ここに来て遂に初期資金の底が見え始めたのだ。

 旅費や道具・装備買い換えで散財し過ぎてしまっていたらしい。


 なので今、武具屋前で絶賛悩み中。

 どうにも手の届かない新装備を前に、どうするか思案している所だ。

 

「先日の火薬袋が効いたわ。あれ結構高価だったのよ。生産業者が勇者需要で値上げしたせいね」

「勇者需要!? それもう旅の邪魔でしかないのになんであんの!?」

「それ含めての初期資金なのですぞ。勇者殿が現れる事で世界経済が大きく回りますからな」

「あーわかった、それで第三の街あんなに喜んでたんだなチキショウメェ! てっきり邪神退治で湧いてんのかと思ってたのにィ!」


 しかもそんな中でしれっと衝撃の事実まで告白された。

 結局、異世界でも人は金で動くのだと思い知らされたよ。


 幸い、勇者がどんな人物なのかまでは世界に流布されていない。

 せいぜい旅立ったってくらいで、誰も俺が勇者だなんて気付きさえしないだろう。

 なので余計なイベントに巻き込まれずに済んでいる訳だ。


「ま、ここまでほぼノンストップだったから換金とかもしてないしな。寝かしておいたアイテムでも売ってしのぐしかないか」

「でも魔物素材は言うほど高く売れなぁいでっす。みんな暇つぶしでぇ魔物放置狩りしてるでっすから」

「人類総ボット業者かよ……」


 とはいえ、そんな勇者もお金を稼がにゃ旅も続けられない。

 かといってここまでで得た収入はそんなに高くなさそうだ。


 となると少し戻ってお金稼ぎをするか。

 それとも不思議な迷宮で手に入れた強武器で一時しのぐか。

 とても悩ましい。


 ――なら、そんな時こそ記録の出番だろう。


「なぁダウゼン、ここいらでとっておきのお金稼ぎ方法とかないか? この際わがままは言わない。いっそバグで資金無限増殖とかでも構わないからさ」

「ふむ……一応、あるにはありますが」

「やはりあったか。なら教えてくれ、どうすればいい?」


 今まで散々チートまがいな事でRTAしてきたんだ。

 資金面だって何かしらの抜け道があるに違いない。

 そう思って相談したが、正解だった様だ。


 ただ、ダウゼンの顔色がよろしくないのがちょっと気になるけど。 




 それから俺達はダウゼンの案内の下に少しだけ道を戻っていた。

 ジャングル地帯、誰も近寄らない奥地へと。


 そこに絶好の金策ポイントがあるらしい。

 しかも一攫千金、一発稼げれば以降稼ぐ必要がなくなるほどの。


 それほどの金策と言われると心躍らずにはいられない。

 やはり俺も勇者になろうと、人の子枠から外れる事が出来なかった様だ。


「着きましたぞ、ここに超高額素材を落とす魔物が現れるのです」


 そうワクワクしていた所でダウゼンが立ち止まり、指を指してみせる。

 その先には木々の中に小さく拓かれた平地があった。


 なのだけど。


「何もいねぇじゃん……」


 魔物どころか動物、虫さえいないんだ。

 短い草が青々と生い茂ってるだけで、一切の動きが無い。


 もしかして場所を間違えたのか?


「いえ、そんな事はありませぬ。勇者の証のカメラを通して見てみてくだされ」


 でもどうやら違うらしい。

 それでファンタジースマホを取り出し、カメラ越しに広場を見てみる。

 そうしたら妙なものが浮いている事に気が付いた。


「あ、いる! なんかネームプレートがたくさんある!?」

「それが【ゴールデンデリシャスウルトラアルティメットハイテンション潤リティトリートメント羊】というレア魔物ですぞ。我々は略して【ゴルヒ】と呼んでおります」

「羊。そこは普通シープなんじゃないか?」

「それだと略称が権利的にまずいでしょう? 記録にそう書かれておりましたぞ」

「そうか、なら仕方ないな」


 まさにダウゼンの言った通りのゴルヒが大量に。

 画面に映りきらない程に長い名前がいくつも浮かんでいたんだ。


 そのネームプレートだけがな。


「待って。なんでネームプレートだけなんだ?」

「それはなぜか彼等が見えないからなのです。たッまぁ~~~に姿を現すらしく、運が良ければその神々しいド派手な姿をおがめる事が出来るのだとか」

「けど噂だと、近づくとその人も消えてしまうって話ね」

「え、なら待てよ……それってもしかして――」


 ただ、この状況は思い当たる節がある。

 今まで経験したゲームの中に、この現象で悩まされた事があったからだ。


 そう、これは――


「これは恐らく、処理落ちだな」

「処理落ち、ですか。そんな事を呟いた記録まではありませんでしたな」

「あくまで推測だけどね。昔やったオンゲで似た現象があったんだ」


 処理落ち。

 それはゲームハードの性能が弱いと、キャラクター表示が遅くなったり消えたりする現象の事である。

 特にMMORPGなどの超多人数ゲームの場合は日常茶飯事とも言えるだろう。

 決して不具合では無いが、時にはプレイに支障も出たりでプレイヤーに嫌がられたりする事が多い。


 それがこのゴルヒに起きているんだ。

 名前から察するに、きっと単体が恐ろしいまでに容量の重い造形に違いない。

 単体でも一区画で処理しきれず表示出来なくなるまでの。


「――なんで処理落ちが異世界にあるんだよ! サーバーコストカットすんな開発者ァ! あとなんでコイツだけ無駄に造形凄くしたんだよォ!!!」

『ターゲットが間違っています』


 まぁ肉体のある世界に処理落ちがある事自体おかしいんだけどな。

 ゲーム見たままをリアルで再現しようとして、変な所まで実装しちゃった感じだ。


 しかしどんな障害があろうとやらなければ始まらない。


「ま、まぁいい、とにかく一匹でもいいから狩ってみよう」

「いえ、普通に倒すのは不可能です。見えないので」

「ならどう倒すの!?」

「周囲の木々をカメラに収めて消し、付近のモンスターを瞬殺し、全てがリポップするまでの一分間に仲間無しで立ち向かうと見える確率が1%増えるそうです。その時を狙って攻撃して運よく当たれば倒せます」

「攻撃するまでの難易度がまずたけぇ!!!!!」

「噂では最接近すれば無条件で殴れるらしいのですが」

「よしそれでいく!」


 難しいならゲーマーらしく腕前で解決すればいい。

 なんたってこちらは勇者だからな、ある程度は仕様に守られているはずだ。


 そう信じ、俺一人でゴルヒへと向けて歩み始める。


 試しに肘スラッシュしてみたが、これはダメだ。

 途中で斬撃が消えてしまい、効果さえ表示されない。

 予想以上の重さだぞ、この一帯。


「ああっ! 翔助殿の身体が!」

「点滅して消えたでっす!」


 どうやらその領域に入り、俺も姿が消えた様だ。

 自分の身体を見てみるとまさに一人称視点モードみたいになった。

 かざした手のひらさえ見えないのはなかなかに怖い。


 それどころか歩いている感覚さえ消えた。

 腕がどこに向いているのかもわからない。

 攻撃してみても本当に攻撃したかもわからないんだ。


 予想 以上の 処理 落ち だぞ これ は。


 あ まず い 思考 まで 落ちて きた。


「これ やば い」

「翔助ーーーッ!!」

「いけません、戻ってきてくだされえ!」


 なに これ


 視界 が コマ 送り に な る


 から だ  自 由  動  な い


「翔助様ぁ! 早く戻って来るでっすーッ!!」

「や や ば や やば やばい やばいやばいヤバイイイイイ!!!!!」

「あ、戻って来た」


 だが必死に戻ろうと駆けた所、間一髪意識を保ったまま離れる事ができた。

 あと数秒あの領域にいたら俺自身がフリーズして取り込まれていただろう。


 恐るべしゴルヒ。

 処理落ちがこんな怖いものだったなんて思いもしなかったよ……!


「うん、無理。帰ろう」

「そうですな。無理はいけませぬ」

「なら少しはクラフトを憶えてお金稼ぎもしないといけないわね」

「王道が一番でっす!」


 なのでさっさと諦めて切り替える事にした。


 素材の相場には理由がある。

 やはり金というものは一朝一夕で稼げるものではないんだって思い知ったよ。


 なら仕方ないので俺達流の稼ぎ方でなんとかするさ。


 例えば、ウィシュカの使わなくなった迷宮産の弓を売るとかでな。

 当人は泣き言言ってたけど、いさぎよく諦めていただこう。

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