第18話 ダンジョンで定番と言えば

 邪神王子ギュリウス……奴は本当に恐ろしい相手だった。

 代々勇者と共に現れるアイツは毎度敗けバトルを繰り出してくるそうだからな。

 蓄積ダメージ=苦痛という概念があるこの世界では厄介極まりない相手だ。


 まぁその対処法がわかっている以上はもうなんとも無いが。

 現地人はシナリオを守らなくてはならない――そんな仕様がある限り。


「さて、そろそろ出発しましょう? このままだと洞窟を抜ける前に夕暮れとなってしまうわ」

「そうしようか。腹も満たされたしな」


 その邪神王子のイベントを無事に終えた俺達は、中継地点で休憩を済ませた。

 これからの道程に備えて、少しでも体力気力を充実させる為にと。


 それで今、遂にバレバール街道洞窟の前へと立つ。


「洞窟の中は多少入り組んでおり、また魔物も多数おりまする。今回ばかりは逃げるのも厳しいので戦いは避けられませぬぞ」

「街道なのに!? どうして一本道で造らなかったの!?」

「一本道で造っても、次に入ると全く違う形に変わるそうな。ゆえに『不思議な迷宮』と同じ原理だとかつての勇者が仰っていたそうですぞ」

「なんで序盤にそんなやり込み要素のダンジョンがあるんだよ……!」


 しかし直前で聞かされる事実に尻込みせざるを得ない。

 俺、苦手なんだよあのシリーズ。

 ダンジョンの道程は記憶したい派なんだ。


 するとまたダウゼンが得意げに指を立ててニコりと笑う。

 まるで俺の不安がわかりきっているかの様に。


「とはいえ街道として抜ける分には大差ありませぬ。例の宝も道なりに進めば手に入るくらい楽な造りなはずですぞ」

「そ、そうなのか。どうしてそんな通るだけのダンジョンに不思議要素ブッ込んだんだ、この世界の開発者は……」

『ターゲットが間違っています』


 きっと似た様な不安を抱いた勇者も多かったんだろう。

 不思議な迷宮って言えば基本「延々と進み続ける系」のダンジョンだから。

 これがもしシナリオ通りだというのなら、明らかな配置ミスだと思うぞ。


 でも存在している以上は通らなければならない。

 となると、後は道を間違えずに進める事を祈るしかないな。






 意を決して洞窟へと足を踏み入れてから、感覚でおおよそ五時間。

 次々現れる魔物を倒し、気付けば平均レベルが8から一気に19となっていた。

 適正レベル以下だからかな、桁違いの経験値が一気に底上げしてくれた様だ。


 ドリルのおかげでやられはしない。

 しかし倒す時間も掛かるから捌くのが大変で、追いたてられ過ぎたらしい。

 おまけにユーリスが宝に目を奪われたせいで変な所に誘導されてしまった様だ。


 まぁ平たく言うと、迷った。


 それで進むしか無く、怒涛の魔物軍団とも戦いを繰り広げた。

 おかげでロングソードは既に損壊し、道中で偶然拾えた【雷鳴剣エクサーカイト】で場を凌いでいる状況だ。

 さっきダウゼンが言っていた【氷冷の銀剣】よりずっと格上の剣な。

 とはいえ、その剣も既に耐久値半分を切っている訳だが。


「なぁ皆、このままだと不思議な迷宮を踏破しちゃいそうなんだけど?」

「いっそ最下層まで行くのもありかもしれませんなぁ。五〇層が最下層らしいですぞ」

「それもありかもね。最下層には強烈な武具があるという噂だし」

「ドリルがある限り無敵でっす!」


 でもみんな揃ってこうノリノリなのだ。

 誰か一人でもいいから引き留めて欲しかったんだけども。


「場合によってはユーリスの転送魔法で地上に戻る事も出来るでしょう。ですので、この際一気に良い装備を手に入れるのもありかもしれませぬ」

「まぁ私はこの【銀装弓トライレン】が手に入ったから充分だけど?」

「ウチも【皐玉杖ミツルニイタリ】が貰えたぁから今は満足でっす!」

「……やはりもう少し先に進みましょうッ!」

「斧だけ出てないもんな。欲しいもんな、自分の良武器」


 特に一人、装備がほぼ更新されない奴の気迫が凄いし。

 不思議な迷宮らしく宝もランダムで、物欲センサーもしっかり機能している様だ。

 となると、このまま本当に最下層にまで到達しかねないぞ。


 まったく、コイツラの使命感は一体どこに行ったんだ!?

 有給休暇でも取ったのか!?


 そんな愚痴を、新しく現れた宝箱を開けつつブツブツ零す。

 ほら来たよ、【蒼の流槍グラムバイト】だってさ。


 とてもカッコイイ槍だね! ダウゼン装備出来ないけど!


 こんな身丈以上の長物がどうやって小箱に入っていたのかはこの際置いといて。

 己の不運に「ぐぬぬーっ!」と唸るダウゼンは見ていて楽しい。

 悔しいとこう言う奴、本当にいたんだなって。


「次の街に着いたらダウゼンの好きな装備買ってやるからもう諦めろよ」

「いえ、諦められませぬ! ここの装備は第二七の街で扱う装備相当の代物ゆえ!」

「駄々っ子か! あと街の数やたら多くない!? 意外と繁栄してるのな、この世界!」


 なお今は大体四六層ほど。

 この辺りで出て来る装備はみな銘入りで、意匠も秀逸だ。

 他にも光ったり、オプションパーツが浮いたりしてるし。

 まさしくレア装備と言わんばかりの豪華な様相と言えるだろう。


 だがそういう装備を求め過ぎると、いつか沼に落ちる。

 俺の経験が、直感がそう訴えるのだ。

 きっとこの調子だと、最下層まで進んでもダウゼンの欲しい武器は出ないと。


 装備ガチャっていうのはな、いざって時に欲しい物が出ないもんなんだよ!!!!!


「いいかダウゼン、よく聞くんだ。お前が求めているのは斧だけだ。だがこの世界の武器種はなんと五〇種以上もある! オマケに箱から出るのは頭・鎧・盾・籠手・靴にアクセサリーと工具種全般、クリエイター素材から栽培・育成素材、ペットの素や食材・料理など、数えればきりがない母数があるんだ!」

「ううッ!?」

「しかも箱ガチャの確率は永遠に変わらないッ! あれは景品消去方式じゃない、ランダム選択方式なんだ……ッ!」

「なん……ですとッ!?」


 まぁ今の俺達にこんな冗談言ってる余裕はあまり無いんだけども。

 ここまでずっと戦い続けたせいでな。


 例えば、今の俺のHPは【62/1654】。

 割とギリギリなんだよ、今の状況は。

 他の皆も似たような感じで、もう限界に近い。

 最下層まで持つとも限らないんだ。


 そこでウィシュカがユーリスを跳ね飛ばして魔物達を押し退ける中、暴走気味のダウゼンを俺が説得する。

 コイツの暴走を止めなければ、いずれ俺達は力尽きかねないから。

 例え全被ダメージが1だろうと、回復手段が無い以上は減る一方だからこそ。


「頼むダウゼン、考え直してくれ!」

「……くッ!! ならば翔助殿達だけで脱出してくだされえッ! ここは自分一人ででもやりきって見せますぞおッ!!!!!」


 けど、その想いは通じなかった。

 ダウゼンは頑なに戻る事を拒んだのだ。


 それだけ、専用装備に熱く強く拘るがゆえに。


「わかった。じゃ帰るわ」

「先に戻るぅのでっす。じゃ!」


 なのでサクッと切り替えて三人で脱出する事にした。


 薄情? いいえ、そんな事はありません。

 戻った先にも酒場があるし、即座に復帰可能なのだから。


 おかげで三人、息ピッタリで転送される事が出来た。






 俺とウィシュカ、ユーリスで洞窟前の町へと戻って来る。

 すると途端、シスメさんが『ダウゼンは倒れた』としっかりログを語ってくれた。

 さっきの層、敵の数が尋常じゃなかったし、当然の速さだな。


 それで早速、酒場に戻ってダウゼンを呼びつけたのだけど。


「いやぁハッハッハ、恥ずかしい所をお見せしましたなぁ!」


 なんか上機嫌でやってきた。


 そんなダウゼンの背にはちょっとばかり豪華な意匠を持った斧が。

 どうやらあの直後、一人で必死に駆け回ってちゃっかりゲットしたらしい。


 悪運が強いというかなんというか。


「さぁ道程は長いですぞ! 急いでいきましょうか!」

「いや、もう夜だから。皆もう瀕死一歩手前だから」

 

 しかしそんなハイテンションなダウゼンを押し退け、宿屋へと向かう。

 死に戻りした奴と違って、こっちはもう一杯一杯だからな。


 ……という訳で、突然始まったトレジャーハント劇はこんな感じで幕を閉じた。


 宝は確かに心躍るけど、やり過ぎて沼にハマると後が怖い。

 その恐ろしさを身に染みるほど教えてくれた一件だと思う。

 仲間達が残機無限なのが幸いだったよ。


 にしてもさっきのダンジョン、もしかしてこうおとしめる事が目的だったのだろうか?

 勇者を簡単に進ませないようにと、射幸心を煽る為の。


 だとしたら、この世界は意外に曲者なのかもしれないな。

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