第3話 仕様とは一体……
「まずは【第二の町テレス】へと向かいましょうか。そこに【英雄の祠】というダンジョンがあって、勇者の証が祭られていると聞くわ」
俺達は城を発った後、さっそく情報交換と腹ごしらえの為にと、食事処【回る白鷺亭】へと足を踏み入れていた。
この世界の事はまだ何も知らないからな、いきなり飛び出す訳にもいかない。
だからと言っていきなり全ての情報を出されても、覚えきれるとは到底思えない。
なのでまずはこうして英気を養う。
それで必要な話だけを交わそうという事になったのだ。
「歴代の勇者達は皆、その勇者の証を得て機能拡張するらしいですぞ」
「そこはせめて『能力開放』とかそれらしい言葉使わない?」
なんだか半ば雑談になっているけども。
仲間達が逐一こうしてツッコミどころのある台詞を吐いてくるからな。
おかげで料理を突く手が進まないのなんの。
……にしても、並べられた料理の既視感と言ったらもう。
カルボナーラにパストラミビーフとポテトサラダ、サンドイッチやコーヒーなどなど。
出てくる料理はいずれも現実世界と同じものばかり。
しかもクオリティがひけを取らないときたもんだ。
確かにゲームやラノベじゃこういう事は当たり前で、疑問には思っても「そういうもんだ」って受け入れて来た。
けどこうして実際に目の前に並べられて美味しいとなると、途端に気になって仕方がない。
製造方法とか調理方法とか、素材調達手段とかどうなってるんだってさ。
それでふと、座席から見える厨房を覗き込んでみる。
すると中では調理師がフライパンを一心不乱に奮っていて。
更には驚くべき光景が目に飛び込んで来たんだ。
置かれていた皿に突然、料理が現れたんだよ。シュッって。
もう目を疑うしかなかった。
なんでフライパン奮うだけでフルーツパフェが出来上がるんだよって。
盛る動作さえせずに現れるこのシュールさと言ったらもう何ともはや。
なので俺はこの世界での料理について考える事を辞めた。
「――翔助殿、聞いておりますか?」
「え? ああ、ごめん。料理に驚いてて耳に入ってなかった。とりあえず第二の街に向かえばいいんだよな? 細かい事は道中で教えてくれると助かるよ」
「わかりまっした!」
まぁ出来るだけ脳内リソースを取られたくないんだ。
それ以外にも疑問が多過ぎるから。
例えば、なんでユーリスは俺達と距離取ってるのか、とかな。
彼女だけやたら離れてるんだよ。
何も無い場所で一人ポツンと椅子に座ってて。
無駄にパーソナルエリアが広いというか、他人に触れられるのを避けているというか。
さっきは俺が避けられてると思ったけど、どうやら万人対象の事だったらしい。
それだけはほんのちょっと安心したかな。
と、こんな疑問に囚われている余裕は無いけども。
知らない世界なだけに、情報が湯水の様に押し寄せてくるだろうからな。
今は出来るだけ受け流した方がずっと気楽でいいだろう。
「じゃあ食後は準備を整える事にしますか。支度金も頂いた事だしね」
「つまり装備調達……ッ!! 異世界ファンタジーの醍醐味きたあーッ!!」
こういう楽しみを逃す手は無いからな。気楽な方がより楽しめるってもんだ。
なんたって装備調達はファンタジーモノの華なのだから。
どんな装備が待っているのか、考えるだけでワクワクしてくるぜ!
それに幸い、今はお金に困っていない。
国王からの潤沢な資金提供のおかげでね。
その金額はざっと金貨二百枚。
一年間遊んで暮らせるくらいの金額だそうだ。
さすが勇者と崇めてくれただけに待遇が尋常じゃない。
薬草代とこんぼうしかくれない王様と比べたら天と地ほどの差だよ。
チート無しでここまで高待遇スタートのファンタジーがかつてあっただろうか。
そんな大金貨袋をズシリと腰に下げ、揚々と食事処を後に。
早速、向かいにあった武具屋へと足を踏み入れる。
この狙った様な立地がまたRPGっぽい。
それでいざ店内を眺めてみれば、眩いばかりの装備達が。
金の装飾が美しい鋼の剣や鋼鉄の鎧。
宝石や飾りが散りばめられた装飾服。
現代でも通じそうなオシャレ帽子やアクセサリー。
最初の街の売り物とは思えない良品ばかりが所狭しと並んでいたんだ。
「まずは翔助殿の好きな様に買い物なさるのが良いでしょうな」
「おぉ? 好きな物選んでいいのか!?」
「えぇ、皆ある程度は装備整えているから」
そこで俺は仲間の好意に甘え、早速と装備を身繕い始めた。
やはり勇者と言ったら剣と鎧、そして盾は基本だよな。
そう思って、店で一番カッコ良さげな装備を選ぶ。
性能も必要だけど、最初くらいは気分を優先したくて。
それでいざ手に取ってみると、どれもやたら軽い。
まるでスポンジで出来ている様な軽量さだ。
それなのに小突いてみれば拳が痛くなる程に硬いときた。
一体どうなってるんだ、この世界の金属事情は。
もしかして知らぬ間に怪力チートでも貰っていたのか?
ただ、これは常人の俺にとって好都合だ。
さすがに本物の鉄鎧を纏って歩き続けるのは無理だろうからな。
「……まぁいいか。よし決めた。店主さん、このロングソードとプレートメイル、あとカイトシールドが欲しいんだけど」
それで意を決し、デザイン重視の装備を注文する。
鎧は特に、蒼い装甲と無駄に尖った肩アーマーがとてもお気に入りだ。
なんか「勇者!」って感じで凄く惹かれたもので。
けど、肝心のカウンター奥にいる店主のオッサンが全く動こうとしない。
こちらを見てはいるのだが、呼んでも返してくれなくて。
「店主さん? 商品が欲しいんですけどー?」
「……」
耳が聴こえないのか、そもそも売る気が無いのか。
もう一度呼んでみるも、相変わらず反応は無い。
なに、もしかして堅物キャラを押し通しているのか?
『距離が離れすぎています。もう少し近づいてください』
「えっ?」
すると突然、囁く様な女性の声が俺の耳に届く。
さっきも聴こえていた謎な声だ。
……これってまさかシステムメッセージという奴なのでは?
確かに、ラノベ風なこの異世界にならそんなシステムがあっても不思議じゃない。
店主も手招きをし始めているし、情報もあながち間違いではないのだろう。
なのでひとまずは従ってカウンター前まで歩み寄る。
「あの商品が欲しいんですけどー?」
『距離が離れすぎています。もう少し近づいてください』
「まだ近寄れって!? もうカウンターの前なんだけど!?」
しかしこれでもまだ遠いらしい。
店主はもはや呆れ顔で、手招きもやたらと大雑把に。
え、なに、これがつまり国王の言ってた『仕様』って奴なのか?
それで思い切って、今度はカウンターに乗り上げ腰を落とす。
で、そのまま再び注文してみたのだけど。
「すいまッせぇーんッ!!」
『距離が離れすぎています。キスしそうなくらいにもっと近づいてください』
「やたら具体的だなシステムメッセェージッ!!!」
相変わらずどころか声がエスカレートした。
なのでつい音源へ振り返ると共に鋭いツッコミが空を裂く。
親友とのやりとりで鍛えられたこの手捌きは本場にも負けはしないぜ!?
――だがこの時、俺は奇妙な存在を目撃してしまったんだ。
プカプカと宙に浮く人形の様な存在を。
淡い光に包まれた、桃色ショートヘアの小さな女の子を。
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