ホテル・ゴーストステイズの見習い人

すきま讚魚

第1話

 どこかの国の、深い深い森の奥。

 そこにひっそりと佇む【HOTEL GHOST STAYS】はちょっと変わった……けれど格式高いホテルです。

 いえいえ、けれどそんなに肩肘張らずとも、リラックスして心ゆくままに……どなたでもお泊まりいただけますよ。——ニンゲン以外は、ね。




◆◇◆◇◆◇




 今年も、そらクジラが季節を横断する時期がやってきました。

 一年に二度、季節の変わり目である夏至と冬至。その時、空はクジラと共に巡回をする。冬の終わりには再びクジラに引き寄せられるように、冷気も色も、あらゆるものが旅立っていってしまうのです。


 ここのホテルは、その宙クジラの周遊スポットとしても名高い丘の上にありました。だから季節の変わり目というのは、その年の中でももっとも書き入れ時になる忙しい時期なのです。


 昼の時間は皆がぐっすり寝静まり、夜の時間に出入りが活発になる、それがここ【HOTEL GHOST STAYS】。

 だってそう、お客様はお化けかモンスター、そして精霊たち。ニンゲン以外と決まっています。彼らの活動時間はもっぱら月の光る夜。ですから、営業時間だってニンゲンのそれとはまるで正反対なのですよ。


 時刻はまもなく夕刻の18時。支配人の号令でスタッフは一斉に朝食の準備に取り掛かります。

 見習い人のユルもまた、そんな日々の準備に勤しむ一人。せっせとキッチンに真っ白なお皿やカップを並べてゆきます。


 朝食はドラキュラ用のトマトジュースに、悪魔たちのための蜘蛛の巣からとった露、火蜥蜴の卵のファイヤースクランブルエッグ。塩なしパンにマンドレイクのマフィン、ボルギル溶岩谷のコケモモジャムに、アウズンブラのミルクから作ったチーズやヨーグルト。ハーブをたっぷり使ったソーセージや、ポルターガイストたちには特別なポットでホットミルクやココアを。


 お客様だって千差万別。【HOTEL GHOST STAYS】はおもてなしに決して手は抜きません。それが、いつだって人気の老舗ホテルの秘密なのです。




 ユルはホテルの使用人見習いです。

 ユルはちょうど今くらいの季節。寒さの訪れる頃、この森に迷い込んだみなしごでした。お腹を空かせて震えていたこのニンゲンの子供を、偶然出逢った庭師の狼人間ヴェアヴォルフのマシューが食べずに連れてきたのです。


 ニンゲンを見たホテルスタッフはびっくり仰天。慌てて支配人オーナーを呼びに走りました。

 ですが、ユルの姿を見た支配人オーナーはにっこりと笑い話しかけたそうです。


「森にはどうやってやって来たんだい?」


 けれど、ユルには言葉がわかりません。まだ幼いのに、ユルは少しばかりのお金や食べ物と引き換えに親に捨てられてしまったのでしょうか。


 使用人の幽霊ファントマ龍人ズメウたちは、かわいそうだからさっさと食べてしまいましょうと提言しました。

 その時、不安そうな表情のユルがぼろ切れのような衣服からはじめてそっと手を出しました。そしてマシューの服をぎゅっと掴んだのです。


「おやまぁ!」怪物たちは声をそろえて驚きました。


 ユルの両手は氷でできていました。


「これは……氷の女王に呪いをもらったね?」


 支配人オーナーの言葉に、怪物たちはそれぞれにギョッとするやら顔をしかめるやら。

 それもそう、遠い雪山の宮殿に棲む氷の女王は、とても気難しがり屋なことで怪物たちの間でも有名だったのです。

 これはまた、厄介なのがやってきたぞと皆口々に言い、元の場所に捨てて来いとマシューに告げました。


「でも……」


 自分のマントが凍りつき始めたマシューは、慌ててユルの手を振りほどきながら困った顔をします。


支配人オーナー、おれ面倒見ます。だからこのガキ、ここに置いてもらっちゃ駄目ですか?」


 マシューも両親をその昔ニンゲンに殺されて、彷徨っていたところを支配人オーナーに拾われたのです。とても怖くて寂しい思いをしただろうと、なんだかユルのことがほうっておけなくなってしまったのでした。


 こうして、ユルは支配人オーナーに魔法のこもった手袋をもらい、見習い人としてこのホテルに住み込むこととなったのです。




 今日もユルはせっせと朝食を運ぶお手伝いをしています。


 時折、ユルに気づいたお客様が「なんだい、このホテルはニンゲンを雇い出したのかい?」と少し不思議で……嫌そうに聞いてくることもあるのですが。すると皆、にこやかに口を揃えてこう答えるのです。


「ええそうです。ですがお客様、あの子は我々【HOTEL GHOST STAYS】のファミリー……そして、まだ半人前・・・なのですよ」と。

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