本編
プロローグ 1945年 5月10日、ベルリン
1945年 5月10日の夕刻、ベルリン。
小さなカトリック教会の前で、連合軍アメリカのジープが急ブレーキで止まった。
土で汚れたジープは
坊主頭の兵士4人がジープから素早く下り、先頭を歩く一番年上30代の眼鏡の少尉が、教会の扉を強く叩く、
ドン!! ドン!! ドン!!
少尉はドイツ語で、
「シュタイン神父!! ここで現在8歳の子供をかくまってもらっていると保護したユダヤ人の母から情報があった! 神父、扉を開けてくれ! もうナチスの時代は終わった!! 急がないとソビエト軍の報復が始まる!! 我々アメリカは神父と子供を安全な場所に運ぶために来た!!」
扉に耳を当てていた兵士は、
「少尉、反応が全くありません…… 情報ではシュタイン神父はすでに100歳、もう亡くなっているかもしれません」
少尉は、扉の横のステンドグラスの窓を指差し、
「窓には内側から板が張られているが、破って入る」
ジープを窓の横につけて、兵4人はステンドグラスと板をライフルの後方で叩き割り、兵4人は窓から教会に侵入した。
割った窓からの一直線の夕の光が教会の中を
光の先に、長椅子に座る痩せた金髪の老人の神父の姿があった。
兵達は、神父の前に立った。
少尉は神父の開いた目の瞼を閉じて、
「この死体がこの教会のニコラス・シュタイン神父で間違いない。 つい最近、老衰か栄養失調で死んでしまったようだが…… 100歳にしては金の髪の色も骨格もしっかりしていたんだな……」
神父の膝の上の、皮と骨だけの様に痩せたツギハギだらけの白猫の死体を見つめ、
「この傷だらけの猫も栄養失調で死んだようだ」
少尉はうす暗い教会内を見渡して、
「情報では、シュタイン神父は財産を使い果たしてまで4年前から子供をかくまっていたらしいが、肝心の子供はどこだ?」
兵の一人が足元をドン!!!と踏みつけると、
《ひっ》
《しっ》
「少尉、子供は下にいるようです」
少尉が床の板をひっぺり剥がすと、子供たちの白い目がたくさん見えた。
「こんなにたくさん? 無線でトラックを呼べ、たくさんのチョコレートも」
少尉は、死体はキャンプに持ち帰ってはならない規則があるので、神父と猫の死骸に白い布をかけて置いてきた。ロシア語で『ユダヤ人の子供18名の命を救ったニコラス・シュタイン神父です。 手厚い埋葬をお願いします』と願いの紙を置いて。
子供たちにはシュタイン神父と猫は先に救出したと伝え、トラックの荷台に子供18人を乗せてベルリンの市街を西へと走る。
子供たちは、チョコレートを口にする前に礼儀正しく、
《父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。 ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。 命を頂くことに感謝します。 アーメン》
子供たちは外の景色を眺めながらチョコレートを大事に舐め始めた。
少尉が自分の胸のロケットペンダントを開いた時、鼻水を垂らした女の子が、
《その写真の人は兵隊さんの花嫁なの? それウエディングドレス?》
「そうだ。 アメリカで俺が帰ってくるのを待っている嫁だ」
《みんな見て見て、兵隊さんの花嫁だよ花嫁》
子供たちは少尉のロケットペンダントに群がる。
少尉は笑いながら、
「どうした? 俺の嫁がそんなに奇麗か?」
子供たちは瞳を輝かせて問う、
《兵隊さんは花嫁を愛しているの?》
「当たり前だ。 夫婦なんだから」
《よかった!》
《ワタシたちね。 神父様から最後のパンを貰った時に祈ってもらった事があるの》
《良い人達が助けに来てくれますようにと》
《ボクたちが大人になったら、みんな好きな人と結婚して夫婦が幸せになりますようにって》
少尉はロケットペンダントを見つめて、
「俺も、また会える事を、幸せな日に戻る事を願って、毎日がんばってきた」
《ワタシたち、神父様に勉強も教えてもらったんだよ》
《兵隊さん、ボク、神父様に会いたい。 ボクのお父さんとお母さんも神父様の教会で結婚式をしたんだよ》
少尉は子供たちの頭を撫でて、
「きっと君たちの結婚式にも、神父様は来てくれる」
荷台の後ろ角で座る少尉の部下の1人はドイツ語は分からないが、少尉と子供たちのやりとりを煙草を吸いながら微笑ましく見ていた。
これから始まるのはニコラス・シュタイン神父の父と母と、
奈落の城の223人の女の物語。
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