【第3話】悪魔は天使の顔をしてやってくる
「夜は副業というか、自分でビジネスしてるんだよ」
「ビジネス!?えっ!?西田が??」
「そうだよ。ってか、話の流れ的に俺以外いないだろ」
西田が笑みを浮かべる。
今までの西田を知る俺からすると、あまりに突拍子のない話で困惑してしまった。
西田は、どこか世間に対して冷めた目を持っていて、何事にも斜に構えるようなタイプだった。仕事もスキあらばサボろうとするような西田がビジネスをしているなんて、正直信じがたい。
「西田がそういうことをやるイメージが全くなかったから、ちょっと驚いただけだよ」
「たしかに、そうかも。俺も自分がビジネスをやるなんて、ひと昔前は想像すらしていなかったよ」
軽快な声で西田が答えた。その口調や態度からは、今までにない余裕が感じられる。
いったい西田に何があったのだろうか。
でも、色々合点がいった。
西田から余裕を感じられたり、持ち物や服装が変わっていたり。その副業がうまくいっているおかげなのだろう。
それにしてもビジネスって…
それが本当ならすごいことだと思う。自分がビジネスで成功できるイメージなんて、まるでない。
「ビジネスって、どんなことやってるの?会社を設立して、お店を持ったりしてるの?」
「いや、そこまで大規模ではないよ。さすがに副業でそこまでの余裕はないしね。個人でやってるよ。やってることは、ひと言でいうと"投資"かな」
"投資"か。よく分からない分野だ。今まで全く経験したこともなければ、勉強したこともない。
でも投資と聞くと、危険・ギャンブルなどの言葉が連想される。あまり良いイメージは持っていない。
「投資って、危ないんじゃないの?」
「たしかにリスクはあるけど、やり方次第じゃないかな。少なくとも俺は順調に利益が出ているけど」
ふーむ、そんなものなのかね。知識がなさすぎて、深く突っ込んだ質問が何もできない。
「ちなみに、投資でどれくらい稼いでるの?」
なんとも下世話な話だが、ここまで聞いたら興味も湧くというものだ。
こちらとしても「ワンチャン教えてくれたら」くらいの気持ちで聞いてみたのだが、西田は指で顔を近づけろというサインを出し、顔を近づけた俺にこっそり耳打ちしてくれた。
「……マジ!?月30??」
「うん、マジ」
その金額に驚いた。西田の言っていることが本当であれば、同年代サラリーマンの平均年収以上の金額を副業で稼いでいることになる。最悪、会社を辞めても生活には困らないだろう。
「マジでめっちゃすごいじゃん!」
会社以外でそれだけの収入があるなんて、本当にすごいことだと思った。
少なくとも、自分ができるイメージは全く湧かない。
「いや、俺は大したことないよ。師匠の西田さんほうが何十倍も稼いでいるし」
「何十倍!?」
あまりの衝撃に、つい大きな声が出てしまった。サラリーマンの平均年収の数十倍ということは、ケタが"億"ということになる。ヤバすぎるだろ。
今の自分には到底稼ぐことができない金額だ。あまりの金額の大きさに、いまいちイメージが湧かない。
「さすがに数十倍は盛りすぎじゃない?」
「ホントホント!通帳を見せてもらったことがあるから、間違いないよ」
マジか…
ってか、通帳を見せてくれるって、どれだけオープンな人なのだろうか。
「師匠のおかげで稼げるようになったと言っても過言ではない。ほんと、すごい人だよ」
その"師匠"なる人物は、一体何者なんだ?
いや、複数の事業をしていたり、投資をしていたりする人とは聞いたけど。具体的な仕事内容がぜんぜんイメージできない。
俄然興味が湧いてきた。
「西田が師匠って呼んでる井口さんって人、何者なの?」
「ひと言でいうと、自分で事業や投資をしてて、めっちゃ稼いでいる人だね」
「なるほど。俗に言う"シャチョーさん"ってやつだな」
「なんでいきなり東南アジア系の飲み屋の姉ちゃんみたいに言ってるんだよ」
西田が笑いながら返す。
「西田、お前すごい人に弟子入りしたんだな」
「師匠というのは、ちょっと大げさに言ってるけど。でもビジネスや投資のことを色々教えてくれてて、めっちゃお世話になってるんだよね。だから、俺は勝手に師匠だと思ってる」
話を聞いていると、いくつかの疑問が出てくる。
ビジネスや投資のことを教えてくれているって、一体どういうことなのだろう。それに、そんなにすごい人とどうやって知り合ったのか。
西田は、自分と同じサラリーマンだ。特別なコネや人脈はなかったと記憶している。どういった経緯で、その師匠なる人と出会えたのだろう。
そして、西田がやっているという副業。投資関係とのことらしいが、一体どうやって副業で本業以上の収入を得ているのだろう。今、聞いている話だけでは、分からないことが多すぎる。
「順番に聞いていきたいんだけどさ」
「うん」
「投資関係の副業って、具体的にどんなことをやってるの?」
「いくつかやってるんだけど、メインは"仮想通貨関連"だね。仮想通貨を使った新しいサービスを広めてる。それで成果報酬でフィーをもらっている感じだね」
なにやら分かったような分からないような。
仮想通貨か。詳しくはないが、当然耳にしたことはある。ビットコインが仮想通貨な有名だったはず。というか、それ以外は知らない。
今ほど仮想通貨が市民権を得ていないときは「怪しい」「詐欺だ」と散々言われていた。俺は、投資とかに全く興味を持っていなかったから、仮想通貨の知識も全然乏しい。
さすがにここまで広まっているから、詐欺だとは思っていないけど、いまだに仕組みなどは理解していない。
「仮想通貨か。よく分からないな」
「普通に生活していたら使う機会もないし、馴染みもないだろうから、仕方がないと思うよ」
「その仮想通貨を使ったサービスがあって、それを広めているってことだよね」
「そうそう。概ね合ってる」
「どんなサービスなのか」とか「どうやって稼いでいるのか」とか聞きたいことは色々あったけど、とりあえず大枠は理解した。
聞いてもよく分からなそうだし、モノを知らないやつだと思われたくなかったので、別の質問に切り替えることにした。
「んで。その師匠とは、どういった経緯で出会ったの?」
「大学時代の先輩から紹介してもらったかな」
そんな金持ちと繋がってる先輩がいたのかよ。俺の周りには……いなさそうだな。
しかし、その師匠と呼ばれる人は、ずいぶんなお人好しらしい。西田のようなクセの強いやつに、ビジネスや投資のことを教えてあげるなんて。
「なんで、そんな人からビジネスとか投資を教えてもらえることになったの?」
「その人がやってるビジネスに関わらせてもらうことになって。それから色々教えてもらえるようになった感じかな」
情報量が多すぎる。一度、西田の話を整理しよう。
西田は今も会社員として働いている。ただ、投資関連の副業でサラリーマンの平均年収くらい稼いでいる。師匠なる"すごい人"がいるらしい。師匠は西田の何十倍も稼いでいる。その師匠は複数の事業をしていたり、投資をしていたりする。
ということらしい。今まで触れたことのない話だ。
西田の話が本当であれば、すごい状況になっているな。ビジネスに関わらせてもらってるって、そんなチャンスはなかなか訪れないと思う。西田がよほど気に入られているってことなのだろうな。
「西田、本当にすごいな。俺の周りには、ビジネスや投資を教えてくれる人なんていないしさ。そんな人が身近にいるなんて羨ましいよ」
本心からそう思った。そんなすごい人と出会えていたら、俺も違った人生があったのだろうか。
「なあ、もし良かったら会ってみる?」
「えっ!?いいの!?」
思わずイスから立ち上がりそうになった。
会わせてほしいという下心があったわけではなく、純粋に羨ましいと思ってこぼれた言葉だったが、思わぬ方向に話が展開していった。
「緒方だったら、紹介してもいいよ」
マジか…
それは魅力的な提案だな。
「でも、すごそうな人だし、俺なんかが会っても大丈夫なのかな?」
浮かれたものの急に不安が頭をよぎった。
「大丈夫だよ。すごく良い人だから。親身に話を聞いてくれると思うよ」
「そっか……だったら、お願いしようかな」
「おう、任せとけ」
ちょっと気は引けたけど、そんなにすごい人なら、純粋に会ってみたいと思った。
それから、西田とはくだらない話で盛り上がり、楽しいひと時を過ごすことができたのだった。
「今日はどうもね!」
「おう!井口さんに空いてる日程を確認して、また連絡するわ」
そのときの自分は、今までふれたことのない"未知の世界の話"が聞けてワクワクしていた。
新しい何かが始まる予感がして、舞い上がっていたのだと思う。
今ある閉塞感を吹き飛ばしてくれるキッカケになるのではないかと、密かに期待していたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます