【第2話】学生時代の友人が謎に羽振りがよかった件
西田との約束の当日。
仕事が終わってすぐに待ち合わせ場所のファミレスに向かった。
誰かと外食するなんて、いつぶりだろう……
彼女がいるわけでもないし、精神的に余裕がなかったこともあって、あまり出歩かなくなっていた。西田と会って良い気分転換ができるといいな。
それにしても、あいつ今どんな状況なんだろう。全然近況が分からない。最後に会ったのはいつだっただろうか。
たぶん、2年くらいは経っていると思うけど。飲みながら、西田が会社の愚痴を言いまくっていたと記憶している。
西田は中小企業に入社して、営業職に就いていた。
入社前は「勢いがあって今後が期待できる会社」と言っていたが、サービス残業も多く、内情はかなりブラックだったようだ。
会社の創業期は、売上を安定させるために、経営陣は寝る間も惜しんで働き続ける。ある程度売上が伸びてきても「労働基準法?なにそれ、美味しいの?」という状態で会社が回っていることは珍しくない。
経営者が社員のことを考えない会社だと「代えはいくらでもいる」という考えで運営されているから、脱落してしまう社員が後を絶たない状態になる。ひらたくいうと離職率が異常に高くなってしまうわけだ。
以前、西田は「うちの会社は離職者が多いから」とボヤいていた。その言葉からも、西田が勤めている会社はブラック企業の可能性が高いと判断できた。
当時の自分は、広報部に配属されたばかり。仕事は大変だったけど、やりがいも感じていたから仕事に対してそれほど不満は溜まっていなかった。
そのときは、西田を見て「大変そうだな〜」と感じていた。しかし時が経ち、今度は自分が愚痴を言いたい立場になっている。人間、何がどう転ぶか分からないものだな。
そんなことを考えながら歩いていると、待ち合わせ場所のファミレスに到着。お店に入り店内を見回すが、どうやら西田はいないようだ。
学生と思われる若いイケメン店員に案内され、テーブル席に座る。「着いたからお店に入ってる」と西田にメッセージを送った。
「先に注文だけでも決めておくか」
ファミレスのメニューを見るのも久しぶりな感じがする。あまり外食しないからなぁ。
メニューをぱっと見ている限り、チーズハンバーグセットが美味しそうだ。メニューに写っているチーズの”とろけ具合”がたまらない。よし、これで決まりだ。
メニューを見ていると、ファミレスにお客さんが入ってきた。どうやら西田のようだ。
西田の私服はダボッとしたいわゆるB系の服装で、さらに特徴のあるキャップをかぶっているから、遠目でも西田だと分かる。ただ、今日は仕事帰りなのかスーツ姿で現れたから、いつもと少し印象が違う。
「うっす、久しぶり。もしかして待たせちゃった?」
いつものように軽快に話しかけてきた。
「いや、全然待ってないよ」
たわいもない会話をしつつ、西田が席に座る。
「腹減ったー!何食べようかな。もしかして、もう注文してる?」
「いや、注文はしてないよ。でも、何にするかは決めている」
「え、何にするの?」
「チーズハンバーグセット。完全に一択」
「いいね。被らないようにしようかな。よし、決めた」
そういうと、西田はテーブルにある押しボタンを押して店員さんを呼んだ。
「何にしたの?」
「サーロインステーキセット」
「えっ、高いやつじゃん!ひと口ちょうだい!」
「『チーズハンバーグセット一択』はどこにいったんだよ」
西田が笑いながら返してきた。確かに一瞬で手のひらを返してしまったが、人間そんなものだろ?
それにしても、西田の雰囲気が以前とちょっと違う。なんというか持ち物や服装がきちんとしている。
前はヨレヨレのシャツを着ていることもあったし、靴もボロボロ。悪くいうと"学生気分が抜けていない営業マン"という感じだった。
でも今は、きちんとアイロンがかけられたシャツにピカピカの靴。バッグも高そうなものを使っている。社会人になって3年以上経つと、それなりに変化も生じるようだ。
たわいもない会話だけど、こうして同級生と話すのは久しぶりで、なんともいえない嬉しさが込み上げてくる。
「そういえば、ご飯に誘ってくるなんて珍しいじゃん。何かあった?」
ふと頭に浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「いや、ただ『どうしてるかな』と思って誘っただけだよ」
おー!嬉しいこと言ってくれるじゃないか。ついテンションが上がってしまう。
「緒方は、最近調子どうなの?」
会って早々、答えにくい質問が飛んできた。
「んー、どうだろうね。そんなに良くはないかも」
内心は「最悪」と思っているけど、久しぶりに会う友達に面と向かって聞かれると、すごく答えづらい。本音を誤魔化してしまったことを実感して「今の自分ってすごくダサいかも」と思ってしまった。
いつから俺は、こんなダサいことをするようになったのだろう。
「そっか。前に堀松に会ったときに、祐司の仕事が大変そうだって言ってたから、気になってたんだよね」
堀松は高校の同級生で、西田と共通の友だちだ。個人的には、西田よりも頻繁に連絡を取っている。
そういえば、前に堀松に会ったときに「部署移動してテンパってるわ」みたいなことを話した気がする。
「そうだね。部署移動してから、仕事が大変になってさ。なにより上司と合わないのがキツいね」
西田に、今の状況を正直に打ち明けた。
「それは大変だったんだね。どんな上司なの?」
西田の質問がクリティカル過ぎた。西田の質問をキッカケに、出てくる出てくる愚痴が……
ダムが決壊し、せき止められていた水が一気に放出するかのように不満をぶちまけ始めた。
「とにかく働かない」「毎日のように嫌味を言ってくる」「暇さえあればマッサージ棒で肩をグリグリしてくる」「ミスをするとほっぺたをパシパシ叩いてくる。あれは完全なるパワハラ」
話せば話すほどヒートアップして止まらない。課長に対する不満をこんなに溜め込んでいたとは、自分でも驚きだった。
西田はずっと「うんうん」と相づちを打ちながら愚痴を聞いてくれた。
一通り愚痴を言い終えると、西田がズバッと切り込んできた。
「そんなに嫌な上司がいるなら、今の会社辞めたらいいんじゃない?」
「えっ?」
「だってさ、しばらくは配置転換は期待できないわけでしょ?最低数年は今の上司と働くことになるよね。だったら、ストレスで体やメンタルを壊したら、もっとキツイ状況になるよ」
「………」
「まだ20代だから、働けるとこなんて沢山あるよ。今の会社で3年以上働いているんだから、転職活動でも悪い印象は与えないと思うし」
「それはそうかもしれないけど……」
「そんで、これが一番の理由なんだけど……そんな上司と一緒に働くのは時間がもったいない」
たしかに、その通りかもしれない。でも、そんなに簡単に決められたら苦労しない。
今の会社だって、めちゃくちゃ努力して入ったのだ。上司と反りが合わないことを除けば、待遇面など特に不満はない。
「いや、さすがにそんなに簡単に決められないよ」
「今すぐ仕事を辞めろっていう話じゃないよ。"辞めるための準備"をしたら?って話。逆になにも準備せずにやめるのは、おすすめしないよ」
「辞めるための準備って具体的にはどんなこと?」
「会社に頼らなくても生活できる基盤を作っておくんだよ。例えば、知識とスキルを磨いて自分で稼げるようになると、いざ会社を辞めるときにも安心だよね」
自分で稼げるようにって……話は理解できるけど、ずいぶん簡単に言ってくれるな。それができたら苦労しないっていうのに。
「今、企業の平均寿命がどんどん短くなってるから、新卒で入った会社も倒産したり、リストラされたりすることも十分ありえる。定年退職まで一つの会社で勤め続けるのは難しい状況だよ」
「たしかにそうかもしれないけどさ」
「それだけじゃないよ。情報伝達のスピードが飛躍的に上がっているし、テクノロジーも恐ろしいスピードで進化している。今、緒方も持ってるスマホが普及したことで、無くなったビジネスが沢山あるんだよ。スマホがあれば、地図もいらないわけだから」
そういえば、地図なんて買ったことないな。
「テクノロジーの進化で消費行動も大きく変化しているんだよ。Amazonとか通販で買い物するのも当たり前になっているよね。時流に乗ったベンチャー企業は台頭しているし、逆に乗り遅れた大企業が赤字に転落するってことも珍しくない。もう"大企業だから安泰"という時代は終わったんだよ」
自分が安定している会社にいるからか、西田の意見に反対したい気持ちが出てきた。でも、今の自分では反対できるほどの知識もなかった。
「そんで、ここからが大切なところなんだけど。緒方は"給料の上がりやすい職場"と"給料が全然上がらない職場"だったら、どっちで働きたい?」
「そりゃ、給料が上がりやすい職場のほうがいいよ。断然ね」
「だよね。だったらさ……"給料の上がりやすい職場"と"給料が上がりにくい職場"の違いってなんだよ思う?」
「えっ…」
そう言われるとなんだろう。全然分からない。
「一番の条件は、その会社がちゃんと利益を出していること。利益がないと分配する原資がないから、従業員の給料を上げたくても上げられない」
「なるほど」
「2つ目は、業界全体の売上が伸びていること。ここもめちゃくちゃ重要。市場が拡大していると、利益を伸ばしやすい。シンプルに利用者が増えるからね。その分顧客を獲得しやすくなる」
「ふむふむ」
「逆に業界全体が縮小していると、ライバルとのイス取りゲームになって、競争が激しくなってしまう。結果、価格競争に巻き込まれやすくなって、利益率も低下してしまう。ファミレスで言うことではないけど、今、飲食店は厳しい状況だろうね」
「たしかに…」
「3つ目は会社が発展途上であること。特に創業して間もないタイミングで入社して、会社に貢献できれば、昇進・昇給しやすくなる。この3つが当てはまると、給料が上がりやすい会社と言えるね」
西田の言うことは、納得できるところが多かった。それにしても、そんなことよく知ってるな。
「もう一つ付け加えるとしたら……」
「付け加えるとしたら?」
「結局、給料が上がるかどうかは、経営者のさじ加減次第。どれだけ業界全体が伸びてて、会社に利益が出ていたとしても、社長がケチだったら従業員に還元されることはないから」
「そりゃ、そうだ。でもさ、社長がケチかどうかなんて、入社しないと分からないよね。どうやって見極めるの?」
「正直、見極めるのはかなり難しい。有名な会社であれば、調べたら社員の平均年収は出てくる。けど、そういう会社は大体競争が激しくて、高学歴で頭のいい優秀な人じゃないと入ることすらできない。中途採用ならなおさらだね」
たしかに、今からキーエンスや三菱商事みたいな超有名企業には入れる気がしない。多分、無理だろう。
「あとは、参考になるのは会社四季報。会社四季報には、会社の業績とか離職率とか色々な情報が載っているから、会社選びの判断材料になるよ。でも、会社四季報に載っているのは上場企業だから、それ以外の会社は調べるのが難しいよね」
「ふむふむ。話を聞いている限りだと、今いる会社はそれなりに当てはまっているんじゃないかな。業界自体は大きく伸びているとは言えないけど、昔からその分野でトップシェアをとっている会社だから、かなり儲かってはいると思う。給料がどれくらい伸びるかは分からないけど」
「未来の自分の収入を知る方法はあるよ。確実ではないけど、高確率で当たる」
「えっ!?どんな方法!?」
「簡単だよ。会社の先輩や上司の収入を調べたらいいんだよ。先輩や上司は、働き続けた未来の自分の給料をすでに受け取っている人達だよね。だから、緒方の未来の収入は先輩や上司の収入から予想できるってわけ」
完全に盲点だった。冷静に考えたら、その通りだよな。
「でも先輩や上司の給料なんて、どうやって調べるんだよ」
「簡単じゃん。直接聞けばいいんだよ。仲良くなってから、それとなく聞いてみなよ。結構教えてくれるよ」
「その"仲良くなる"のが難しいんだよ。はぁ~、あのクソ課長め」
「まあ、人間だから多少の合う合わないは、どうしても出てくるよ。こればっかりは避けようがない」
たしかに全ての人に好かれるのは無理だと理解している。でも、その嫌いな人が職場にいて、さらに直属の上司だったりすると、ストレスが半端ない。
「会社に勤めていたら、嫌な人と働かなくちゃいけないことも出てくるよね。でも、多くの人は収入面とか先のことを考えると、簡単には辞められないはず。大切なのは、いつ会社を辞めても困らない状況を作っておくことだね」
「そうは言っても、簡単なことじゃないと思うけど」
「それはそうだけど、今からコツコツ準備をしたほうがいいと思うよ。知識を増やしたり、スキルを磨いたり、お金を貯めたり。今からできることをやっておくと、後々楽になるよ」
話を聞いていて、ふと疑問が浮かんできた。
目の前にいるのは、本当に俺の知っている西田なのか?
前に会ったときは、あれだけ愚痴を言っていた西田が、今度は逆に愚痴を聞いてくれている。
それに、なんだかまともなことを話している。
西田から、前とは違う余裕のようなものを感じた。なぜだろう?
転職でもしたのだろうか。
「ふと気になったんだけどさ。なんでそんなに色々知ってるの?昔はそんな感じじゃなかったじゃん」
「実は、メンターがいるんだよ」
「メンター?なにそれ?」
「色々教えてくれる師匠みたいな存在かな」
「へえー!」
そんな人と出会っていたのか。西田は師匠に関する話を続けた。
「本当にすごい人で、複数の事業を手がけていたり、投資で利益を出していたり。20代から自分でビジネスをやっていたみたいで、まだ30代だけど、すごい稼いでいるんだよ」
「へぇー、それはすごいね」
なんともすごい人がいるものだな。周りにいないから忘れがちだけど、俺の知らないだけで、世の中には実際にいるわけなんだよな。
「その人の名前は"井口さん"っていうんだけどさ。俺は井口さんと出会えてなかったら、ほんと人生詰んでいたと思うよ」
西田にそこまで言わせるとは…
どんな人なのか気になるな。
そういえば、西田に関しては、他にも気になるところがある。
「見たところ羽振り良さそうだけど、その師匠と出会えたことも関係してるの?」
そう、久しぶりに会った西田は、見るからに服装や持ち物が変化している。
余裕も感じられるし、その"師匠"なる人物が関係しているとしか思えない。
西田は軽快に口を開いた。
「そうだね。めちゃ関係してるかな」
「やっぱり!どんなことしてるの?」
「日中は緒方と同じサラリーマンだよ。前の会社から転職もしてない」
「"日中は"って、含みのある言い方だな」
それから、西田から驚きの秘密が語られることになったのだった。
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