先輩と後輩

桜庭 萌音

先輩の誕生日

 部室に入ってきた瞬間にクラッカーを鳴らし、「誕生日おめでとうございます!」と言うと、先輩は驚いた顔を浮かべていた。サプライズ成功かなとワクワクしていると続いて紡がれた「誕生日? 誰の?」という言葉にガッカリして肩を落とす。どうやら先輩は自分の誕生日を忘れてしまっているらしい。まさか本気で覚えていなかったのか、と肩透かしを食らった。今年は先輩を驚かせると決めていたのに、だ。信じられない。私が「先輩の誕生日ですよ」と言うと、「あ、え。……ほんとだ」と携帯で日付を確認して驚く先輩を見て私も驚いた。本気の本気で自分の誕生日を忘れる人なんて、漫画の世界でもそうそういないと思う。自分に興味がないにもほどがあるんじゃないだろうか。

 ところで。しばらく黙って立っている先輩は具合が悪くなりでもしたかと思うほど、私をじっと見て何も言わない。うん? と首を傾げて、どうしたんですか、と声をかけようとしたときに先輩が口を開く。

「ありがとな」

 優しい声でそう言ってふんわり優しく微笑む先輩を見て、私は無性に嬉しくなってしまった。

「当然ですよ! 先輩の誕生日を祝うのは後輩の特権かつ義務ですからね!逆も然りって先輩から教わりましたし、私の誕生日の時は期待してますから」

「はいはい」

 ふふん、と自慢気な私の言葉を受け流す先輩。一歳しか変わらないのになんなのだ、この余裕ぶりは。さては大人の余裕というヤツ? いやいやまさか! そういえば今日誕生日を迎えたのだから一歳差から二歳差になってしまっているし……ううん。片手で数えられるとはいっても、年齢の壁は高いんだな。教訓教訓。私も今の先輩と同じ歳くらいになれば、今よりもっと大人っぽく見えるのだろうか? 二歳しか変わらないけれど。

 私がウンウン考えている間に先輩はいつも通り、窓側の席に座っていた。そして私の考え事が終わったと察した途端、「それで? プレゼントは?」と聞いてきた。予想はしていたが、本当に聞いてくるとは。あんまりにも予想通りだから思わず笑ってしまう。

「嫌ですねえ、プレゼントを催促してくる本日の主役って」

「……無いの?」

「ありますあります!」

 なんでプレゼントが無いと思っただけで寂しげな顔をするんだこの人は。私が先輩へのプレゼントを用意してないわけがないのに。失礼かもしれないけど、先輩は馬鹿なのかもしれない。

 ゴミと化してしまったクラッカーをゴミ箱に入れながら、机の上に置いた鞄の中から綺麗に包装された長方形の箱を取り出して、先輩の目の前に置いた。

 先輩は置かれたその箱に手をそっと触れ、赤いりぼんを見て微笑んだ。それからしばらくしても、箱を両手で持ったまま開けようとはしない。開けないのかな、と思ったけれど、先輩が愛しいものを扱うように大切に持っているから何とも言えなくなってしまった。何も言えないから、先輩から目をそっとそらして窓の外を眺める。不思議と、その様子を見ていると、何故か私が気恥ずかしい気持ちになるから。

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