38話。ホムンクルスのルーチェ

【妹シルヴィア視点】


 レナ王女の付き人の仕事といっても、特にすることはないんだよね。

 ここ最近、レナ王女は何やら忙しいようで、城を留守にしていた。

 なら今、1番大事なのは、お兄ちゃんのお世話だよね。この国の、ううん世界の命運はお兄ちゃんが握っているんだから。


「はい、お兄ちゃん! お茶を持ってきたわよ……って、ぶぅううううーッ!?」


 王宮地下にあるお兄ちゃんの錬金術工房にやってきて、私は仰天した。

 なぜって、お兄ちゃんが裸の美少女と向き合っているのよ。裸の美少女と!


 室内には、透明な溶液に満たされたガラス張りのカプセルがあった。その中に、14歳くらいの女の子が浮かんでいた。


 100人中100人が美少女だと断定するだろう、ビスクドールみたいな整った顔立ちの娘よ。

 思わず、運んできた紅茶をトレーごと落としちゃったわ。


「うわっ、おいシルヴィア、大丈夫か……?」

「大丈夫じゃないよ! な、なななななにをやっているの!? その娘は誰?」

「……あ、あれ。まだ説明していなかったか。この娘は【聖竜機バハムート】の主として創造した人造生命(ホムンクルス)のルーチェだ」


 お兄ちゃんは非常識なことを、なんでもないように説明した。

 私は開いた口が塞がらない。


「……ホムンクルス!? それって、人工的に生命を創造するという錬金術の到達点のひとつだよね? 確か、試験管から出て3日以上、生き続けたホムンクルスはいないじゃなかったけ?」

『肯定です。人造生命の創造は、創造神の領域を犯す禁忌と言われています。成功例は報告されている限りは皆無です』


 カプセルの中の美少女ルーチェが、抑揚の無い声で説明した。


「……って、声が、直接、頭の中にぃいいいに!?」

『念話魔法です。あなたの心に直接、語りかけています』


 さらには、私が割ったカップが、時間を巻き戻したようにトレーの上で復元し、湯気が立つ紅茶に満たされた。


「はぁ……!? な、なにこれ?」


 もう驚きに息もできない。


「ルーチェには【時間回帰】能力を持たせてあるんだ。物体を1分前の状態に戻す力だな」

「でたらめすぎるよぉお!」


『この力は、まだ1日に3回ほどが限度です』

「まだまだ理想には程遠いな……」

「理想が高すぎるよぉお!」


 これって、もう創造神の領域を完全に犯しているよね?

 う、うちのお兄ちゃんが天才すぎる。


「いや、この力を突き詰めれば、シルヴィアの足を治すこともできるハズだからな」


 お兄ちゃんが、真剣な顔で告げた。


「えっ、私のために……?」


 うれしすぎて口がニンマリしちゃう。

 やっぱりお兄ちゃんが好きなのは、レナ王女なんかじゃなくて、この私だよね。

 このホムンクルスの研究も、すべて私のためなんだ。くふふふ、勝った。


『マスター、マスター以外の人間との意思疎通も問題無く行えることが確認できました。肉体と魂の結合も安定しています。私の対人コミュケーション学習は、次の段階に移行すべきだと考えます』

「……そうだな。よし、それじゃ、次は街に一緒に行ってみようか?」

『はい』


 ルーチェの入ったカプセルが開いて、一糸まとわぬ彼女が、床の上に降りてくる。

 なんで前を隠そうともしないのよ、この娘……!


「ちょっ、ちょちょちょと! 服を着てよ!」

「服? 身体を保護、装飾する目的のモノですね。常に防御魔法で身体をコーティングしている私には不要です」


 キョトンとルーチェが小首を傾げる。


「そんな訳ないでしょ!? 男の人の前なのよ!」

「……マスターと私は親子です。親子で入浴をすることもあり、社会通念上、肌を見せるのは問題ないと判断しますが?」

「親子って!? ちょっと、お兄ちゃん、この娘にちゃんと常識を教えたの!?」


 私は思わずお兄ちゃんに詰め寄る。


「いや、社会性を身に着けるために、これから街に行くんで、最低限の知識しか。なにより、生後3日を超えるまでは、身体に異常が出ないか常に見張る必要があったから……」


 お兄ちゃんはバツが悪そうに頭を掻いた。


「はい。生命活動を安定させるため、マスターから常に身体を観察していただいておりました。お手をかけていただき、被造物として至上の喜びです」

「身体の観察ぅうう!? 至上の喜び!? まっ、ままままさか、ルーチェはお兄ちゃんの性癖を詰め込んだ理想の恋人!?」


 私は嫌な予感を覚えた。

 過去にホムンクルスの創造に挑戦した錬金術師は、たいがい理想の恋人を作ろうとしていたのよ。

 お兄ちゃんも自分の性癖を全開に詰め込んだ美少女の創造を……?


「……はぁっ!? いや、お前、何を言って」

「誤解です。先程、マスターが申し上げました通り、私は【聖竜機バハムート】を動かすための素体して創造されました」


 ルーチェは無表情にたんたんと答える。

 そ、そう言えば、そんなことを言っていたような……


「そうだぞ。とんだ誤解だ。俺がルーチェを変な目で見ているとでも思ったのか? この娘は俺の理想なんだ」

「理想って!? やっぱりお兄ちゃんは、こういう娘が好みで、マスターとか呼ばせて何でも言うことを聞かせたいんだね!?」

「そんな訳あるか! 理想というのは、ホムンクルスとしての理想ということだ。俺の研究結果と【ドラニクル】のメンバーの力が合わさって生れた究極の生命体がルーチェなんだ!」


 お兄ちゃんは目を輝かせて力説する。


「なんだかわからないけど……とにかく街に行くということだよね。だったら、私も一緒について行くよ!」


 ルーチェは放っておいたら、何しでかすかわからない。

 それにお兄ちゃんの理想の恋人疑惑は、より深まっていた。私がしっかり見張っておかなくちゃ。


「……あっ、それは助かる。女の子の服選びは俺には難しいからな」


 お兄ちゃんは、ルーチェにマントを被せた。


「それとルーチェと俺は親子でもあるから、俺たちが、いかがわしい関係になることは絶対にない。それだけは、信じてくれ。ホントに頼む……」

「肯定です。マスターと私は親子であり、私に性欲や生殖能力は付与されておりません」


 ルーチェはお兄ちゃんと仲睦まじそうに手を繋ぐ。

 確かに、親子のようだけど……妹でありお兄ちゃんの真の婚約者である私を差し置いて、何をやっているのよ、この娘は?

 嫉妬の炎がメラメラと燃えた。

   

「ふーん、そう……あっ、そうだお兄ちゃん、今日は久しぶりに一緒にお風呂に入ろうよ!」

「ぶぅ……!?」

「お風呂? 身体を洗うための施設ですね。人間の生活を学習するために、私もご一緒してマスターのお身体を洗わせていただきます」


 ルーチェのぶっ飛び発言に、私は激怒した。


「はぁ!? お風呂は男女別々に決まっているでしょう!? 何を言っているのよ、あなたは!?」

「……理解不能です。シルヴィアの発言は矛盾していますが?」

「私とお兄ちゃんは、兄妹以上の特別な関係だから良いの! ねぇ、お兄ちゃん、身体の洗いっこしようね」

「するか!」


 お兄ちゃんは、照れているのか全力で拒否した。


「私とマスターも親子以上の特別な関係です。なぜ一緒に入浴してはいけないのでしょうか?」

「ぐむむむっ! とにかく、ダメものはダメなの!」


 すると、無表情だったルーチェはわずかに眉をひそめた。


「マスター、このマントは肌に直接触れると痛覚を刺激します。脱いでもよろしいでしょうか?」

「ああっ、粗末なモノしかなくて悪い。良いぞ」


「良い訳ないでしょぉおお! 絶対にダメ! もうお兄ちゃん、服や下着くらい用意していないの!?」

「……俺のならあるけど、ダメか?」

「ダメに決まっているでしょ!? 無計画すぎるよ! あーっ、もう仕方ない。今すぐ、この娘の服と下着を買いに行くよ!」


 生活力の無いお兄ちゃんに任せていたら、ルーチェが不憫だわ。

 こうして、私たちは一緒に街に行くことになった。


 今回のことで良くわかったわ。やっぱりお兄ちゃんは、私がしっかり面倒を見てあげないとダメだめよね。

 これからも、ずっと一生、私が面倒を見てあげなくちゃね。

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