16話。レナ王女と偽装婚約する
「あらためてですが、レナ王女と偽装婚約したいと思います。でも、そのためには3つお願いしたことが……って、おわぁあああ!」
「ありがとうございます、ロイ様ぁ。大好きですぅうう!」
話の途中で、甘ったるい声でレナ王女から抱き着かれた。
腕を背中に回されただけでなく、かわいい顔が息がかかりそうな程、近くにあった。
「ちょっと、近ぃいいい……!?」
思わず心臓が飛び跳ねる。
「婚約者になるんですから、これくらいのスキンシップは当然ですよね!? わたくしたちは、すでに合体まで経験した身ですし!」
「いや、違いますよね!? 姫様の縁談を断わるため、ティアにヘルメスをあきらめさせるために、仮初の婚約を発表するだけですからね!?」
とにかくレナ王女から離れて、呼吸を整える。
ここは借りた宿の一室だ。俺たち以外は誰もいない。
王女様との間に、何か間違いが起きたら非常に困る。
「はい、そのために、わたくしとロイ様がラブラブであることを世間に広く知れ渡せる必要がありますわ! 日常的なハグくらいは当然です!」
「い、いや、そうかも知れませんけど! 今は俺は、ヘルメスではなくロイですし、節度を持ってください! 合体したとか誤解を招きそうな発言は控えてくださいぃいいいい!」
下手をすれば、ヘルメスと婚約したレナ王女が浮気しているなどと、周囲に誤解される恐れがある。それでは、ティアはヘルメスをあきらめないだろう。
「わかりましたわ! それとロイ様、婚約するのですから、今後、わたくしに対する敬語は無しでお願いします。名前は、呼び捨てにしてください!」
そう言ってレナ王女は再び、グイグイ密着しようとしてくる。彼女の柔らかな膨らみが当たって、俺は生きた心地がしない。
俺はヤケクソで叫んだ。
「も、もう、わかったから、俺の要望にも応えてくださいレナ王女!」
「ダメです。レナ王女ではなく、レナです!」
レナ王女は、かわいい顔でふくれる。
「……わ、わかった、レナ」
王女様を呼び捨てにするのは、かなり勇気が必要だったが、なんとか成し遂げた。
レナ王女は天使のような笑顔になる。
「はい、旦那様! それで要望というのは……?」
旦那様? な、なんか、一足飛びで距離を詰めてこようとするな、このお姫様は。
……とにかく、話を進めることにする。
「まずひとつ。俺がロイの時は、レナは人前で密着したりしない。あくまで、冒険者仲間として一線を画して接する。良いかな?」
これが受け入れられなければ、レナ王女との婚約は白紙に戻すつもりだ。
これを許せば、俺の正体に勘付く者がでてくるだろう。
俺の正体がバレれば、妹の身にも危険が迫る可能性がある。それだけは絶対に避けねばならない。
「ううっ……仕方ありませんね。ティア様に、ロイ様の正体を勘付かれてしまったのは、わたくしの軽率な行動のせいでもありますし……」
【ドラニクル】の諜報部隊の調べによると、ティアはAランクのレンジャーを雇って、俺の調査を依頼したらしい。
早急に手を打たねばならいし、今後はより慎重に行動する必要があるだろう。
「ありがとう。それと、ヘルメスとして人前に出る時は、俺は必ず仮面を被る。これも絶対条件だ」
「わたくしの婚約者となられる方が、顔を隠しているというのは、不審を招くと思いますが……」
一瞬、レナ王女は考え込むが、力強く断言した。
「わかりましたわ! わたくしとお父様が総力を上げて、貴族や大臣たちを納得させます。それに錬金術師ヘルメス様のファンは貴族にも多いです。わたくしは放蕩王女という扱いですし、反対する者はおそらく少ないと思いますわ」
レナ王女はぽっと頬を赤らめて、うれしそうに告げた。
「それに裏を返せば、ヘルメス様の時は思いきり抱き着いたり、いちゃいちゃして良いということですからね!」
「うっ……」
まぁ、レナ王女とは婚約するのだから、それくらいは良しとしよう。
ただし、一線は越えないように自制しなくちゃな。
「ティア様にヘルメス様をあきらめさせるためには、わたくしのとの相思相愛ぶりを、周囲に知らしめる必要がありますわ! そうですわね。毎朝、わたくしとおはようのキスをするというのは、いかがでしょうか? ラブラブカップルぶり、アピール大作戦です!」
「そ、その作戦について考えるのは、また今度ということで!」
いきなり一線を越えようとしてくるレナ王女を、なんとかかわす。
「と、とにかく、ありがとう。最後のひとつは妹のシルヴィアに関することだけど……本人のいない場で話を進める訳にはいかないから、今日はこれからシルヴィアに会いに行きたいと思うんだ。付いて来てもらえるかな?」
「はい。もちろんです! 義姉(あね)として妹さんにもキチンとご挨拶しなくては……!」
レナ王女は張り切った様子で、頷いた。
「よし。じゃあ、行くぞ」
俺は懐から【クリティオス・カスタム】を取り出した。画面をタップすると、それだけでインストールした空間転移魔法が発動して、周囲の光景が歪む。
一瞬後、俺たちは妹シルヴィアの私室に立っていた。
「……ああっ。会いたかったよ! お兄ちゃん!」
車椅子に座った妹シルヴィアが、感激した様子で、ハグしてきた。
まるでビスクドールのような整った顔立ちをした美少女だった。快活でありながらも、温室で大事に育てられた花ような清楚可憐さがあった。
俺も妹を抱きしめる。
隣のレナ王女が、ムッと頬を膨らませた。
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