7話。幼馴染に婚約破棄を返す
【聖女ティア視点】
今日は待ちに待ったヘルメス様とお会いする日よ。
超大金持ちで、超天才のヘルメス様は敵も多いから、その正体は秘密にされているわ。
国王陛下から彼の婚約者に推挙された私でさえ、素顔を見るのは今回が初めてよ。
でもね、不安は無いわ。
「ヘルメス様は私のピンチをさっそうと救ってくれたし、きっと私のことが好きなのに違いないわ!」
くひひひっ、そう思うと口元がニヤけてしまう。
ヘルメス様との面会は、国王陛下の立ち会いの下で行われるわ。
王城に向かう馬車の中で、私は幸せの絶頂だった。
今日のために、超一流デザイナーによるドレスも新調したし、お化粧もバッチリ決めてきたわ。
ヘルメス様に好印象を持ってもらうために、最近は無償で怪我人の治療なんかも行って、聖女としての名声を高めている。
ホントは別に、そんな慈善事業なんかやりたくないんだけどね。
でも、そんな本音はおくびにも出さない。常に顔には、鉄壁の聖女スマイルを貼り付けてあるわ。
「聖女ティア様、王宮に到着しました」
御者がドアを開けてくれて、私は意気揚々と馬車を降りた。
「ありがとう! あっ、良かったら、あなたにもヘルメス様のサイン色紙をあげるけど、どう?」
「ほ、本当ですか……!? ゴホンッ、ぜひ一枚お願いします。私の妻と娘が、ヘルメス様の大ファンでして!」
御者は案の定、大喜びしてくれた。
私はヘルメス様の婚約者になったことが嬉しくて、いろんな人にヘルメス様のサインをあげると、言って回って自慢していた。
みんなから、うらやましがられて、もう本当に最高だわ。
「お迎えに上がりました。聖女様」
「ありがとう!」
護衛の騎士たちに出迎えられて、私の気分は最高潮となった。
ヘルメス様と初めてお会いした時のことが、感慨深く思いだされるわ。
4年前、私は森で迷って凶悪な魔物に襲われたことがあった。
その時、魔物を倒して、さっそうと私を助けてくれたのが、ヘルメス様だったのよ。
ヘルメス様は仮面で顔を隠していたけど、歳は私とそう変わらないようだったわ。
私はぜひお礼がしたかったのだけど、ヘルメス様は『礼など要らない。当然のことをしたまでだ』と、何の見返りも求めず、去って行ったの。
その姿は、まるで物語に登場する王子様みたいでカッコ良かったわ。
私なんかより、よっぽど優れた才能を持っていて、しかも人格的にも高潔で立派だなんて……
同時にいつも一緒にいた幼馴染のロイのことが、情けなく思えるようになった。
アイツったら、ヘルメス様が居なくなった途端に、『ティア、大丈夫だった!?』って、ひょっこり顔を出してきたのよ。
大丈夫な訳ないでしょうが。危うくチビリそうだったわよ。
それから、私はヘルメス様に認めてもらうため、聖魔法に磨きをかけ冒険者登録もした。
そして、聖女としての名声とAランク冒険者の称号を手に入れたのよ。
だから、王様からヘルメス様との婚約を持ちかけられた時は、天にも昇る心地だったわ。
私の初恋が実ったのよ。
「……よく来たな聖女ティアよ」
「はい、国王陛下! それでヘルメス様は今、どちらに?」
応接間で待っていた国王陛下は、なぜか険しい顔をしていた。
ヘルメス様はまだ来ていないようね……
ああっ、愛しいヘルメス様とこれからお会いできると思うと、期待に胸が高鳴るわ。心臓がバクバクよ。
「聖女ティアよ。錬金術師ヘルメス様は、そなたとの婚約を破棄するとのことだ!」
「へっ……?」
国王陛下は悪い冗談としか思えないことを告げた。
サプライズイベントとしては、あまりにもタチが悪い。
私は震える声で、問いかける。
「そっ、そ、それは一体どういう……? ヘルメス様は、今、どちらに?」
「ヘルメス様はそなたとの面会もキャンセルされた。そなたとは会いたくないそうだ」
頭をハンマーで殴られたかのような衝撃。
天国から地獄に真っ逆さまだった。
「……な、ななな、なぜっ!?」
訳がわからなかった。
ヘルメス様は私を助けるために、身体を張ってくれたハズじゃあ……
私の理想の男性、私の理想の旦那様……夢に描いていた結婚生活がガラガラと崩れ去っていく。
「なぜだと!? そなたはヘルメス様のご不興を買うようなことをしたのだろう? よいか? 我が国はヘルメス様の発明した【クリティオス】をはじめとした魔導具によって、栄えておるのだ! あの御方を怒らせては、最悪我が国は立ち行かなくなるのだぞ!」
国王陛下は怒気をみなぎらせたが、私はそれどころではなかった。
「と、とにかくヘルメス様に会わせてください! それが無理なら、手紙でも! 私の想いつづった渾身のラブレターを書きます!」
何か、とんでもない誤解が発生しているようだった。
私がヘルメス様を不快にさせるようなことをした?
可能性があるとすれば、あの時。ドラゴンに襲われた際だけど……ちゃんとお礼も伝えたし、嫌われるようなことをした覚えはないわ。
「無駄だ。実は、ヘルメス様と我が娘、レナとの婚約話が持ち上がっておる。ふたりは実に仲睦まじい様子であったぞ」
「はぁ……!?」
国王陛下は、私をさらなる地獄に突き落とした。
なぜ、レナ王女が……! 一昨日、街で会った時には、そんなこと一言も言わなかったのに。
ぐっ、くぅううう! あの女、このことを知っていて、内心で私のことをバカにしていたのね。
だから、哀れなお方って……ッ! 上から目線で余裕かまして……く、悔しいぃいいい!
私は怒り心頭になったが、違和感を覚えた。
あれ? でも、レナ王女がヘルメス様と婚約するのなら、彼女のロイに対する好意の向け方は、なんかおかしいわ。身体を押し付けたり、手なんか握っちゃって。
『実は、俺がその【クリティオス】を開発した錬金術師のヘルメスなんだ』
その時、私の脳裏にロイの声が蘇った。
ま、まさかね……そんなハズは無いわ。
ロイはただの錬金術オタクよ。
普段、ボーッとして、うわの空のことが多いし。かと思えば錬金釜を使わずに、アイテムを作成しようとして、大爆発を起こしたり……
新発明の魔導具を作ったって、自慢気に見せてくれば失敗作ばかり。
とても錬金術の天才とは思えないわ。
「わかりました! それなら、何が何でもヘルメス様を探し出して、直接話を聞きたいと思います!」
私は決然と言い放った。
「話を聞いておったのか? まあ、好きにするが良い。ヘルメス様の正体は、国家ぐるみで隠蔽しておる。決して見つけ出すことなど、かなわんからな」
国王陛下は呆れたように肩をすくめた。
「ヘルメス様より、今回のことでそなたが何か不利益を得ぬように配慮して欲しいと言われておる。ご厚意に感謝するのじゃな。話は以上じゃ、下がるがよい」
その一言で、私は護衛の騎士に付き添われて、退出させられた。
騎士は最初はうやうやしかったのに、ぞんざいな態度に変わっていた。ヘルメス様の不興を買い、婚約破棄された私は、もう賓客ではないのだ。
私はどこまでも惨めな気持ちになった。
国王陛下は今になって、私ではなく娘のレナ王女をヘルメス様の婚約者にしたいって訳ね。
くぅううううっ……! なら、こっちにも考えがあるわ。
ヘルメス様が愛しているのは、私に決まっているんだから。
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