2話。正体を隠したまま究極兵器で幼馴染を救う

 ズドォォォオオ──ンッ!


 爆音と共に、巨大質量が空間転移してきた。踏みしめられた大地が砕けて陥没する。

 現れたのは、黒光りするオリハルコン製のドラゴン【機神ドラグーン】。全長約20メートルの人造ドラゴンだ。


『マスター、ヘルメス。機神ドラグーン、お呼びにより参上した』


 ドラグーンが俺の前で片膝をつく。これは王国政府の援助により、俺が開発した兵器だ。

 ドラゴンや魔獣など、人の手に負えない天災級モンスターを殲滅するための圧倒的パワーを有している。


 近年、危険度の高い魔物が大量発生する異常事態が続き、王国は対応できなくなりつつある。そんな危機的状況を打破するための切り札だ。


「融合(フュージョン)!」


 地を蹴って跳ぶと、俺は輝きに包まれドラグーンの内部に空間転移した。

 コックピットシートに座ると、目の前のスクリーンに敵ドラゴンの姿が映し出される。システムオールグリーン、全防御兵装セーフティー解除の文字が流れた。


 今回は王国政府の許可を取らずに機神ドラグーンを緊急出動させたので、武器は右腕に仕込まれた近接攻撃兵器【ドラゴン・バンカー】しか使えない状態だった。


「防御に関する機能はフルに使えるな。よし守りを固めつつ、接近戦で仕留めるぞ!」


『了解』

 

 ドラグーンは悪用すれば、王国そのものを破壊しかねない超兵器だ。

 そのため、ドラグーンの人工知能は俺の命令しか受け付けず、武器の使用には王国政府の許可という制限が設けられている。多少、歯痒いが必要な措置だ。


「うわぁあああああ、な、なんだあれは!?」

「黒いドラゴンがもう一体、現れたぞ!?」


 街の人々は大騒ぎになった。

 俺は混乱を収めるため外部スピーカーで呼びかける。


「みんな安心してくれ! 俺は錬金術師ヘルメス! この金属製のドラゴンは、王国政府と共同開発した対ドラゴン兵器【機神ドラグーン】だ!」


 俺の声音は、ボイスチェンジャーを通して中性的な声に変質されていた。正体を秘匿するためだ。


「きゃあぁああああっ! ヘルメス様よ! ヘルメス様が愛する婚約者である私を助けに来てくれたんだわ!」


 ティアは飛び跳ねて狂喜乱舞していた。目がハートマークになっている。


「カッコいい! カッコいい! みんな見て見て! 魔法界の革命児、世界最高の錬金術師ヘルメス様よぉおおおおっ! 私の婚約者なんだからねぇえええ!」


 うぉ。喜び過ぎだ。


「錬金術師のヘルメス様だってよ!」

「対ドラゴン兵器!? すげぇ! これなら、安心だぁああ!」


 街の人々も興奮の声を上げる。


「みんな、危ないから避難するんだ。ティア、いいからお前も逃げろ!」

「きゃあああああっ! ヘルメス様に呼び捨てにされちゃった! しかも、お前って!? 早くも私のことを妻だと思ってくださっているんですねぇえええ!?」

「それについては大事な話があるけど、とにかくここから離れるんだ!」

「大事な話!? プロポーズきたぁあああ! うぉおおおお! もう死んでもいいわぁああああ!」


 ドラゴンが目前にいるというのに、ティアは勘違いしてはしゃぎまくっている。


 ゴォォォオオオ!


 咆哮と共にドラゴンが、ブレスを放つ構えを取った。開かれた口腔に、膨大な魔力が収束していく。


「まずいっ! 接近戦で一気に仕留める。【空間歪曲(ディストーション)コート】、展開!」

『了解』


 機神ドラグーンが地を蹴って、ドラゴンに突撃した。その周囲の空間がグニャリと歪む。

 灼熱のドラゴンブレスが機神ドラグーンに叩きつけられる。

 だが、それは上空へと軌道を逸らされ、ドラグーンへも街へもダメージを与えなかった。


「すごいわぁあああ!」


 ティアが特大の歓声を上げた。

 これこそ、対ドラゴンブレス用防御兵装【空間歪曲(ディストーション)コート】だ。

 機体周囲の空間を歪めて、どんな攻撃も逸してしまう。

 今だ、これで決めてやる。


「うぉおおおおお──っ! 【ドラゴン・バンカー】!」


 機神ドラグーンの右手が、ドラゴンの首を掴む。

 その瞬間、機体の右腕に内蔵されたオリハルコン製の杭が、爆発魔法によって勢い良く射出された。


 ズドォオオオオ──ン!


 超高速の大質量で首を撃ち抜かれては、最強モンスターとてたまらない。ドラゴンは、断末魔と共に地面に倒れた。


 これぞ最強の近接攻撃兵器。【ドラゴン・バンカー】だ。ドラゴンさえ一撃で絶命させる。


「やったわぁああああ! すごい! すごぃいいい!」

「ぶったまげぜ。騎士団が到着する前に、一分もしないで、ドラゴンを倒しちまいやがった!」

「これがヘルメスが開発していたっていう究極の兵器か、すげぇえええええ!」


 ティアだけでなく、騒ぎを聞きつけて集まってきた冒険者たちまで感嘆の声を上げた。

 どうやら騎士団が到着するまで、ドラゴンを引き付けようとしてくれたようだ。みんな気のいい連中だった。彼らを守れて良かったと思う。


『マスター、ヘルメスよ。今の火竜はどうやら召喚された個体のようだ。サーチモードで、ドラゴン召喚呪具が落ちているのを発見した』

「なに……?」


 スクリーンに新たな小型ウィンドウが出現し、路上に落ちている竜の像──ドラゴン召喚呪具をズームアップで表示した。


 ドラゴン召喚呪具とは、別の場所からドラゴンを喚び出すための魔法のアイテムだ。

 喚び出したドラゴンは制御がきかず、ただ暴れ回るため、破壊活動などに主に使われる。制作も所持も禁じられている危険な代物だった。


「今のは人災、テロ活動だったのか? まさか、ティアが狙われた……?」

『あるいはマスターを狙ったのやも知れぬ』


 錬金術師ヘルメスが、聖女ティアと婚約したことはすでに発表されていた。

 ティアを攻撃することで、ヘルメスとしての俺をあぶり出そうとしたのかも知れない。


 だとしたら、ティアと婚約破棄を決めたのは正解だった。今後、彼女が狙われる可能性は低いだろう。

 残念だけど……ティアは俺とは無関係な世界で、幸せになってくれれば良いと思う。


「よしドラグーン、帰投してくれ」

『了解!』


 俺は空間転移で、ドラグーンの外に出た。選んだのは人気のない路地裏だ。

 ドラグーンはそのまま空に飛び上がって、格納庫のある王城へと帰って行く。飛行能力も本物のドラゴン同様に備えていた。


「ありがとう、ヘルメス様! ありがとう!」


 街の人々は手を振り、ドラグーンを感謝と共に見送った。


「すごいでしょ! カッコいいでしょ! あの人が、私の旦那様なのよぉおおお!」


 ティアは飛び上がって自慢をしていた。彼女をみんなが、うらやましそうに見ている。

 俺はそんなティアに駆け寄った。


「ティア! 大丈夫だったか!?」

「はぁ? ロイ、何あんた、まだこの辺をウロチョロしていたの!? あんたとはもう縁を切ったんだから、話しかけてこないでよ!」


 ティアはゴミでも見るかのような蔑んだ目を向けてきた。


「いや、ティアの無事を確認しようと……」


 ドラグーンの生体スキャンで、ティアが怪我をしていないことは確認しているが、念のため幼馴染の元気な姿を間近で見ておきたかった。


「ドン臭いわね。そんなモン見ればわかるでしょう!? ああっ、イライラする。あんたなんて、無敵のヘルメス様とは月とすっぽんだわ!」

「そ、そうか……」


 ティアの罵声は俺の心を抉ったが、よしとしなければならない。

 ドラグーンが飛び去る直前に、俺が路上に現れたので、俺とヘルメスが同一人物だと気づく者はまずいないだろう。


 偽装工作は完璧だった。これもティアの安全を守るためである。


「ヘルメス様と婚約できるなんて夢みたいだわ。ああっ、早く顔合わせの日が来ないかしら!」


 夢見る少女のようにティアはうっとりとしていた。

 3日後が、初顔合わせの日になっていた。

 残念だけど、その日は、永遠に来ることは無くなってしまったけどな……

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