大地と対話する者たち
小石原淳
第1話 地主の気まぐれ
快晴に恵まれた空はどこまでも青く、雲はとても小さな塊を一つ、二つと数えるほど。辺りは広々とした原っぱで、草木の一部はやや赤茶に色づいているものの、まだまだ緑が濃い。風も穏やかで、まさにピクニック日和と言えた。
そんな穏やかな日の昼下がり、思わぬ揉め事が突然、降ってわく。それは私達にとって理不尽なことに思えた。
「早く退いてくれますか。でないとあなた方、危ない目に遭いますよ」
脅し文句を吐いたのは、銀縁眼鏡を掛けた若い男。顎が細くて、黙っていれば二枚目で通るだろうに、しゃべると嫌味な面が出るタイプか。
「そう脅かされても、僕らは学術的な発掘作業に当たっているだけでして。許可も得ているのだが」
先生が言い返す。優男な外見のロイド先生は、物腰も柔らかくて全然迫力がない。
相手は懐から何やら封筒を取り出しながら、話を続けた。
「はったりで言ってるんじゃないんですがね。居座られると、本当に危なくなる。一両日中にも、液体燃料の探索及び採掘が始まるのだから」
「液体燃料?」
「そう。許可なら、我々の方もこの通り」
封筒から折り畳まれた紙を抜き出し、広げてこちらに見せる。ロイド先生は目を細めて、数歩近付いた。細かい字を読もうとしているのは分かるんだけど、そんなに視力、落ちてましたっけ?
と、そうこうする間にも、作業着姿のがっしりした身体付きの男達がわらわらと現れた。いかにも土木作業員という風情の人が、えっと、十人はいる。
「早く始めましょうや、先生」
作業員風の男の一人が言った。ややこしいことに、銀縁眼鏡も“先生”と呼ばれる立場らしい。
「あのー、この書類にある、ジョエル・キンバリーさんというのが……?」
「私だ」
相手方の“先生”は肯定した。
「もう分かったかな?」
「え? ああ、書類ね。はい、仕舞ってくださって結構です。が、地主の方に確認を取らせてください。僕も許可を取ったのは事実なんですから」
「ああ、聞いていますよ」
「ん? どういうことですか」
「地主のケニアル・ファルファ氏から、話は聞いているということ。どのような研究をなさっているのかについては、門外漢の私にはいまいち把握できていないので、口出しはしない。肝心なのは、あなた――デュアン・ロイドさんが得たという許可が、口約束に過ぎないという点だ」
「確かに口約束であり、書面を交わしていないのは認めるが、契約としては充分に有効であるはず」
「もちろん、口約束でも有効です。ただし、何もなければ、ね。私のように、新たに地主と交渉して、新たな約束を取り付けた場合は、口答での取り決めはいつでも覆せる。これが我が国のルールである。さらに言えば、正式に書面で取り交わした契約では、この一帯を試掘する権利を一年有し、成果がなかったときは自動的に一年ずつ更新され、十年間有効。成果があったときには新たな条件を取り決めて優先的に契約する、と言うようなことが謳われている」
「なるほど、そのような事柄が書いてあったようです」
分かっていたのか、澄まし顔で応じるロイド先生。
「ご理解いただけたのなら、速やかに退去してもらいましょうか」
「しかし、だ」
「ん? 何か」
「口約束を覆すには、当人間での通達があるべきでは?」
「……そこは法で明文化されていない」
「ええ、知っています。だけど、よほどの緊急事態を除いて、約束を取り消すことを伝える義務があるというのが習慣として認められているはずです。判例もある」
えらく自信満々に言い切るけれど、本当かな?と不安になる。ああ、でも、相手のえっと、キンバリー氏の顔色を見ると事実らしい。
「……よくご存知で」
「ま、最低限のことは押さえておきませんとね。それよりも解せないのは、あなたのようなお詳しそうな方が、何でまたこんな手抜かりをしたのやら。事前にファルファさんに言って、僕に『あの約束、なくなったよ』と告げさせれば事足りるのに。あるいは、慎重を期すために、書面を作って郵便で出されたのかな。もしそうであれば、今頃、僕の家の郵便受けに入っているんでしょうが、確認するのはだいぶ先になりそうです」
「そのような迂遠な方法は、元から採るつもりなぞない」
そう答えたキンバリーは、舌打ちの音を挟んで、話を続けた。
「それもこれも、ファルファ氏がよくないんだ。契約を交わし、前金を渡して、あとは今日にでもファルファ氏からあなたへ口約束の破棄を伝えてもらうつもりでいたのに、あの男と来たら……早々に旅行に出てしまった。あれだけ、今日は家にいてくれと念押ししたにも関わらず、だ」
「それはそれは、お気の毒なことで」
「あなたに言われる筋合いではない。とにかくだ、この正式書類にはファルファ氏の自筆署名がある。これこそが、ファルファ氏があなたとの契約を打ち切る意思表示に外ならない。仮に、ファルファ氏が行方知れずになった場合は、私の主張が認められるのが通例だ。無駄に裁判を起こして争っている時間がもったいない。聞き入れて、速やかに――」
「キンバリーさん、あなたは勉強はできるのかもしれないが、交渉事は不得手のようですね?」
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