第四章「二つの月」①
「だーから、今はこれが流行ってんだって!」
漢方藍那堂、二階の居住スペースでナツキと秋人は激しく言い争いをしていた。
出掛けようとしたナツキを秋人が引き止め、行く手を塞いでいるのだ。
「そういう問題じゃない! ……へ、ヘソが見えてしまっているじゃないか! そんな格好で出かける奴がいるものか!」
秋人は声を荒げ、ナツキの服をビシッと指差した。
ナツキが着ているのは、クロップド丈のグレーのTシャツだ。オーバーサイズのシルエットに短めの丈で、ウエストがキュッと細く見えるのがポイントである。
確かに秋人の言う通り、おへそが覗いてしまっていた。
「いるよ、いるいる。街に出ればいっぱいいるよ。アニキはいつもここに引きこもってるから知らないだけなんだって」
ナツキはその脇を通り抜けようとしたが、広げた秋人の腕に阻まれた。
「ダメだ。そんな格好……お腹を冷やす! せめてほら、これをつけていきなさい」
そういって秋人はどこからか腹巻を取り出して来た。シンプルでクラシックなデザインだ。
それを見たナツキは、顔を引き攣らせた。
「……うわ、ダッサ! そんなのつけて行けるわけないじゃん。今日はまよねっぴと、双子コーデで出掛ける約束してるんだから」
「双子……こーで?」
「あぁ、もう! 説明してる時間はないんだって! 別にいいじゃん、『月鱗』は見えないようにしてるんだからさぁ」
ナツキの下半身、太ももの内側には『月鱗』と呼ばれる特殊な皮膚組織がある。
周りに見えてしまうと都合が良くないので、ナツキは普段から膝上の露出を抑えるように秋人から口うるさく言われていた。
今日のトップスは短い丈のシャツで、確かにお腹こそ見えてはいるが、下半身はピッタリとしたジーンズでしっかりと覆っている。
ナツキなりに配慮をした上でファッションを楽しもうと考えているのだ。
「だからといって……ううむ」
「ううむ……じゃないよ、ホンットに頭が固いなぁ」
「『魚月』なら、そんな格好は……」
秋人の放った言葉の、微妙なイントネーションの変化にナツキは気が付いた。
今、秋人が頭の中に思い浮かべているのは、ここにいる自分の事ではない。
「……はいはい、どうせ俺は間借りしているだけのニセモノですよ! アニキの大切な弟じゃあねえからなぁ!」
ナツキは秋人の身体を無理やり押しのけ、一階へと降りる階段に足を踏み出した。
その頭の周りがカッカとほてっている。
「あっ、おい、待てっ!」
秋人の腕をすり抜けて、ナツキは足早に階段を駆け降りていく。
「あらナツキちゃん。お出掛け?」
家を出る寸前、ナツキは一階の店舗部分で声をかけられた。声の主は店主の藍那だ。
「そう! 朝っぱらからアニキがうるさくてさぁ、気分悪いよホント」
「まぁまぁ。秋人君はナツキちゃんのことが心配なんだよ」
ナツキは少しだけ俯いた。
「……アニキが心配してるのは、俺の方じゃないと思うけどな」
藍那に聞こえないくらいの音量でボソリと呟き、ナツキは店の扉を押し開いた。
「それじゃ、行って来まーす!」
長い髪を靡かせ、駆け足で外へと飛び出していく。
藍那はそんなナツキの姿を目で追いながら
「……気を付けて、いってらっしゃい」
と一人呟いた。
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