たとえばたとえば

「あたしのひもになっちゃえば?」

「嫌だね、情けないとかじゃなく、それはリスクが大き過ぎる」


 女性に養われている状態は、自身が苦労なく生活できるというメリットではある……強要しているならダメだが、女性側から「そうしてほしい」と言われているなら問題はない……はずだ。


 男として情けないという面も確かにあるが、今更である。

 そこを吹っ切った側からすれば、情けない――だからなんだ? である。


 ペナルティでもあるのだろうか?


 デメリットは、人から見下されること……? そんなもの、人付き合いを切り捨ててしまえば、デメリットがそのまま消えていく……、デメリットがなければメリットしか残らない――理想じゃないか。


 メリット・デメリットは、この話に「乗る」「乗らない」の選択基準にはならない……そう、俺の危惧は『ひも状態』であることがいつまで続くのか、だ。


 恐らくだが、長期間を想定して言っているような気がする……、『彼女』なら、一生養ってあげる、と言っても不思議ではないからだ。

 その気持ちはありがたいし、乗れるものなら乗りたいが、だがひもであることに慣れてしまえば、急に彼女がいなくなった場合、俺を養ってくれていた「ホスト」がいなくなることを意味する……、慣れた贅沢な生活を維持するためには、どうするのだ?

 もちろん、空いた穴を埋めるように、俺が動くしかない……働くしかないのだ。


 彼女が頑張って稼いでくれた額を……それに届かなくとも、俺からすれば大金である。

 そして大金を得るためには、技術と時間と努力が必須である……無理だ、できない。

 ぬるま湯に浸っていた上で、そんな状況下になれば、俺は次の『彼女』を探すことになるだろう……、同じレベルの生活を維持できる相手を、である。


 もう外見や愛ではない、相手の財布事情や稼ぎ方でしか人を見れなくなるだろう……、ここまで歪む自信がある。

 なのでひもにはなるべきではない……、

 いやまあ、ひもには最初からなるべきではないのだけど――。


「難しく考え過ぎじゃない? もっと気楽にさ、ほら、一年くらい、ここにお泊りするくらいの気持ちでいればいいじゃん――。

 あたしが良いって言ってるんだから、その好意を受け取ればいいのにー」


「君は『盾』なんだよ。……たとえばの話だけど、俺自身が苦労して稼ぎ、生活することは、『敵軍からの大量の矢の猛攻』であり、君という盾が防いでくれている状態だ……。

 君という盾がいなくなった時、その大量の矢は俺を徹底して刺し殺してくるだろう……、そんな痛い思いをするのは嫌だね」


「なら貯金をたくさんしておくから! 

 一人になっても強い『剣』が一本あれば戦えるでしょ!」


「刃こぼれするじゃないか。

 切れ味が悪くなれば矢を防ぐことも、攻めてくる敵を倒すこともできないし……」


「妹がいるよ。事情を話して、妹に援助を頼めば――」


「同じことだよ。脇にいた仲間が俺の前に立って盾になったところで、その盾がなくなれば同じことだ――ひもになることを決意するには弱い理由だね」


「むう~~っ」


 どんどん、と俺の脇を拳で叩いてくる彼女……、重いよ、物理的に拳が体の芯に響いてる。


「じゃあどうしたらひもになってくれるの!!」


「いや、だからね……、盾を信用できず、仲間を頼りにしない俺はやっぱり、自分の装備や筋力を上げるしかないんだよ。

 今の俺はひ弱さ、筋肉もない……ガリガリだ。だから鍛え上げる……。たとえ君が明日いなくなったとしても、俺は一人でも生きていけるくらいの技術を身に付けておかなければならない……、そこまでして、はじめて、ひもになれる――」


 君のひもになる――でないと俺が安心できないからだ。


「君の稼ぎを全面的には信用しない、頼りにもしない……、ちょっとの足しにはするだろうけど、俺が生きる分は俺自身で稼ぐ。

 継続して稼ぐ状態をキープして、そこからだよ。

 じゃないと安心してひもになんてなれるかよ」


 うぅ、と嘘泣きをした彼女が、スマホをぽちぽち……――電話をかけたようだ。


 相手は彼女の妹である。


「ねえっ、ちょっとうちの彼氏が堅実に働くとか言ってるんだけどー!!」

『……良いことでしょ?』


「あたしはひもになって家でぐーたらしててほしーのにーッッ!!」

『……相変わらず、ダメな男が好きだよねえ……』


「どうしたらひもになってくれるのかなあ――かなあ!?」


 俺を見て言われても……今のところ、なるつもりはないよ。

 ダメな男でいることに不安なの、俺の方だからな?


 ん、と彼女からスマホが向けられる……俺に?


「……もしもし」


『事情は察しています、彼氏さんの気持ちも、分かりますけどね』


 ……も?

 あれ、妹ちゃんは彼女の味方?


「ひもになる覚悟はないんだよ……お姉ちゃんを説得するの、手伝ってくれないか?」


『たとえばですけど』


 と、切り出した妹ちゃん。


『安定した稼ぎが継続することができれば、ぐーたら生活をしてもいいんですよね?』


「え、……まあ、そうだな。稼げて、継続できて、失敗してもまた立ち上がれるような足腰を俺に残してくれるなら――ぐーたら『ひも生活』も悪くない」


『でしたら、わたしの会社にきませんか?

 これは「ひも」ではなく、「雇用」のお話ですよ、お義兄ちゃん』

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