ヒーロー出撃~救い方にはご注意を~(短編集その5)

渡貫とゐち

(新)「ヒーロー出撃、【救い方】にはご注意を。」

「――ちょっと早い」


 と、人の生気を吸い取る巨大植物の化物に捕まっていたサラリーマンの男が言った。

 ……ちょっと早い? 生気が限界まで吸い取られる、ギリギリのところで間に合ったタイミングだったのだが……。

 一秒でも遅れていたら大げさでなく、彼は干からびて死んでいたはずだ。カラカラの喉を潤すために、二リットルペットボトルの水を三本も飲んでいるのだから、身に染みているはず――なのに、最初に出てきた言葉が『ありがとう』ではなく、それなのか?


 彼は腕時計を覗き、


「これじゃあ会社に間に合っちまうじゃねえか。……もう少し遅れてくれれば、遅延証明書を発行してもらえるって言うのに……、微妙な時間で助けやがって。

 リアルタイムで報道されているから、遅刻の言い訳にも使えねえし……もっと気を遣え。この時間帯でサラリーマンが襲われていたら『あ、会社に遅れる時間で救出しよう』とか、頭が回らないものかね」


「…………今回は、命の危険がありましたからね……、でも、死ぬのは嫌ですよね?」


 大前提として。


 死なないように救出するのが、『ヒーロー』の役目である。


「当たり前だろ。命を救う上で、時間調節をしろって言ってんだよ……。高い税金を払ってんだよ、少しくらいの注文くらい聞いてくれたっていいだろ?」


「……一人一人、望んだ通りにできるわけではないです。いくらヒーローでも、です。救い方に意識を割くほど、余裕があるわけではないですよ……。

 化物がこっちの都合に合わせてくれるわけでもないですし……」


「そこをどうにかするのがお前らの仕事だろ……ったく、ここでダラダラと喋ってる時間もねえじゃねえか。会社に遅れちまう――おいヒーロー共、本部に伝えておけよ、高い給料を貰っている以上、その分の働きはきちんとしろ。

 お前らが低収入なら文句はねえが、いくら貰ってんのか国民は分かってんだ……手を抜くな、守るべき国民の意見をきちんと聞き届けろ。

『助けて』の声に反応するなら、助け方にも意識を傾けてほしいもんだぜ」


「…………はあ、気を付けます」


 背を向けたサラリーマンの男が去っていく。よほど急いでいるのか、最後のメディカルチェックを受けずに会社へいってしまった……、一応、メディカルチェックを含めて、遅刻の理由になりそうなものだが――まあ、本人が良しとするのであればヒーロー側に文句はない。


「……高い給料を貰っているんだから、ある程度の無茶は聞けよ、か……」


 ヒーローが呟いた。


 サラリーマンの意見も分かる。

 給料とは報酬であり、仕事と報酬が釣り合っていなければ文句が出るのは当たり前だ……、なので、低収入だとすれば、仕事もせずに遊んでいても文句はないわけだ。


「ちなみに、おれはテレビで大々的に取り上げられてるヒーローとは違うんだけどな……『地下ヒーロー』……って言えばいいのか?」


 給料が発生するどころか、こっちがお金を払って、ヒーロー活動を『させてもらっている』修行の身である。

 つまり、サラリーマンの言い分を使えば、給料以前にヒーロー活動に報酬を貰っていない彼は、ヒーローの義務を遂行する必要はないと言える。……言えてしまうのだ。


 ……活動の許可を貰った身なので、義務は発生しているのかもしれないが……、それはこっちのやる気がある場合だ。


 やる気がなければ、手書きのライセンスは意味を持たなくなる……、現時点で、彼はヒーローではなく一般人になった……だから。


「あの人の背中に……化物の……種、なのかね……があったんだが、まあ言わなくてもいいよな?」



 後に。


 ある会社のオフィスが、【植物園】状態になっていた――。


 中でも、最も生気を吸い取られた男は、今も病室で意識を失ったままである。

 遅刻を望んでいた、あのサラリーマンだった。


 良し悪しはともかく、彼は望み通りに遅刻できたわけだ……どころか、長期休暇である。

 ――ゆっくりと休んでくれ。

 思う存分に、気が済むまで。


 ただまあ――いつ目覚めるか分からない、植物状態ではあるが。

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