絶対に【攻略できない】最強ダンジョン その1

「そこのお嬢さん方、困っているなら試してみるか?」


 入口の隣。

 地下ダンジョンから不本意にも逃げ帰ってきた俺たちに話しかけてきたのは、白髪交じりの黒髪を持つ男だった……、肌を見るとそこまで老いた男ではないように見える――もちろん、俺たちよりは年上だろうが、それでも若い方だろう。


 俺の父さんよりは若い気がする。


「なんだ、それ……」


「攻略本」


 十ページほどの冊子だった……、それがひょい、と投げられ、地面を滑って俺の足下へ。


 ……怪し過ぎる……、というか攻略本って、うそくせーなあ……。


 手に取ったらそれだけで金を取られそうな怪しさ満点のお誘いだった。

 さすがに悪意を確かめもせずに踏んづけることはしないまでも、ここは無視をするのがセオリーな気がする……、そもそもここは攻略不可能とまで言われている最強ダンジョンだ。

 攻略されているならまだしも、まだ誰も攻略していないのに、【攻略本】があるなんておかしい……。そんなものがこうして配布されているなら、とっくのとうにダンジョンは攻略されているはずである。


 そうなっていないということは、つまりこの冊子の中身は嘘で固められた作り話。


 買えばいくらなのか知らないが、有用な情報でないならタダでない以上、受け取ることはしない……、と思っていたが、隣の少女が白い羽根を落としながら冊子を拾い上げる。


「さ、サリーザ!?」


「……ほお、翼王よくおう族とはまた珍しいな」


「そう? 意外と周りを見ればいるけど。

 翼を隠して人間社会に紛れ込んでいる翼王族は珍しくもないわよ」


 背中から生えている一メートルにもなる大きな白い翼。彼女は遠慮なく服の外側に出しているが、普通は服の内側に隠すのだ。主に自衛が大きな理由である。

 服の内側に隠すとなると、ある程度は小さくするために切る必要があるが……、剥き出しの彼女は、そういったことをしていない。本来のサイズであり、見惚れるほどに綺麗なのだ……。


 ……翼王族は珍しい種族であり、悪い人間からすれば高値で売れる商品である。以前は神に等しい存在だったが、彼女たちの故郷である『浮遊島』が墜落し、生活するには人間世界に依存しなければいけなくなってからは、立場が低くなっている……。


 観賞用や使う用、転売用など、

 使い方はそれぞれだが、当然、人間扱いはされていない。


 翼王族、というだけでだ。


「知らないの? 白々しいわね……、

 翼王族がどんな目に遭っているか、町にいけば嫌でも知るでしょうに……」


「さあ? ダンジョンと入口を行き来しているだけだからな……流行には疎いんだ」


「おじさんは、町に戻らないのか?」


「このダンジョンが攻略されるまではここにいる予定だ……、休憩とダンジョン内部のマッピング、魔物の種類やトラップの位置など……ほとんどが固定されていて変化することがない。

 ――人為的な移動がない限りな……。

 だから毎日、少しずつマッピングしてんだよ……それで出来上がったのがこの攻略本だ……まあ、まだ全体の二割も記せていないだろうが……」

 

 ぺらぺら、とサリーザが内容を見る。


「ちょ……っ」と止める暇もなかった。

 攻略本の旨味と言えば情報である。お金を払って初めて手に入れることができる情報を、買う前に見てしまうのは、ルール違反だろう……。

 立ち読みで情報が得られてしまえば、誰が金を払ってこれを買うと言うんだ?


 冊子というパッケージありの状態を保存しておきたいのならまだしも。


「……合ってるわね。そしてトラップの位置も正確。

 あたしたちが潜ったところ以上まで、情報が載ってある……」


「え、ほんと?」


 横から覗き、ちらりと見ると……、


 丁寧な字と分かりやすい図で、ダンジョン内部の情報が記されてあった。

 真っ直ぐの線なんて手癖で書いたとは思えない……、まあ、手癖でなければ書けないわけじゃないので、難しいことではないのだが。


 風来坊のような暑苦しい格好のくせに、事務作業のようなきっちりとした性格らしい。

 人は見かけによらないようだ。


「おっと、立ち読みはそこまでだ」


 二ページを見終わったところで、おじさんが冊子を取った。奪った、と言うよりは優しく上にすっと抜いた感じだった……、その丁寧な対応は、俺たちを威圧する気はない、と示しているようで……――本当に、詐欺ではない……?


 騙す気はないと、信じてもいいのだろうか?


「いくら?」


 サリーザが聞いた。返ってきた答えは、予想していた額よりもかなり低い……、というかめちゃくちゃ低い。おじさんの労力に見合っていないと思うけど……、絶対にもっと取った方がいいと思う値段だった。そこまで低価格だと、逆に情報の真偽を疑うんだけど……。


「手に入れるハードルは低い方がいいだろ。ダンジョンに挑むために軍資金を全て装備に使って、一文無しに近い【処理班おまえら】から、さらに金を奪い取るのは俺が悪者だろう……タダで配ってもいいが、それだとさすがに俺のモチベーションが上がらねえ」


 それに、とおじさんが肩をすくめた。


「こっちはダンジョンを攻略してほしくて作ってんだぜ? 隠す意味はねえだろ。全員が共有するべきだ……――別に攻略本の内容を公開するな、と言っているわけじゃねえんだからな。

 だからほら、【バージョン4】って書いてあるだろ」


 冊子の右下には確かに「4」と書かれている……。

 単純に「4冊目」ではなく、情報が更新され、修正版4ということか……。


 過去にこれを買った処理班が持つ冊子は、情報が一部欠けている、ということだろう。情報が増えれば、その都度、俺たちは攻略本を買うことになるわけで……。

 値段を考えれば大した金額ではないのだが、ちょっとダンジョンの情報が増えたら、そこだけを買うのではなく、冊子ごと買わなくてはならなくなる……と考えたら、高いか……。


 だが、商売としては上手いな。


「更新したばかりだからな、お前らが買えば、新しい情報はお前らが独占することになるぜ。そうなれば、ダンジョン奥に設置された【どでかい爆弾】を誰よりも早く処理することができて、一躍、人気者になることができる――ヒーローじゃねえか」


「認められたくてやってるわけじゃないんだけど」


「そうか? 翼王族なのにか? ちょっとは立場の回復を狙ってるだろ?」


「したって、寝耳に水でしょ」


「ん? 雀の涙って言いたかったのか?

 確かにお前らからすれば急転直下の没落は寝耳に水だろうがな」


 人間世界の言葉を知ったばかりだからこそ、間違いが多い……、これは仕方のないことではあるが、彼女からすればかなり恥ずかしかったようだ……顔が真っ赤だった。


「サリーザ、気にしなくていいって。言いたいことは分かったから」

「ふ、ふん! いいからその攻略本を寄こしなさいよ! お金っ、払うから!」


「今にも逃げ出したいが、後退はしたくない……、そんなところか?

 早くダンジョンにいきたいとは、処理班の心構えとしては百点満点じゃねえか」


「そうよ、そうなのよだからお金、払うから!」


 早く早く、と頭の上に男の手で吊るされている攻略本を背伸びして取ろうとするサリーザ……、いや君、翼があるでしょ。


 クールな彼女が戸惑うと、こうも冷静さを失うとは……新発見である。


「まいどあり。ほい、冊子だ――気を付けて爆弾処理してこいよー」


「……でもおじさん、こんな近くにいたら、もしも失敗した時――時間がきた時、爆発に巻き込まれるんじゃ……」


「その時はその時だ――そもそも失敗を、俺は想定しちゃいねえんだよ」

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