ヤンデレ魔法少女を回避せよ!
広瀬小鉄
第1話 異世界からの帰還
無機質な空間に音が連鎖する。
一つは剣による金属音。もう一つは生物による衝撃音。
一人の少年と、一柱の龍による戦闘がその場を支配している。互いに傷つきながらも攻撃の手を緩めることはない。少年は自らの夢のために。龍は自身の怒りのために。
「もう少しのはずなんだっ……!」
少年、ミロク・ヨシマは剣を握る手に再び力を込める。今この力を緩めたらきっと一気に崩壊する。それだけ自身の限界が近いことを頭ではなく、身体で感じていた。もう基本のカラーシフトである灰色の姿しか維持できていないのがその証拠だ。しかもその灰色の姿もボロボロだ。全身の至る所から血を流している。まだ四肢が欠けずにいること自体が奇跡だとミロクは思う。
しかしそれは龍側も同様だった。漆黒に輝く翼は無残にもちぎれかけている。片目もミロクによって斬られた状態から回復していない。ブレスを吐く頻度も明らかに落ちてきている。
「はあぁぁっっ!!」
「GuGaaaaaー--!!」
何十回目、あるいは何百回目の激突。ミロクは剣に魔力を込めて正面から斬りかかる。龍もそれを迎撃せんと右腕を振るう。衝撃が空間を揺らし、火花が彩りを添える。極限まで研ぎ澄まされたぶつかり合いは、まるで芸術のようだった。何も知らぬものが見たらその美しさと激しさに、呼吸すらも忘れてしまうだろう。
しかしそのぶつかり合いも永遠に続くものではない。すべてに始まりがある以上、終わりもある。それは当然のことであり、この戦いも同様だった。
龍の右腕がやや外側に弾かれる。それは今までは起こらなった決定的な瞬間でもあった。その隙を見逃さずミロクは加速し、龍の懐へと一気に近づく。
「これで終わりだ!」
龍の首元まで飛び上がり、剣に再び魔力を込める。今までよりも強く、今までよりも熱く、限界のその先から力を振り絞る。最大限まで魔力を込められた剣は銀色の輝きを持って使い手の意志に応える。
龍の首を目掛けてミロクは剣を叩き付ける。斬るという技術の伴った一撃ではなく、自らの全身を懸けるような力任せな一撃。それは龍の皮膚を切り裂き、肉を喰いちぎり、骨を断つ。
「GYAAAAAA……AAaa………aaa……」
断末魔の声を上げながら龍の首が地面へと落ちていく。力を使い果たしたミロクも地面へと落ちる。ドサリという音と共に首とミロクは地面へと叩き付けられた。
「か、勝ったのか……」
ミロクは身体の痛みに耐えながら龍へと視線を向ける。その声には疑いと期待が入り混じっている。すると龍の死骸が青白く光り始める。それはダンジョンに生きるモンスターが死んだ際にダンジョンへと還元されるために起きる現象。
やがて光と共に龍の死骸が消え、その場にはいくつかのドロップアイテムが残された。ミロクは全身にはしる激痛を堪えながらなんとか立ちあがる。そのまま身体を引きずるようにしてドロップアイテムへと近づく。
「さすがダンジョンの最下層のボスだな。見たこともないアイテムだが、明らかに他のモノとは次元が違う」
とりあえず詳しく鑑定するのは後回しにしてアイテムを回収する。といっても自身のアイテムボックスに入れるだけなのでそう難しいことではない。
全てを回収し終えたあたりで部屋の中心に魔方陣が広がる。ミロクの潜っていたダンジョンはここが最下層だ。これ以上、下の階層はない。つまりこの魔方陣は地上へと帰還するためのものか、あるいはもっと別の場所に行くためのものだ。
「いよいよ、か……」
なんとなく予感を感じてミロクは覚悟を決める。そしてそのまま魔方陣の中央へと歩みを進める。ミロクの身体を包むように魔方陣は輝きを放ち、視界が眩さに支配されていく。
光が収まり、視界が戻るとそこはミロクが一度だけ訪れたことのある場所だった。
優しい陽射しに、見渡す限りの花畑。空気は澄んでいて、吐く息すら透き通っているように感じる。ミロクは自身の手足を確かめてから正面へと視線を向ける。
そこには美女がいた。
見た目の年齢は20歳に満たないくらいであろうか。輝く金髪は神聖な魔力を纏っており、外見に似つかわしくないほど穏やかな笑顔を浮かべている。艶のある肌に純白の装い。両手を組み、祈るように目を瞑っている。それは誰もが見惚れるような美しさであった。
「お久しぶりです。女神様」
ミロクは目の前にいる神聖な存在に声をかける。女神と呼ばれた存在は祈りの姿勢は崩さず目だけを開け、ミロクを見据える。そのエメラルドブルーの瞳にはどんな宝石よりも美しいと感じるほどの存在感がある。
「お久しぶりです、ミロク様。そしてありがとうございました。あなた様のおかげでこの世界は救われました」
鈴の音ような声で女神はミロクに感謝を述べる。
話はそう難しいことではない。この世界の中心にある巨大なダンジョン。その最下層にはかつての女神の神敵である龍神が封印されていた。しかしその封印は限界を迎えており、近いうち崩壊することが予測されていた。
その対策として地球から召喚されたミロクが救世主としてダンジョンに潜り、龍神の成れの果てである存在を葬ったのだ。地上を去り、人々の営みを見守ることを選択した女神は誓約として地上への直接的な干渉は出来ない。龍神の封印機構にダンジョンというものを組み込んだのも、地上を生きる人間がいずれ龍神の元までたどり着き討伐するのを望んでのことだった。しかし封印の崩壊の予兆が思ったよりも早く起きたために、異世界人を召喚して加護を与えるという形に切り替えたのだ。
「いえ、なんとか使命を果たせて良かったです」
ミロクのその言葉に女神は微笑む。ミロクは「使命」と口にしたが、そんなものはないのだ。彼は異世界の人間であり、この世界で命を懸ける義理も使命も本来はない。女神自身も無茶なお願いだったと思っている。今まで闘ったことのない普通の少年に世界の存続を委ねたのだから。それでも少年は闘い抜いた。
「本当にあなた様には感謝しております。そのお礼としてはささやかなものにはなりますが私が叶えられる範囲でしたらどんな願いでも叶えましょう」
「でしたら地球へと帰りたいです……」
ミロクのその答えに僅かに目を見開く女神。そして少し悲しそうな表情をしてからミロクへと問いかける。
「この世界は不満ですか? あなた様の実力ならこれからこの世界で好きなように生きていけるかと思いますが……」
「いえ、この世界に不満はありませんよ。ただやっぱり自分の世界に帰りたいっていうだけです」
ミロクは正直に答える。やはり住み慣れた地球が恋しいのだ。あちらには家族がいて、友達がいて平和で便利な生活が送れる。命懸けで戦う必要もないし、ご飯も簡単に美味しいものが食べられる。そんな現代っ子であるミロクにとって一生、異世界にいるというのは難しいことだった。
「そうですか……。残念です。一応、もう一度確認させていただきますが、あなた様の望みは元の世界に帰るということでよろしいですね?」
「はい、そうです」
「本当の本当に?」
「はい、本当の本当にです」
「……かしこまりました。それではミロク様を地球へと送還いたします」
女神は祈りの姿勢を解き、手を虚空へとかざす。すると空中に杖が出現し、女神の手に収まる。それと同時に杖の先端に光が集中する。光から透明な文字が現れ、ミロクの足元へと向かっていく。
「女神様、今までありがとうございました」
ミロクは笑顔で女神に感謝を告げる。
「お礼を言うのは私のほうです。ミロク様がこの世界の救世主で良かったです。これから先のあなた様の人生にも光がありますように」
女神はそう言って杖を振るう。文字から放たれた光の奔流がミロクを包む。ここに来た時よりも強い光だ。それも当然だろう。ダンジョンの最下層から神界へと転移するのとは比べ物にならないくらい遠い場所へと送られるのだ。
「ありがとう、私の救世主様」
優しく女神がそう呟いた時にはもうミロクの姿はそこには無かった。
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