第11話 聖なる力の訓練

「聖女イデア様にご教授いただけるなんて光栄です~。よろしくお願いします」

「あんまり恐縮しなくて大丈夫だからね」


 いっぺんに聖女全員のコーチをするのは体力的には問題ない。

 だが、大人の事情的に難ありなため、今回はマリアだけに教えることにした。


 教える直前、マリアから敬語はやめて欲しいと言われたのだが、敬語を使わないで喋るのが不慣れなため困惑中である。

 アメリとは何日も馬車で一緒に過ごして、打ち解けることができたからこそ言葉を崩すこともできるようになった。

 マリアとは初対面だし、いきなり言葉を崩して喋って良いものかどうか迷ってしまう。


 お互いにあたふたした緊張状態で開始となってしまった。


「聖なる力を上昇させるためには、呼吸を整えること……って言えばいいのかな……」

「どういうことですか?」


 説明って難しいな。

 そういう意味では前国王陛下の説明は非常にわかりやすかった。

 あの時の陛下の真似をすればいいか。


「私が教えてもらったときを再現してみるけどいい?」

「はい。もちろんです」


 私は一度咳払いをして、前国王陛下になりきってみた。


「息を吸い、息を吐く。この量を常に一定に整え、かつ一度の呼吸サイクルを常に統一したまえっ」

「イデア様……。声まで真似しなくてもいいかと思いますが、概ね理解はできました……」

「呼吸が安定させること、つまり己の身体を常に安定させ精神をも安定させ……」


 教えることがこんなにも難しいとは思わなかった。

 私の場合は感覚で前国王陛下の説明をなんとなくモノにしていったから、自らが口頭で説明するには難ありだ。

 だが、マリアはしっかりと聞いてくれ、なんとなく納得してくれたような気がする。


「一つ質問してもよろしいでしょうか?」

「もうしてみ……じゃなくて、どうぞ」


 さすがにこれ以上ものまねをして喋っているのもどうかと思うので終了。

 ひとまずやり方さえ伝わったようだから目的は達成したかな。


「聖なる力を解放した直後って本来激しい息切れを起こしてしまいますが、その時はどうしたら……?」

「うーん……、私の場合はそれでも維持するようにって言われたかな……」

「酸素不足で死んじゃいそうですね……」


 私が苦しかったのはまさにそれだった。

 訓練をしながら聖なる力を使わなければいけなくて、その直後に同じ呼吸リズムを維持することが辛かった。

 時々苦しすぎてめまいを起こしたり気絶したり……。

 そんなあとでも休んだから年棒から天引きだったな。

 今思えば、前国王のときもなかなか酷い扱いだったのかもしれない。

 幸い、人は良かったけれど。


「この国だったら聖なる力を使わなくて良い日もあるし、無理せずにまずは呼吸リズムだけ常に整えるような訓練をしてみると良いかも」


「わかりました。早速実践してみます~。他には?」

「あとは特殊な魔道具を使って訓練させられていたんだけど……、さすがにその魔道具は持っていないし、その名前も知らないからなぁ……」


 呼吸の訓練は基礎練習のようなもので、魔道具を使った訓練は特殊なものだった。

 ホワイトラブリー王国にその魔道具が存在していたら、おそらくとっくに訓練していたはずだ。

 つまり、現状は基礎練習しか教えることができない。


「でもね、基礎練習ってすごく大事で、それさえ毎日欠かさずコツコツとやっていけば、それなりに上昇はしていくと思うよ」

「わかりました~! ご教授ありがとうございました! イデア聖女先生様~」

「無理に先生とか様つけなくていいよ。むしろ、イデアって呼んでほしいな」

「それは無理ですよ~。せめてイデア様で!」


 私だって聖女たちと仲良く対等にしたいんだけど、今はこれで我慢しておく。

 きっと、マリアたちが訓練したらすぐに追い抜くだろうし。


 しかし、まさか聖女の力を向上させる方法を教える日がくるなんて思わなかったからなぁ。

 せめてあの時、魔道具の名前だけでも聞いておけばよかったな……。


 だが、私の後悔もこの後すぐに解決することになるのだった。



 マリアに聖なる力の指導を終えたあと、私は重大な問題に直面したことに気がついた。

 今まで成り行きで流されたように過ごしてきていたため、気がつかなかったのだ。


(この先、どこで寝泊りすればいいんだろう……)


 お金もない、土地勘もない、ホワイトラブリー王国の王都へ出たこともない、治安もわかんない、と……なにもかもがわからないし貧乏なのだ。


 そういえば一緒にここへ来たアメリはどうしているのだろうか。

 私自身は体力が回復できるまでずっと病室で過ごしてきた。

 だが、今はすっかり元気になったし病室で過ごすわけにもいかない。


 頼りのアメリを探すにしても、私だけで単独行動したら迷子になりそうだ。


 マリアが部屋から退室した後、私はこの応接室で一人ぼっちで悩んでいたのだが……。


「失礼します」

「あ、アメリ!!」

「イデア様……、元気になられたようで」


 最後に会ったときのアメリの格好とは違い、かなりの変化がある。

 服装から察するに、充実した毎日を送れているに違いない。

 久しぶりの再会で、私は涙すら溢してしまいそうなほど嬉しかった。


「アメリも元気にしている? ホワイトラブリー王国は慣れたの?」

「はい。イデア様のおかげで、私もひとつ仕事を任されました。しかも聞いてくださいっ!」


 アメリが今まで見せてきたことがないような、とてもニコやかで満面の笑みをしながら私の両手をギュッと握ってきた。


「アメリ……?」

「今後、イデア様のお世話係りを担当することになったんですよ!?」

「私のお世話?」

「はい! つまりメイドや使用人といったところでしょうか」


 アメリが一緒についていてくれるのは非常に助かるしありがたい。

 だが、肝心な問題があるのだ。


「私、今後住む場所もないし、アメリに報酬だって払えないよ……?」

「なにを言っているのですか。すでに、イデア様が今後住むための場所の準備は整っていますよ」

「はい?」


「遠慮深いイデア様のことなので先に言っておきますが……、これはイデア様だからとかではありませんからね。聖女様という職務の方は全員、国から住居も与えられるそうですよ。まぁ、イデア様の場合は王宮の一室が与えられたので特別には変わりありませんが……」


 ちょっと信じられなかったため、自分のほっぺをぐいっとつねってみた。

 うん、痛い。


「や──」

「家賃などは当然かかりませんからね!? 私も専属でお世話係になったため、イデア様の隣の部屋を提供してくださったので、今のイデア様と同じようなことをしちゃいましたけど……」

「……アメリ……。…………」


 私は、今までの苦しさから完全に解放されたような気分だった。

 いや、きっと私だけでなく一緒にこの国へ来たアメリもそうだったに違いない。


「ホワイトラブリー王国に一緒に来れて良かったね!」


 全身全霊でそう告げた。


「はい……。皮肉にもロブリー陛下のタダ同然の依頼がなければこんな幸せは訪れなかったでしょうけれどね」

「ある意味、クビにしてくれて感謝しなきゃいけないかもね。あらためて、これからよろしくね!」

「はい。イデア様の身の回りのお世話はお任せください」


 お世話係になってくれたアメリについていき、今後私が住むという部屋へ案内されたのだが……。

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