8・恋人の異常さ

「面白いこと言うようになったのね」

 以前の彼女なら、周りから浮くようなことはしなかった。

 それは右に倣えと言うよりは、生きやすさを重視したライフスタイル。

「佳奈こそ、電源すら入れてないみたいだけど?」

「一志がうざいからね。それに、記録に残るような事すれば後が気持ち悪いの」

「え? 怖いんじゃなくて?」


 一志は異常だ。

 佳奈の行動を把握し、自分が知らない場所だとたちまち悪口を言い始める。

 せっかく楽しい気分になっても台無しだ。

 だから佳奈は、一志からのデートの誘いは一切断っている。


「一々わたしの行き先を調べて、自分が佳奈とここへ行ったら……という妄想をしてわたしに聞かせるの。気持ち悪いでしょ」

「自分も佳奈と一緒に行ってみたいならわかるけど、その周りクドイ感じは確かに気持ち悪いわね」

「出逢った頃は、爽やかで博学な人だと感じたのに」

 佳奈はアイスティーのストローを指先で摘み、クルクルとかき混ぜながら、

「なんであんな風になっちゃったのかしら」

と呟く。


「元々ああだったのか、段々そうなっちゃったのか」

「話を聞く限りでは、元カノと上手くいかなかったのは自分に問題があると考えていて、今度こそはって思ってるんじゃない?」

 佳奈は彼女の言葉に、力なく頷く。

「それは理解はするけど」


 休みの日に誘われ、行きたくないと言えば一日電話で相手をさせられる。

 一緒に居たくないから断っているということが分からない一志に、うんざりすることはあっても愛情を感じることはなかった。

「でも、監禁されているような気分になるの。アイツの相手ばかりさせられていて何も出来ないんだもの」

「確かにそこまで来ると、異常よね」

 彼女はフォークを皿の上に置くとコーヒーカップに手を伸ばす。

「このままじゃ、気が変になりそう」

と、佳奈は頭を抱える。


「ねえ、佳奈」

「うん?」

「私が話をしてあげるわ。角が立たないように、上手くさ」

 佳奈には彼女の申し出を断る理由はない。ただ、懸念はある。

 あの一志のことだ、何を言っても無駄なのではないか、と。

 それでも佳奈は彼女に託すしかなかった。明るい未来を信じて。


「ありがとう、お願いするわ」

「どうなるか分からないけど、やってみるね。そう言えば、あの彼は元気?」

 彼女は二人の共通の友人のことを切り出した。

 一志と恋人関係になってからは連絡をとっていない。彼は趣味を通して知り合った仲間である。

 面倒なことに巻き込むのが嫌で疎遠になっていた。

「なんだ、佳奈も連絡とってないんだ」

「一志にバレると面倒だしね。男友達がいること」

「ふうん、ちょうどいいじゃない。四人で飲みに行きましょうよ」

 きっと彼も協力してくれるわよ、と彼女は笑ったのだった。

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