ドットスクエア=ファンタジー②
「本当に、ありがとうございます……この受けたご恩はどうやって返せばいいか。ナーシャ、この人が助けてくれたんだ。ちゃんとお礼を言わないと」
「あの、助けて頂いて、本当にありがとうございます!」
グリッドに促され、ベッドの上のナーシャは深々とお辞儀をする。
その後に続いて礼を告げた彼の両親が御礼の品として、それぞれ果物やら野菜などが入った籠を差し出してきた。これにリルは少々困惑した表情を浮かべると、
「そこまでされると……。ワタシはただ、グリッドの手助けをしただけだし」
と、申し訳なさそうに一歩後ずさった。
「いえ、それでは私共の気が済みません! 是非とも受け取って下さい!」
「う、うーん」
これでもかというほどに迫ってくる両親を見て諦めたのか、リルはいかにも仕方なしといった様子でそれを受け取ると、
「それじゃあ、ありがたく頂戴します」
そう言って笑うのだった。
ボロ屋の窓の外を見ると、既に日が傾き始めている。
好意で泊まっていくのはどうかと両親に聞かされたものの、流石に至れり尽くせりだと申し訳なく感じたのか、リルは取り急ぎ荷物をまとめ出した。
そんな最中、ベッドで寝かされていたナーシャの腹がひもじさを知らせる。
「……」
来客がいるというのにお腹を鳴らしてしまったことを恥じて、ナーシャは顔を真っ赤にして俯いた。それに対し、リルは優しく微笑む。
一方、ナーシャの様子を見かねたグリッドは首を横に振った。
「ナーシャ、お客様の前だぞ」
「……ごめんなさい」
「食料配給があるのは今日の夕方ということになっている。そろそろ、アイツが嫌味と一緒に届けに来る頃だろうからな。ちょっとだけ我慢してくれよ」
「うん」
ナーシャはコクリと頷く。
すると、リュックサックの中身をまとめていたリルの手が止まる。
彼女の手には、さきほど二人の両親から受け取った御礼の品の内、最も色つやがいい真っ赤な果実が握られていた。
ナーシャの元に歩み寄ると、それを見せつける。
「食べる?」
「えっ、その、お気持ちはとっても嬉しいんですが……32×32のものはナーシャは食べることができないので」
「ちょっと待っててね」
彼女は床の上にそれを置くなり、剣を引き抜き、構える。
剣に淡色の光が灯ったのを確認すると、果物に剣筋を入れた。すると途端に、32×32であったはずの果物が16×16の果物4つに分裂した。
突然の出来事に、一連の様子を見届けていたグリッド達は目を見開く。
「な、何が起こったんだ?」
「どうして果物が16×16の果物4つに?」
「どうしてって、32×32ピクセルの果物は、16×16の果物4つ分のピクセル数に相当するので。多分……そのはず?」
彼らには訳が分からず、ちんぷんかんぷんであるようだ。
自信満々に説明したものの、反応があまりに悪かったので、リルは自身の計算が間違っているのではと暗算をやり直すが、そうでもなかったらしい。
「と、とにかく。どうぞ」
「へっ!? ありがとうございます?」
ナーシャはリルの手から果物を受け取り、口元に運んだ。シャキッという音を立てて一口齧ると、染み出した果汁での口の周りが潤う。
何の代わりもない、至って普通の果実のようだ。
ただ、それが何の変哲のないものだと分かったとして――、四人とリルの間に流れる空気が戻る訳ではない。いつしか、不思議そうな面持ちの四人の視線の的になってしまったリルは、やたら周りの目を気にする素振りを見せ、小さくなる。
「……リルさん」
「はいっ!」
長い沈黙の末、彼女はグリッドに呼ばれ、肩を震わせた。
「リルさんは俺たちよりも沢山のことを知っているんですね。俺たちは奴隷という立場上、学校に行けてません。もしかして、リルさんが今やってみせたことは、この世界では至って普通のことなのでしょうか」
「うん……ワタシは学校で昔習った覚えがあるから、そうなの……かなぁ」
言い方に当たり障りが無いよう、彼女は極力オブラートに包んで言う。
それから再び沈黙が襲った。今度のはいつまで続くことになるのだろうと、彼女は少し不安そうな表情を浮かべる。しかし、今回はそう長く続くことはなかった。
カラカラカランッ、
――村の楼で、鐘が鳴る。
その一音で我に返ったグリッドは顔を上げた。
建付けの悪いボロ扉に駆けより、手を掛けると、彼はリルに向き直って口を開く。
「おそらく配給の時間です。リルさん、今回は俺の勝手な判断で村に招き入れてしまいましたが、領主が決めた村の掟では一応、この村に外部者を入れてはいけないこととなっています。なのでくれぐれも見つからないようにしてください」
「ナーシャを、娘を、どうかよろしくお願いします」
「は、はい」
グリッドと彼らの両親は揃って頭を下げ、出ていく。
閉まった扉の外側から駆け足で向かっていく三人の靴音が聞こえた。
◇◇◇
「一昨日徴収した作物のうち、第5農地担当班から徴収したものに一部、傷んだものが混ざり込んでいた! これはどういうことだ!? 5班の者よ、名乗り出ろ!!」
馬車からふんぞり返るように降りるなり、男は声を荒らげた。
何かあったのか、ひどく憤慨している様子だ。
空気がピリつく。
「……はい、俺たちです」
意気消沈とした様子で名乗り出たのは、グリッド達を含む12人だ。男の足元には、以前連行された奴隷が傷だらけの状態で地に伏せている。
この先どうなるか一同は察していた。
男は不機嫌そうに顎髭を触ると、グリッド達を睨みつけた。
「ほう、貴様らか……確か貴様らは農耕に従事した者達だったはず。失敗などは早々ないはずだ。作物には手慣れぬ扱いによってできたような傷があった。となると、この班で最も新参の者が犯人……」
5班のメンバーを眺め入ていると、ある人物が彼の目に入る。
幼い、少女である。年端もいかぬ少女が怯え、震えていたのだ。
「貴様だな。それ相応の罰を受ける覚悟はあるのか」
「あ、ああっ……」
少女は声にもならない声を上げる。
彼女はこの先自身を待ち構える未来に、戦慄した。
そんななか、一人の男が口を開く。
「……私がやりました」
「貴様が、だと?」
この場にいた全員の視線が集中する。
名乗り出たのは紛れもない、グリッドの父親だ。
この場に居合わせた奴隷全員の顔に動揺が走る――。
「先日まで私は手に怪我を負っており、作業を行っていたので、普段よりミスが目立ってしまったのだと思います」
「ほう、そういうわけか」
「間違いありません」
男は納得の表情を見せる。
もちろん嘘だ。ここにいる奴隷は皆、そのことを知っている。
幼い少女を守るための、身を挺した嘘だろう。
男の表情はまるで悪魔のように見えた。
彼は肥えた身に釣り合わない腰刀を引き抜くと、斬りつける。
――紫電に続き、血飛沫が飛んだ。
◇◇◇
「父さん! 返事を!」
「お父ちゃん! お父ちゃん!」
「貴方っ、貴方っ……!」
リルが目の当たりにしたのは、地獄のような光景だった。
血に塗れ、息をしているかどうかも怪しい父親のベッドにすがり、泣き叫ぶ家族の姿だった。理不尽な暴力で簡単に崩れ去ってしまった家族の姿だった。
「あの野郎っ、絶対に許さないっ……!!」
グリッドは拳を握りしめ、怒りの表情を浮かべる。
そして納屋にしまわれていた農具を持ってくるなり、今にも敵を討ちに行こうとする勢いだ。ナーシャはそれを必死になって止める。
「駄目だよ、逆にやられちゃうよ!」
「止めないでくれ! こうでもしないと気が済まないんだ!」
グリッドはナーシャの手を振り払うと、再び外へ出ようとする。
だが、その前にリルが立ち塞がった。グリッドは息を荒げながらも、彼女とのにらみ合いが続いた後、不意に農具を下ろすや否やその場で泣き崩れた。
「……俺が、16×16なんかじゃなくて64×64だったら……父さんの敵討ちをすることができたのに。分かってるんだ、俺たちなんかじゃ一生懸けても敵を討てないって。なんで、こんな理不尽な目に。ずっと遭わなきゃいけないんだっ……」
グリッドは両手で顔を覆い、とめどなく流れる涙を拭う。
そんな彼に向かってリルが掛けた言葉は――、
「……あるよ。お父さんの敵を討つ方法」
「え?」
「ドットピースを沢山集めて、グリッドが64×64以上のピクセル数になれば。そうすれば、きっとその領主に敵討ちできる、はず」
彼女は既に、領主が取り決めた村の掟の秘密を理解していた。
奴隷たちに教育を受けさせない理由、そして外部の者が村の中に侵入するのを禁止にしていた理由。彼女の中で、合点がいったようだ。
この世界での常識、ここらに住む民が知らないわけ。
つまり領主の男は、
――知識を得た奴隷たちに反乱を起こされるのを恐れている。
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