ドットスクエア=ファンタジー

長宗我部芳親

ドットスクエア=ファンタジー①

 この世界の全てはドット絵から成り立っている。

 動物に植物、建物や風景までが精巧なドットで表現されているのだ。面白いことに、この世界では階級といった概念はで区分されているらしい。

 

 例えば、貴族階級の人間は64×64ピクセル、平民階級は32×32ピクセル、奴隷階級は16×16ピクセルで表されているといった具合だ。

 人間の階級と同様に植物やモンスター、食物までより高い地位になればなるほどより高いピクセル数になっていくようだ。


 そしてなんと、モンスター界の頂点に君臨する魔王はなんと32664×32664ピクセルもの膨大なドットによって表現されているとのこと。

 もはや紛うことなき、完全な3Dグラフィックである。


 これはそんな世界で暮らす奴隷階級の少年の物語――。



◇◇◇


「領主様のお通りだー!!」


 その声が、村の高台からの乾いた鐘の音とともに村中に知らせる。

 その鐘の音を聞きつけた村中の奴隷は農作業をしていた手を休め、一斉に道の端へ向かうと、膝を屈する。奴隷よりも高いピクセル数で表された馬に御者、そして馬車。それらを囲む屈強な護衛達。

 ボロ衣同然の衣服を纏った奴隷に比べれば、服もかなり豪華だ。


 馬車が通りかかると、皆が頭を地面にひれ伏した。


 パカラッパカラッ。ギシギシ。

 馬車の中にいる領主の姿は奴隷に見えない。


「おい、この中に村長はおるか?」


 馬車の中から男の声がした。


「はい、私でございまする……」


 一人の老人が、震えながら答える。

 馬車の窓を覆っていたカーテンが開かれ、中から小太りの男が現れた。金髪で毛先が丸まった髭がやたら強調された容姿だ。

 男は護衛に手を借りて馬車を降りると、怯える村長に歩み寄り、影を落とす。

 すると、男の口角がニヤリと上がった。


「今度から、ミーはこの村の農作物に課す税を九割に引き上げることに決定した」

「さっ、左様でございますか……承知しました」


 男の横暴さに村長は青い汗水を垂らし、再び頭を地に伏せた。16×16ピクセルで構成された身体では、絶望の顔色を表現するのに無理がある。

 対して男の顔には悪趣味な笑みが浮かんでいた。

 逆らえば、命はない。ここにいる誰しもが分かっていた。


「うむ、それじゃあよろしく頼む」

「おいクソ領主!! ふざけんじゃねぇよ!!」


 男が踵を返し、馬車へと戻ろうとした時だった。

 ひれ伏せていた奴隷の一人が立ち上がり、声を荒らげる。そうして両手を構え、手から火球を放ち、領主に向かって放った。

 領主に着弾した火球は黒煙を上げながら燃え上がる。


「いいか?  魔法というものはこうやるのだ」


 黒煙を片手で掻き消し、全身を表した男はまた悪趣味な笑みを浮かべ、報復するかの如く火球を放つ。

 火球は反旗を翻した奴隷の足元に着弾し、瞬時に爆発を引き起こした。


「なっ、この日のために森で特訓をしたというのに……」


 男が放った火球は、奴隷によって放たれたものよりも遥かに炎の描写が高画質でリアルで威力も桁違いだった。

 奴隷は格の差を見せられ、後ずさる。

 その様子を見るなり男は、


「その奴隷を連行しろ。ミーの地下牢で傷物にしてやれ」

「なっ、触るな! 私に触れるなぁ!」


 男の命令により、屈強な兵士達は奴隷を取り押さえると、縄できつく縛り上げ、引き摺るようにして連れて行く。


「いいか、ミーに逆らえばこうなると、肝に銘じておくように」


 男は奴隷たちにそう告げると、馬車に乗り込んだ。

 音を立てて馬車は村を去る。奴隷たちその後ろ姿を見送ることしかできなかった。反抗の芽はここで摘まれてしまうのだった。



 領主の思うがままに支配されたこんな村でも、グリッドは僅かながらの幸せを感じ取って暮らしていた。理不尽な目に遭いながらも、彼が希望を失わずにいられたのは、家族の温かさのおかげだ。


 日頃から家族を何より大切に思い、愛で温もってくれる母親。

 義理人情に厚いが、感情表現が下手っぴな父親。

 天真爛漫で誰にも隔てなく愛嬌を振りまく妹。


 三人こそが唯一の救いであり、そのおかげで昼夜一切の休みを取らず、農作業に身を捧げることさえ、彼にとって何の苦にもならなかった。

 だが、そんな生活は突然終わりを告げる。


――妹が病で倒れたのだ。


 この日を機に、両親とグリッドの関係に亀裂が入った。

 

 妹のナーシャが発症したのは、ドット透過症という奇病だった。全身を構成する一つ一つのドットが日に日に透明なものに変化していくという病だ。

 症状が進むにつれて、次第に体を動かすことが困難になり、やがて呼吸すらままならなくなる。そして最後は……息を引き取ってしまうのだ。


「……お兄ちゃん」


 病床の妹から弱々しい声で呼ばれ、グリッドは彼女の手を握る。


「どうした?  苦しいのか?」

「うん……胸がスースーして、息が苦しいの」


 グリッドが見ると、ナーシャの胸のドットが幾つか透明なものになっていた。

 彼女は病が進行したせいで自分の意志で身体を動かすことができない。


「お兄ちゃん、ナーシャの身体は今、どうなってるの?」

「ああ、大丈夫だ。きっとすぐ……治る。心配しないでいい」

「そう。なら、良かった」 


 この日ついた嘘をグリッドは心の底から後悔した。

 ナーシャが寝静まった後、父親と母親、グリッドの間で家族会議が行われた。奴隷の立場上、彼らだけで解決できるような問題でない。


「領主様がナーシャを助けてくれると言ってくれた、今はその言葉を信じよう」

「そうね。今、私たちにはそれしかできない……」

「嘘だっ! あの領主が俺たちを助けてくれるはずがない!」


 義理人情に厚い父はいつから、お人好しになってしまったのだろうか。

 母も母だ。領主がかけた言葉など信じられるはずがない。なんたってあの性格だ。きっと二人に希望を抱かせてからどこまでも堕とすための嘘だろう。


 その日から、グリッドは妹を助けるための策を探し続けた。

 彼は15歳になっても奴隷という階級上、学校には通えていなかった。

 得られる知識は限られている。彼にとって妹を救うための唯一の手立てとして考えられることは、偶然噂で耳にした、ドットピースを集めるという方法だけだった。


 ドットピースとは、モンスターが死んだときに落とすドットの欠片だ。

 ドット透過症は、透明に変化したドットを同じ色のドットピースで取り替えることで、治療できると言われている。これを聞きつけた彼は森でモンスターとの戦闘に明け暮れることとなった。たびたび、格上とのモンスターとも戦闘を交えた。


 だが――、


「くっそ、どうやったらナーシャの肌と同じ色のピースが見つかるんだっ……」


 モンスターが倒されたとき、ドロップするピースの色は決まっている。

 スライムは水色、ゴブリンは緑色といった具合に。彼の片手には、森でモンスターを倒して得たドットピースがいくつも握られていた。

 そのどれもがナーシャの肌の色とはほど遠いものだった。


 ガサゴソっ。

 ふと、音のやってきた方に目を向ける。


「あそこにいるのは……シルフィード。あの色は、ナーシャの肌の色と同じだ。32×32ピクセル、俺よりずっと格上だけど、不意を突けばやれるかもしれない」


 樹の上によじ登り、彼は不意打ちでシルフィードを襲うことにした。

 しかし、彼女は一枚どころか数枚、グリッドよりも上手だった。風を手繰る彼女には、全く歯が立たない。圧倒的な実力差を前に彼は地に伏せる。


(嘘だろ……こんなにあっけなく死んじゃうのかよ、俺)


 次の瞬間、風の斬撃がビュウゥゥと音を立てて飛んできた。 

 彼は自身の無力さに絶望し、覚悟を決めた。今に全身を切り刻むはずの斬撃を受け入れようと、全身の力を抜く。


 その時、


「──────!!」


 彼の目に映ったのは、風の刃が無数の光の球によって防がれる様だった。

 続いて少女が、樹の上から身を任せるようにして着地をする。光の球を放ったのは、どうやらこの少女らしい。


「どんどんやっていっくよー!!」


 少女は光の球を流れ星のように降らせた。

 澄み切った緑色の髪を風に靡かせ、少女は一人でシルフィードを攻め立てる。まるで踊るように華麗な戦い方で相手を翻弄していく。


「すごい……」


  間の抜けた声を上げ、グリッドはその様子を見守った。

 シルフィードは全く反撃できずにいる。そして最後に放った巨大な光の球が身体を貫通し、シルフィードは倒れた。


 傍らに一個のドットピースがドロップする。

 それはまさしく、グリッドが求めていたピースそのものだった。


「ねえ、キミ。このシルフィード、先にキミが狙っていたようだけど、早い物勝ちってことでワタシが貰っちゃってもいい?」

「あ、ああ。そのっ……」

「?」


 満面の笑みを浮かべる少女を前に、グリッドは脇腹を抑えて立ち上がる。


「そのピース、どうしても必要なんです! だから、どうか……」

「うーん、どうしようかな~」


 少女は手のひらでドットピースを高く飛ばしたり、キャッチをしたりして遊んでいる。グリッドとしてはなんとしてでもソレを手に入れたいことに変わりない。

 彼は土下座をして、深々と頭を下げる。


「そのお願いします! 何でもしますから!!」

「何でも? ねぇ、今何でもって言った?」

「はい! 言いました!」


 少女の目が妖しく光る。

 一歩、また一歩と彼女はひしひしと歩み寄った。


「……それじゃあさ」


 彼女はグリッドに耳打ちをする。

 一拍置いてから、囁かれたのは、


「ワタシのためにー。美味しいご飯作ってくれないかな?」


 直後、森の隅から隅に響き渡るような音量で、彼女の腹の音が鳴った。

 森中の木々から鳥が一斉に飛び立つ。まさかの展開にグリッドは彼女の腹を二度見る。彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「料理、ですか?」

「うん。料理! この辺りにたっくさん美味しい食材があるって聞いて、はるばる遠くからやって来たんだ!」


 美味しい食材というものに、グリッドは心当たりがあった。

 グリッドたち奴隷が育てているのがまさにソレだ。領主によって栽培を強いられる作物。32×32ピクセルから成る、超絶品の高級食材。


 ただ、グリッドたちは16×16ピクセルの、栽培を強いられる作物よりも格下の階級に位置していたため、口にしたことがなかったのだ。

 奴隷は16×16ピクセル以下の食材しか食べることができない。

 そうでないと、お腹を壊してしまうのだ。


「はい! やってみせます!」

「本当に!? やった~、やっと美味しいものが食べられる!!」


 少女は手放しで喜んだ。

 グリッドの手を握り、ぴょんぴょんとその場で跳ねる。


「そうだ、忘れてた! ワタシはリルっていうんだ!」

「俺はグリッドです」

「よろしくね、グリッド! さて、美味しいものの所へ案内したまえ!」


 グリッドは領主によって栽培を強いられる作物の味は知らなくとも、美味しいと言われる料理の作り方は知っていた。

 嫌になるほど領主に作らされていたからである。


 グリッドとともに村へ戻り、彼が食材をかき集め、慣れた手付きで料理を完成させた。畑のミルクと呼ばれるチョボ麦で野菜を煮込んだスープで、絶品とされている。

 鼻孔を刺激する湯気に甘い匂い。コクのある、舌をとろけさすうま味。

 のど越しの温かみは言わずもがなだ。まさに頬が落ちるといった様子で食事中リルの手は止まらなかった。


「うーん。美味しい! 胸がぽっかぽかして初めて食べるけど、これがおふくろの味っていうのかな~。口福!」

「美味しんですか、ソレって」

「うん、すごく美味しい!!」


 料理が提供されて数分足らずでリルは料理を完食した。

 彼女は満足そうな笑みを浮かべ、グリッドを見る。


「これ、約束のピース!! 美味しかったよ、ありがとね!」

「やった……、ようやくピースが一つ」


 感激のあまり、グリッドは涙を流しそうになるが、人前では流さまいと堪える。

 ピースを受け取った途端、今までは微塵たりとも見せなかった気の緩みのようなものを見せたグリッドにリルは首を傾げる。

 何事か、とリルはしばらく彼を見入っていた。


「そういえば、グリッド。キミはどうしてドットピースを集めているの?」

「…………それは」


 グリッドはリルに説明をすべく、ナーシャが寝かされている部屋まで案内する。

 いつからか、ナーシャの容態は悪化し、長い間意識が目覚めないという状態に陥っていた。ドット透過症は彼女の身体を中心から蝕んでいっている。


 こうもなっては、一つのピースだけでは足りない、とリルも瞬時で悟った。

 彼女はふと、部屋の隅に使い物にならないドットピースが幾つも積み上げられていたことに気づく。

 

「グリッド、これはなに?」

「ナーシャの肌の色とは全く違う色合いの、集めたものの大して役に立たなかったので近いうちにゴミに出す予定のピースたちです」

「ピースを合体させたりはしないの?」

「……ピースを合体?」

「うん」


 ナーシャは試しに二つのドットピースを手に取り、押し込んだ。

 すると二つのピースが一つに、まるで混ざったような色合いのピースが誕生する。グリッドは見たことない現象に何度も何度も目を擦る。

 

 足元に落ちていたピースを試しに二つ手に取った。

 彼が押し込むと、そこでもまた新たなピースが誕生する。


「こ、こんなことができたなんて……」


 言葉が出なかった。

 奴隷という立場上、本来ならば得ることができなかった知識だ。

もしかしたらドット透過症によって全身が蝕まれるより前に、助けることができるかもしれない。ベッドの上のナーシャを見る。

 彼の瞳には確かに希望が宿っていた。


 リルはポケットから虫眼鏡を取り出すと、ナーシャの身体を覗く。

 

「妹ちゃんの肌の色はR254 G238 B238みたいだね。つまり、赤:緑:青の比率が254 :238:238かその倍数になれば、妹ちゃんの肌のピースが作れるはずだよ」


 今しがた、リルが虫眼鏡で覗き込んだピースは、R132 G163 B123とある。


「じゃあ、その比率にすれば、ナーシャは助かるんですね!?」

「うん。それじゃ、ワタシも手伝うよ!」


 リルは比率の計算をし、グリッドは彼女が導き出した答えのもと、ナーシャの肌の色と同じピースを作っていく。必要なピースは全部で16ピース。

 途中で飛び入り参加した両親の協力もあった。

 三日三晩通して時間がかかってしまったものの、ついに――、


「……お兄ちゃん、みんな?」

「「ナーシャ!?」」


 ナーシャは目を覚ましたのだった。

 久々の再会に感動し、家族は彼女のもとに飛びついた。

 リルの視線の先で微笑ましいやりとりが続く。

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