【第五章】少年少女は夢を見る

「おい君、大丈夫かい?」

 

僕は警官の声で目を覚ました。

 

急いで逃げなければと思ったが、辺りを見回しても彼女の姿が見えない。


「こんな時間にこんな所で何をしていたんだい?」


「ちょっと横になるつもりが、いつの間にか眠ってしまったらしくて。

あの、女の子を見ませんでしたか?」


「女の子?いや、見てないけど」


「そうですか。・・・今って何時ですか?」


「もうすぐ二三時になるよ。家はこの近くかい?」


「・・・はい、近くです。それじゃあ、家に帰ります」

 

すると警官は右手に握っていたライトを、

逃げるようにその場から去ろうとする僕の顔に向けて言った。


「顔に付いているそれは、血かい?」

 

なぜだか僕の頬には、赤い手形の跡が薄っすらと付いていた。


「まさか君、新宿駅の少女と一緒に逃げていた子じゃないよね?

もしかしてさっき言っていた女の子って、新宿駅の少女のことか?」

 

これ以上嘘をつき通すことは出来ないと思った僕は、

黙ったまま一度だけ頷いた。

 



その後、新宿警察署まで連行された僕は

事件のことや彼女との関係を何度も聞かれたが、

一度も口を開くことは無く黙秘を貫いた。

 

そんな僕を見かねた刑事が、

「君がどこまで知っているかは分からない。

だから、今から話すことは俺の独り言だと思ってくれていい」

そう前置きをすると、彼女について分かっている事の全てを話してくれた。


 


彼女が殺したのは、自分を捨てた両親か受け入れを拒否した施設の関係者だ。

 

僕は勝手にそう思い込んでいた。

 

だが、真相はもっと残酷だった。

 

彼女が殺したのは、彼女と同じメトロチルドレンの子供たちであった。

 

僕たちの行方を探るために国立競技場駅のホームを捜索していた警察は、

そこで三名の少年少女の遺体を発見した。 

 

しかし、なぜ彼女は家族同然のように育った三名の少年少女を殺害したのか。


その真相は、国立競技場駅にいたメトロチルドレン達への事情聴取により判明した。




〝一七歳になった年の八月三一日に死ぬ〟

 



それが、彼らが自らに課した寿命であった。

 

自分のことを見捨てた大人のようには決してならない。

 

そのためには、大人になる前に命を絶つしかない。

 

それは、親や国から見捨てられた彼らができる最初で最後の抵抗であり、

彼らの唯一の誇りであった。

 

彼女が幼いころからずっと身を隠していた国立競技場駅には、

四名の十七歳になった少年少女がいた。

 

遺体で発見された三名と、彼女自身だ。

 

彼女は寿命を全うした同じ年の彼らの命をその手で終わらせると、

自らの命も断とうとした。


だが、死ぬことが怖くなった彼女は訳も分からず国立競技場駅を飛び出すと、

遠くへ逃げるために新宿駅へと向かった。


 


そして彼女は、僕と出会った。


 


署を出ると、外は薄っすらと明るくなっていた。


「・・・青春、終わっちゃった」

 

気が付けば、一生に一度しかない僕の青春は終わっていた。


 


湘南の海から少し離れた沖合で彼女の遺体が発見されたことを、

僕はその日の夕方のニュースで知った。

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