【第二章】決められた未来

夏休みのほとんどの時間を、僕はこの部屋で一人きりで過ごした。

 

一度だけクラスメイトから海へ行かないかという誘いの連絡があったが、

体調が悪いと嘘をついてその誘いを断った。

 

きっとクラスメイト達も、僕が誘いを断って安心したことだろう。

 

僕に連絡をくれたクラスメイトは、

どうか誘いを断ってくれと祈りながら僕に連絡をしたに違いない。

 

もし僕が誘いに乗って海へ行ったりでもしたら、

クラスメイト達は僕に気を使うことで精一杯になり、

海どころではなくなってしまうはずだ。

 

だが、それは学校の連中に限った話ではない。


僕の両親ですら、実の息子である僕に気を使っているのは

誰の目から見ても明らかであった。

 

僕が皆から気を使われている原因は明白だ。

 

すべては、僕の将来の職業が原因である。

 



僕たちは三歳の誕生日に〝適道診断〟を受けるという義務があった。

 

その人が将来どのような道を歩むことになるのか、

それが分かるのが適道診断である。

 

将来就くべき職業や役職だけでなく、

犯罪者といった危険人物になり得るかどうかという事すらも

この適道診断で判明する。


僕たちは将来の夢を、

三歳の誕生日に適道診断によって国から強制的に選定される。

 

俳優や芸人やミュージシャンになるのも、

医者や技術者やサラリーマンになる事すら、

僕たちは自由に選ぶことが出来ないのだ。

 

僕は三歳の誕生日を迎えると同時に、

国によって選定されたその職業のせいで独りぼっちになった。


 


そうは言っても、せっかくの夏休みだ。


たった一度しかない青春最後の日くらい、自分の好きなことをやろう。

 

僕はずっと気になっていた映画を観るために、

電車に乗って新宿まで向かった。

 

新宿駅のホームに着いた僕は、改札へ向かうために階段を上った。


すると、改札の少し手前あたりで人集りが出来ているのに気付いた。

 

改札へ向かうために人集りの横を通り過ぎようとしたが、

その中心に一人ポツンと立っていた彼女を見たその瞬間、

僕はその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

どこかの高校の制服だろうか。


真っ白な半袖のブラウスに、えんじ色の紐リボン。


紺色のスカートは、ちょうど膝が隠れるくらいの長さだ。

 

そんなどこか古めかしい制服の純朴さをより儚げに尊く感じさせる、

真っ白な肌と端正な顔立ち。

 



彼女は恐ろしいほどに美しかった。

 



だが、彼女の周りに人集りが出来ていたのは、その美しさのせいでは無い。

 

人集りの中から「キャー」という悲鳴が聞こえると、

人々は彼女から距離を取るように散り散りになった。


彼女の真っ白な肌やブラウスは、

頬や腕や制服に付着している血の赤さをより際立たせていた。


人々が逃げるように彼女から距離を取ろうとするなか、

僕はその場に立ち尽くしたままじっと彼女を見つめた。

 

そんな僕に気付いたのか、彼女はゆっくりとこちらに近づいてきた。


「君、早く逃げなさい!」

 

群衆の中からそう叫ぶ声が聞こえたが、

僕はその場から動こうとはしなかった。

 

僕の目の前まで来た彼女は、僕の目を真っ直ぐ見つめながら、


「助けて」


たった一言、そう口にした。


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