美術教師シャルルの嫉妬
@usagi802
第1話
三十年前、シャルルはミエザ高校の一年生であった。
私は今でも十月のあのできごとを忘れられずにいる。きっと、あの頃の私はどうかしていたのだ。
十月のある祝日、かねてよりシャルルとフィリップと仲間二人のルームメイト四人は、娑婆へ出る(街へ出かける)計画を立てていた。たかが街へ出ることが何だ、と思うかもしれない。だが何せ、商店街まで汽車で一時間ちかくはかかる。山中の田舎の学校で、勉強漬けの日々を過ごすシャルルたちにとって、外出は少々特別なことだった。
シャルルはこの日を待ち焦がれていた。出かけること自体を楽しみにしていたのもある。が、何よりも、今回はあのフィリップが一緒なのだ。シャルルはそれがもう嬉しくて嬉しくて仕方がない。
入学して半年もの間、シャルルはあの手この手で彼との接触を図ってきたが、複数人といえども、こうして一緒に外出するのは初めてで、夢のようだった。
当日、朝食を済ませた四人は学校の最寄り駅を午前九時出発の汽車に乗った。運良く四人は、空のボックス席を発見した。シャルルは窓側に座ったフィリップの隣を素早く確保した。弾む息を押さえるシャルルの頬は、喜びで自然と緩んだ。
フィリップは窓辺に肘をついて、窓外の流れる風景を穏やかに眺めている。流れゆく風景は、木々と畑が繰り返されるばかり。いつまでたっても街に近づく気配が感じられない。
シャルルにとっては、そんなのどかな田舎の風景などどうでもよかった。シャルルは通路側の座席から窓の外を気にするふりをして、ちゃっかり横目でフィリップの白い横顔を盗み見る。白人の血が通う彼の横顔は完璧というほかない。日光に照らされた金髪混じりの茶色く柔らかな髪が、美しく透き通っている。窓外の風景以上に変化がないのに、いつまでも飽きずに見ていられた。
シャルルは窓外を覗き見る体を装い、フィリップにもたれかかった。限界まで体を寄せ、右腕と太ももをフィリップに密着させる。制服のズボンを介してフィリップの体温と太ももの柔らかな感触を感じ、そこだけ熱い。ふと、フィリップがちらりとこちらを見た。美貌ゆえに、真顔は一層怖かった。シャルルは一瞬、怯えて凍り付いた。だがフィリップは何も言わず、再び視線を窓外に戻した。決して怒っているわけではないのだ。それに拒絶する素振りもない。シャルルはそれならばと調子に乗って、大胆にも、今度は甘えるように肩に頭を乗せる。ブレザーを着ていても肩の逞しさが伝わってくる。昂ったシャルルは手を握りかけた。
「シャルル、さっきから何やってんだ?」
向かい側に座っていた二人が笑い始めた。
そうだった。現実に引き戻されたシャルルは向かいに座る二人の存在を思い出し、己の大胆さを恥じた。さすがにやりすぎたか。シャルルは照れ笑いしながらも、寂しい思いで頭を真っすぐに戻し、手を引っ込めた。フィリップは窓外を眺めたまま、ふっと笑っただけだった。
駅に到着し汽車を下りると、フィリップが肘を曲げ、サッと銀の腕時計を確認した。するとすかさず、シャルルも真似して腕時計を確認する。二人の左手首には、全く同じものが巻かれている。シャルルは私物をフィリップとすべて同じもので揃えていた。
男物にしては小ぶりでシンプルだが、高校生のシャルルでも一目見てわかるセンスの良い高級品だ。シャルルは両親に贅沢だと怒られながらも、何度もしつこく頼み込んで、ようやく買ってもらえたのだった。三十年近く経った今でも身に着けている。
昼食後フィリップは別行動すると言い出した。シャルルはがっかりして理由を聞いたが「ちょっと用事があるんだ」と言い、教えてくれない。シャルルはどうしても気になり、フィリップを尾行することに決めた。適当に誤魔化して仲間二人と別れ、シャルルはこっそり、大勢の人々が行き交う屋根付き商店街を歩く、フィリップのあとを付けた。
この行為が、今でも忘れられない取り返しのつかないことへ発展するとは。私の未熟さが招いたことではあったのだが。
商店街をしばらく進むと、ドーム型に水の噴き出る噴水のところで、フィリップは足を止めた。シャルルは慌ててレストランの看板の陰に隠れた。腰の高さほどの低い黒板に「本日のおすすめ」とある。看板の陰でしゃがみ込む姿は不審そのものだが、どう思われたって構わない。
どうやらフィリップは誰かと待ち合わせしているようだ。見届けなくては。
五分ほどして、奴が現れ、シャルルはぎくりとした。フィリップにはガールフレンドがいたのだ。容姿も内面も完璧な彼に女がいないわけが無いのだが、シャルルは衝撃のあまり、そのままへたり込みそうになった。それでもなんとか気を奮い立たせ、目を凝らす。
その女は赤毛のロングヘアーで、全体がうねってパサつき輝きがない。白い肌にそばかす。重たげな瞼。丸い輪郭。どんなに探しても秀でたところが一つもない、見れば見るほど醜い顔だ。
ベージュのブレザーに茶色いチェックのプリーツスカート。確かA高校の制服だ。背が低くてがっちりした体躯。女性特有のしなやかさがまるでない。
ちっとも美しくない。
フィリップが汚れるじゃないか。
先程まで感じていた悲しみは、女に対する激しい怒りと嫌悪に変わった。
二人は互いの姿を見つけるなり駆け寄って抱き合うと、人目もはばからずキスをした。長身のフィリップが小柄な彼女に合わせて膝を曲げているのが、何とも言えない。
シャルルは愕然としながらそれを眺める。息が詰まって、呼吸が乱れた。今すぐ間に入ってあの女を突き飛ばしたい。シャルルはこぶしを握り締めた。
女は当然のようにフィリップの腕に自分の腕を絡ませた。シャルルは嫉妬に燃えながら二人の後を追う。休日の商店街は人で溢れかえっている。絶対に見失わないように、シャルルは必死の形相で追跡した。フィリップを見た通行人が彼を振り返ったり、感心した顔で囁き合ったりしている。「モデル?」「見たあの人?綺麗な顔!」賞賛の声が聞こえてきて、シャルルは誇らしかった。
二人は宝石店に入って行った。高校生の出入りする店ではない。
あんな女、どんなに高価で綺麗な宝石をつけたってブスはブスだ。金の無駄だ。心の中で悪態を吐きながら、シャルルは店の外で腕時計を睨み、ひたすら二人が出てくるのを待った。
二人が店から出て来ると、嬉しそうに女が小さな紙袋を提げているのが見えた。シャルルは入れ替わるように店に入り、レジに立つ店員に声をかけた。
「すみません、さっきここで高校生二人が来て買い物をしていったと思いますけど、何買っていきましたか」
店員の若い女は夢でも見ているような、心ここにあらず、と言った表情だ。
「ええ、こちらに展示していた十八金のダイヤのネックレスを購入されました……」
「いくらするんですか」
「二万円です」
(二万円!)
高校生のシャルルにとって二万円は高額だ。当時の二万円だから、なおさらだ。だが、裕福なフィリップならなんの躊躇いもなく買うだろう。
「あの、先ほどの男性とお知り合いですか?」
顔を赤らめる店員を無視してシャルルは急いで店を出た。
まさかあの女、金目当てでフィリップを籠絡し、付き合っているんじゃないか。フィリップが優しいから図に乗ってるんだ。あのブス女、俺が懲らしめてやる。シャルルは事実無根の妄想を膨らませ、勝手に怒りを燃やした。
シャルルは再び、人々の間隙を縫って二人を追いかける。すると二人が角を曲がるのが見え、シャルルは慌てて走った。
ところが二人は、曲がってすぐの喫茶店に入って行き、とうとう追うことができなくなった。
万事休すだ。シャルルはガラスドアの前で呆然と立ち尽くした。諦めて店に背を向け、一歩踏み出す。
いや、待て。
シャルルはすぐに足を止めた。俺らは友達なんだから、ガールフレンドのことを知る権利くらいあるんじゃないか。だって、寝食を共にしている仲なのに、水臭くないか。あの女に騙されているかもしれないフィリップを案じてやったことだし、俺と偶然喫茶店で鉢合わせしたことにして、それでフィリップが不快に思わなければ、別に問題ないだろう。
もはや、フィリップのプライベートを強引に暴く罪悪感など全く抱かなかった。
ついにシャルルは、店の重いガラス扉を押した。フィリップのすべてを知りたいという欲望が、自制心に勝った瞬間だった。幸いにも、入ってすぐのところに身長と同じくらいの高さの観葉植物が置かれている。シャルルはペティナイフのような細い葉っぱの茂みから、こっそり店の奥を覗き見た。
(いた!)
二人が店の奥のボックス席で向かい合って座っているのを発見し、緊張が走る。だが距離があり会話は全く聞こえない。口唇の動きから言葉を読み取れないか。せめて表情だけでも。
シャルルが忙しなく首を動かしていると、横から声を掛けられた。
「いらっしゃいませ。おひとりさまですか」
(しまった!)
淡いオレンジ色の半袖ワンピースに白いエプロンをつけたウェイトレスがにこやかにシャルルを見ている。どうすればいい。シャルルは下唇を噛み、俯いた。
黙って俯いていると、ウェイトレスの顔が店の奥を向く気配を感じ、シャルルは顔を上げた。店員の一声でシャルルの存在に気付いたフィリップが、笑顔で手を挙げ合図している。
見付かっちゃった。
シャルルは嬉しいような恥ずかしいような、情けないような、複雑な気持ちだ。一方、受け入れてくれたフィリップの優しさに感激した。
今、そっちに行くよ。
シャルルは少し照れながら、緊張の面持ちで店の奥へ進んだ。
「こんにちは」
女は突然の乱入者に嫌な顔一つせず、丁寧に頭を下げた。心地の良い、まさに鈴を転がすような声音だ。
シャルルは無言で軽く頭を下げ、少し迷ってからフィリップの隣に座った。フィリップの完璧な横顔を至近距離で拝しつつ、女の醜い顔を斜めの位置から観察できる。
女の名はイザベル。シャルルたちより一つ年上だそうだ。
「シャルルくん、よろしくね。敬語じゃなくていいわよ」
イザベルは気さくな雰囲気の女だった。三人の間には穏やかな空気が流れる。シャルルは緊張がほぐれ、だんだんと居心地が良くなった。厭味の一つでも言ってやろうと思っていた気持ちがたちまち萎えた。が、気持ちを奮い立たせて、欠点を探し続ける。
イザベルは「良い人」だった。一人でこの喫茶店に来た経緯に口ごもるシャルルを疑ったり深堀りしようとしたりしなかった。初対面のシャルルにも親しい友人のように接してくれて、シャルルもいつの間にか楽しく会話に加わっている。
メニューを両手で持ち、差し出す様といい、ティーカップに指先を添える手つきといい、すべてが優雅で上品だ。物腰が柔らかく、育ちの良さが滲み出ている。何か相談事でもしたくなるような懐の深さを感じて、シャルルは自分の小ささに惨めな気持ちになってきた。
不細工のくせに。シャルルはこの女に好感すら抱き始めていることが信じられない。なんと感じの良い人なのだろう。それだけにますます気に食わない。
フィリップとイザベルは付き合いはじめて約四ヶ月だそうだ。
一時間程経過した頃、フィリップは思い出したように言った。
「あ、そうだ。シャルルに一つお願いがあるんだけど」
「うん。なに?」
「この後、僕はイザベルの家に一泊して明日の午前中に寮に戻るから。それを二人にも伝えておいてくれないか。言いそびれてしまって」
シャルルは言葉を失った。頭が真っ白になった。それでもなんとか絞り出すように言う。
「……夜の点呼はどうする?」
「ああ、外泊届を出して来たから大丈夫」
シャルルはあまりのショックに、返事もせず、金も払わずに喫茶店を出た。このときのことはごっそり抜け落ち、ほとんど記憶がない。
一泊する、だなんて。シャルルは背を丸め、涙を流しながら来た道を戻った。
翌日、昼食後に部屋へ戻ると、制服姿のフィリップが部屋に戻っていた。
「ただいま」
フィリップは楽し気に微笑んだ。両頬にえくぼができてチャーミングだ。
ずいぶん遅かったな。
シャルルは反射的に笑顔を返した。だが内心は激怒し、美しくも憎らしいその笑顔を力一杯ぶん殴ってやりたかった。
あの後、たっぷり楽しんできたんだろ?
裏切られた、という被害意識に支配されていたのだ。恋人でもないのに。
二日後、その日の授業が終了し、シャルルは教室を出たところで教師に声を掛けられた。
「シャルル、お前フィリップと同じ部屋だったよな」
「ええ」
「ちょうどよかった。これ、フィリップに渡しておいてくれないか」
一通の手紙を受け取る。イザベルからだった。
シャルルは寮の近くのけやきの傍にある休憩小屋へ行き、背徳感で震える手で手紙を開いた。今となっては詳細までは思い出せないが、いわゆるラブレターだ。
シャルルはその甘美な内容を読み、激しく嫉妬した。もはや嫉妬を超え、殺意すら覚えた。
(絶対に許さない!)
シャルルは誰もいない部屋に戻ると、ものすごい勢いで手紙の返事を書き始めた。
シャルルは幼いころから天才的に絵が上手かった。模写の要領でフィリップの筆跡を見事に真似た。筆圧までも完全に真似てしまう緻密さと正確な技術は、シャルルのお家芸である。偽造などお手のものだった。
手紙を書き終えると、胸が痛くなるほど動悸がした。手紙は、卑猥で侮辱的で死にたくなるような暴言で埋め尽くされていた。もはや狂気の塊である。
シャルルはすぐにポストに手紙を投函した。自分で書いたとは思えないくらい、残酷で醜い手紙で、早く手放したかった。
あんな女、死ねばいい。
でも、本当に死んだらどうする。
投函後もしばらく動悸は治まらなかった。
一週間後、イザベルから返事が来たようで、便箋を手に、フィリップは悲し気に溜息を吐いていた。シャルルはその背に「相談に乗ろうか」とわずかに震える声で話しかけた。
「ああ……シャルル。イザベルがひどく怒っているんだ」
「手紙には、なんて書いてある?」シャルルは気が気で無い。奴は死にはしなかった。それでも額に汗が噴き出た。
「今まで私をだましていたのって。最低、偽善者、この変態って。大体そんなことだ」
シャルルは青ざめながら話を聞いた。それはフィリップではなく自分に向けられた言葉なのだ。それでもシャルルは同情する良き友人を装った。
「お前たちあの時、喫茶店ですごく仲が良さそうだったじゃないか」
フィリップは力なく首を振った。
「何も身に覚えがない。まるでイザベルは、悪意を持った誰かにそそのかされたかのようだ。僕らが別れるように、ね」
最後の「ね」と同時に、フィリップは暗い目をシャルルに向けた。
シャルルは内心凍り付く思いでフィリップの目を見返す。まさかすべて見透かされているのだろうか。急に寒気がして、ぶるっと震える。
シャルルは額に噴きだす冷や汗をハンカチで拭った。巻き毛の前髪が額に張り付く。さっきから汗が止まらない。いくら優しいフィリップでも、もし俺の仕業だと知ったら絶交されるだろう。でも、他に方法を思い付かなかったのだ。
二人は俺の手紙のせいで別れることになる。上手くいきすぎる事の成り行きに、恐怖と歓喜を同時に覚え、勝手に体が震えた。
しかしフィリップが悲しみに暮れ、静かに目を伏せるのを見た瞬間、シャルルの胸はきゅっと締め付けられた。俺のせいでこんなに悲しんでいる。俺はフィリップを不幸にしなければ幸せになれないのか。
それでもシャルルは気を持ち直し、フィリップのだらりと下がった長い腕にしがみついた。
「あのさ……俺じゃ、駄目かな」
縋るように、シャルルは必死の思いで、恥もプライドも捨てた。少し遠回りの表現だが、本気だ。シャルルは今まで、ここまで本心をむき出しにした発言をしたことがなかった。出会ってからこの半年間、我慢に我慢を重ねてきたが、もう限界だ。
お願いだ。こうするしか、俺には方法が無いんだ。でも俺は他のどんな女よりも、お前を深く想い続け、全力を尽くし、幸せにする自信がある!
だがフィリップは呆れたように冷笑した。
「僕を励ましているつもりか?今は冗談を聞けるほどの余裕は無いんだ」
フィリップは肩を落として部屋を出た。
冗談なんかじゃない!畜生!畜生!シャルルはこの気持ちをどこにぶつけたら良いかわからない。誰にも理解してもらえないこの悔しさを一体どうしたらいい。シャルルは血が滲むほど髪を掻きむしった。悲しくて、虚しくて、あまりにもつらくて胸が張り裂けそうだ。なにか、もうなんでもいいから破壊しなければ、自分が壊れてしまう!
シャルルは払い除けるように、フィリップの机の上のものをすべて床に落とした。床に教科書やプリントが無残に散らばる。それだけでは治まらず、今度はフィリップの椅子を思いっきり蹴った。一度蹴りだすと止まらない。狂ったように、一心不乱に、何度も何度も蹴りつける。痛みを知れ!この野郎!蹴るたびに耳障りな硬い音が響き、痛快だ。
あのわからず屋。人の気持ちも知らないで。てめえなんか死んじまえ!シャルルは自分の机から一番大きな彫刻刀を取り出すと、勢いよく、力任せに、フィリップの机に何度も何度も振り下ろした。
シャルルは荒い呼吸で机を見下ろした。
しまった!
我に返り、まっすぐ突き刺さった彫刻刀を慌てて引き抜いた。俺はなんてことを。シャルルは彫刻刀を床に放ると、青ざめた顔で机にへばりついた。二度と消えない、えぐるようないびつな無数の穴を労わるように撫でる。本当にすまなかった。涙がこぼれて、机に落ちた。
本当はただ、お前が好きなだけなんだ。
その後も私は何度嫉妬に燃えたことか。イザベルと破局してしばらく彼は落ち込んでいたが、二ヶ月後には冬休みに帰省した時に新しいガールフレンドができて、少しずつ親睦を深めていくのがわかった。その時も私は街まで付いて行って尾行した。さすがに手紙の偽造はもうしなかったが。
結局、彼は二十七歳のときオリュンピアという美女と結婚した。私の目から見ても彼女は美しかった。その後、息子アレクシが誕生し、二人とも彼を溺愛していたからさすがに離婚させようとまでは思わず、この一家を見守った。それに私も大人になっていた。だが本当に一家は幸せそうだった。妬ましいくらい。ま、彼らは離婚したけど。いい気味だ。
私とフィリップは別々の大学に進学した。本当は同じ大学に行きたかったが、私の学力は彼の志望校に到底及ばなかった。もしかすると、違う大学で良かったのかもしれない。私は嫉妬すると、何をしてしまうかわからないから。
私は高校卒業後もフィリップと友人であり続けた。現在も、だ。お互いに今年で四十六歳を迎える。すっかりおじさんになって、かつての美貌も衰えつつある。それでも同世代の男と比べたら月とすっぽんだ。彼は今も体型を維持して格好いい。
高校時代の三年間は私にとってつらくも楽しくもあった一生の宝物だ。なんといってもフィリップと出会えたのだから。だが決して結ばれることの無い、最愛の人との出会いは間違いなく私を狂わせた。叶わない望みを持ち続ける、この絶望が伝わるだろうか。
この学校に教員として戻って来た今、こうしてフィリップの息子アレクシと出会えるとは。人生何があるかわからないものだ。
シャルルは手に持っている木箱を閉じた。この中には睡眠薬の錠剤がぎっしり詰まっている。でもあと三年頑張ってみよう。アレクシが卒業するまでは。
美術教師シャルルの嫉妬 @usagi802
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