偶然の出会い

 話は変わります。 ここからが本題っ!

 私の愛犬の散歩コースの途中にある、堤防沿いのサクラの木と関わりが一番深かったのは、私が小学三年生の時だった。


 あ、でも。本当は、小学一年生の時からの付き合いです。

 小学生の時は、毎日のように小学校の帰り道に道草して、よくその木を見に行ったものだった。

 違う、違う。見に行くよりも、サクラの木に登りに行った、と言った方が正しいと思う。


 私はその頃、木に登って、すぐ近くに流れる川を、一人で見るのが好きだったから。堤防沿いの紅葉の木より、サクラの木は大きいし。

 川のせせらぎを聞きながら、何も考えずに、ただボーと川をながめることが、私にとっては楽しいものだった。

 何だか、心が落ち着いたんだよね……。


 それに、私は小学校の帰り道もそうだけど、休みの日にも、サクラの木の周りで友だちと遊んだ。

 みんなでだるまさんが転んだをしたり、ポコペンをしたり。それから、かごめかごめをしたし、花いちもんめもした。かくれんぼや鬼ごっこもしたなぁ。


 それに、子供会や地区行事で、サクラの木の周りを清掃したっけ。


 それから、毎春、サクラの花が満開になる頃、近所の人が家族や親戚しんせきで集まって、たった一本だけしかないサクラの木の下で、ワイワイガヤガヤと花見をするのが、毎年の光景にもなっていた。


 とにかく、そのサクラの木は、私たちの地区の『象徴』みたいなものであったし、みんなに本当に大切にされていた。



 そして、最初に不思議な出来事が起こったのは、私が小学三年生に上がった、四月六日の入学式の日。

 お母さんに髪の右と左に一つずつ結んでもらって、私はルンルン気分だった。


 式とクラス分けと、ちょっとした学級会が終わって、私は午前中で帰宅することができた。

 その日は、朝からずっと小雨が降っていて、少し肌寒かった。

 小学校が終わって、私は小さな橋まで来て、友だちと別れた。

 それで、小雨が降り続いていたから、私はサクラの木の様子が気になって、わざわざ遠回りまでして、サクラの木を見に行った。


 小学校規定の黄色いランドセルを肩に掛け、黄色いかさを持って、赤い長靴をいて、私はアスファルトの道を下って、川辺に出た。

 水びたしのサイクリングロードを歩いて、私は大きなサクラの木のところに真っすぐ行った。


「あっ! ああああぁ〜……」


 サクラの木を見て、私はすごく驚いて、思わず叫んだ。

 なんと、晴れていた昨日までは全ての花がしっかりと咲いていたのに、たった今、小雨のせいか、三分の一の花が散ってしまっていた。


 私はこの頃からずっと、花の中でサクラの花が一番好きだった。

 小さいけど、可憐かれんで上品で美しい、そして日本らしくおもむきのある花は、どの花にも負けない、と思っていた。


 ……なのに。それなのに、こんなふうに散ってしまって、とってもとっても悲しかった。

 私は下を向いて、深く溜息ためいきをついた。



 と、その時。私の足元で走り去った。そのの姿は、今でも鮮明に覚えている。

 それは小動物。ウサギだった。


 しかし、普通のウサギではなかった。毛の色が、白でも灰色でも黒でも茶でもなかった。

 それが走るのが速くて、詳しい容貌ようぼうはよく分からなかったが、毛の色だけはハッキリと分かった。

 薄い桃色の毛、つまりサクラの花の色の毛だった。


 不思議な出来事はそれだけではなかった。そのサクラ色のウサギが走り去った後、いきなり小雨が止んだのだ。

 上を見ると、一面灰色の雲におおわれていた空が、雲一つない青空に変わっていた。




 家に帰ると、居間でお父さんが日本酒を飲みながら、一人テレビを見ていた。お父さんの職業は大工だけど、今日は仕事が休みだった。

 しかし、お母さんの姿が見当たらなかった。


「ただいま~。……あれっ? お母さんは?」


「おお、買い物や」


「ふ~ん」


 私は、卓袱台ちゃぶだいの前に座った。


 それにしても、さっき川辺のサクラの木の前を走り去った、あの奇妙なサクラ色のウサギは、一体何だったのだろう。

 私は、お父さんに聞いてみた。


「お父さんっ。薄い桃色の、というよりサクラの花の色のウサギって、居るの?」


「はあっ?」


 お父さんは眉間みけんしわを寄せて、こちらを見た。


「私ね。学校の帰り道に川辺のサクラの木のとこに寄ったら、サクラ色のウサギさんを見たのっ! そのウサギさんは、私の足元をものすごい勢いで走って、すぐに消えちゃったんだけどね」


 何だか疑い深そうに、お父さんは私の顔をのぞき込んだ。


「んなウサギ、居る訳無いっ! 山から来た奴でも見たことねーよっ」


「本当だってば! 信じてよっ!」


 私は、何度も何度も反論した。


「んなの、おめぇの幻覚、幻覚っ。

 ……ツル、どっかで頭打って、変になったのか? それか、間違えて、俺の酒でも飲んじまったのか?」


「そんな訳ないでしょー」


 結局、お父さんは私の話を信じてくれなかった。

 だから、私の心はモヤモヤしっぱなしだった。



 ったく、もうっ! 私がサクラ色のウサギを見たのは、本当の本当に事実なんだからねっ!

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