第18話「幼馴染系『お姉ちゃん』との日常」
初めてヴェリーナと出会ってから一週間後、彼女は早速アスモダイ城に遊びに来てくれた。
俺はこの世界で初めて出来た友達を招待するという事で結構気合を入れて準備をした。
まず街で買った、ヴェリーナお気に入りの盤上遊戯「シェズ」を用意。そして最近豪族の中で流行っているという高価な紅茶も用意した。お茶菓子も用意したし、メイドさんたちには客室の準備もしてもらった。
よしよし、これで一日中ヴェリーナと遊ぶことが出来るな。
今日で彼女のとの友情を含め、彼女の『お姉ちゃん』としての地位もしっかりと確立させたいところだ。
そう思っていたのだが――
「お、お久しぶりでございます、フリードリヒ殿下。本日もご壮健なようでなによりでございます」
なんか様子がおかしかった。
先週とはまるで違う。
初めて会った時の彼女は自分を「お姉ちゃん」とし、俺をぐいぐいと引っ張って遊んでくれたのだが、今の彼女はスカートの両裾を両手で上げつつ、恭しく礼をしていた。
この急激な変化はあれだな、年下の幼馴染が今まで下の名前で呼んでくれていたのに中学に進学するといきなり先輩と呼んでくる現象のような違和感を彷彿とさせるな。
…もしかして、ヴェリーナの母親―ヴァリュナに何か言われたのか。
エルガーは今の龍姫族は落ち目にあると言っていた。ヴァリュナは厳格そうだし、もしかすると自分たち龍姫族は今の魔族よりも下だからもう少し礼節を持てとかヴェリーナに言ったのかもしれない。
クリスの言葉ではないが、そんな政治的なことはヴェリーナにはまだ早いのではないだろうか。彼女はまだ十歳。日本では小四とかだしな。
「ヴェリーナお姉ちゃん、前の通りでいいですよ」
「え、あ…。い、以前はフリードリヒ殿下に失礼な振る舞いを…」
駄目だ。ヴァリュナに大分強く言われたのか、ヴェリーナに態度を変える気はないようだ。
しかしこれは俺の望むところではない。俺はヴェリーナを対等な友達だと思っているし、まだ十歳の子供が親に言われたからってここまでガチガチな態度をとるのは見るに堪えない。以前会ったヴェリーナは活発な性格だったから猶更だ。
「ヴェリーナお姉ちゃん、もしかするとヴァリュナ様に何か言われたのかもしれませんが、僕は前のヴェリーナお姉ちゃんの方がいいです。だから、いつも通りにしてくれませんか?」
「……ほ、ほんと?」
「はい、僕たち友達じゃないですか」
「………友達?あたしと、フリードリヒ…が?」
「僕はそう思っていますけどヴェリーナお姉ちゃんは違いますか…?」
ヴェリーナはポカンとした顔を一瞬見せたが、直後首を取れそうなくらい横に振った。
「ううん!そんな訳じゃない!あたしとフリードリヒは友達ね!」
ヴェリーナはそう言うと俺の両手を掴んでぶんぶんと振って満面の笑みを見せる。
「ふふふ!嬉しいわ!あたし、友達出来たの初めてよ!」
「本当ですか?」
「ええ、お屋敷からあまり出ちゃダメって言われていたの!」
彼女はとても楽しそうだ。今にもスキップを始めそうな勢いだった。
しかし、彼女も俺と同じく今まで友達がいなかったらしい。
ちなみに俺に友達がいなかった理由は、勉強に武術に魔術に忙しかったからだ。決して俺に友達作成スキルが足りなかった訳では無い。前世にもいたし。本当だし。
「実は僕もヴェリーナお姉ちゃんが初めての友達なんです」
「本当…!?それなら初めての友達同士、これからもずっと仲良くしましょうね!約束よ!」
「はい!」
未来永劫仲良し宣言を頂きました。
いやぁこの世界に来て七年で『お姉ちゃん』が二人も出来てしまった。
これからも彼女たちに感謝の気持ちを抱きつつたっぷり甘えるとしよう。
「それじゃ、ヴェリーナお姉ちゃん。早速ですがシェズで遊びませんか?数日前に買ったんですよ」
「本当!?やりましょう!ふふ!シェズを気に入ってくれた人も貴方が初めてよ!」
ヴェリーナは鼻歌を歌いながら机の上にあるシェズの駒を並び始める。
うんうん、やっぱりヴェリーナは元気な方が魅力的だな。
―――
「大丈夫?クリスお姉ちゃん」
「ええ、ケホッ、大丈夫よ。少し風邪を引いただけ」
初めて俺が龍姫族の都に行った際クリスは体調を崩して留守にしていたが、それから三ヶ月が経っても彼女は体調を崩しがちだった。
今日も熱が出てしまい、彼女の部屋で休養を取っていた。
俺はクリスが体調を崩す度に彼女を見舞っていた。
それはそうだろう。クリスはこの世界に来て初めて出来た俺の『お姉ちゃん』であり、それに俺の事をあんなに強く想ってくれているのだ。
もし彼女に万が一のことがあれば俺は立ち直ることが出来ない気がする。
そういう訳で今日も俺が彼女を見舞っていると、扉がコンコンとノックされた。
扉の傍で控えていたリーセが扉を開けると、そこには籠を持ち、少し緊張した面持ちをしたヴェリーナの姿があった。
「こ、こんにちは」
「あれ、今日は来る予定ありませんでしたよね?」
「ええ。でもフリードリヒのお姉様が体調を崩されたって聞いてお見舞いに来たの」
ヴェリーナはそう言いながらリーセに持っていた籠を渡した。見るとそこにはたくさんの果物が入っていた。
そういえばクリスとヴェリーナは今日が初対面か。ヴェリーナはもう数回ウチに遊び日に来てくれているのだが、毎回タイミングが合わなくてクリスに紹介できなかったのだ。
「ありがとうございます、ヴェリーナお姉ちゃん。ほら、クリスお姉ちゃん。俺が最近よくしてもらっているヴェリーナお姉ちゃんです」
「そう、貴方が…」
クリスが上体を起こし正面からヴェリーナを見据えると、ヴェリーナは背筋をピンと伸ばした。
「は、はは、初めまして!ヴェリーナ・フォン・ブレスロードと言います!フリードリヒとは、いや、えっと弟君には大変お世話に……!」
ヴェリーナは早口でまくしたて凄い勢いで礼をした。なるほど、どうやらクリス相手に緊張していたらしい。
それを見たクリスは珍しく一瞬呆けた顔を見せたが、またすぐにいつも通りの余裕綽々の笑みを浮かべた。
「私のフリッツを取ったのはどんな人間なんだろうかと思ってたけれど…ふふ。初めまして、私はクリスティーナ・リグル・アスモダイ。これからもよろしくね」
その言葉を聞いたヴェリーナは顔を上げると少しほっとしたような表情を見せた。
ふぃー思わぬ形だったがヴェリーナの紹介が無事に済んでよかったぜ。先日クリスにヴェリーナの話をしたら姉ポジションを取られるとでも思ったのか少し険しい顔をしていたからな。
「ただ、私はフリッツの姉。貴女は友達ですからね。そこの所は弁えるように」
前言撤回。やはり気にしていたか。
「フリッツ。折角だから彼女と遊んでいらっしゃいな」
「え、でも…」
「私はもう大丈夫よ。それより貴方には友達を大事にして欲しいの。ほら、いってらっしゃい」
「クリスお姉ちゃんがそう言うなら…。ヴェリーナお姉ちゃん、行きましょう」
「え?ええ…その、お大事に」
ヴェリーナの言葉に笑顔を見せるクリスに見送られて、俺たちは部屋を出た。
そしてしばらく廊下を歩き、俺たちの声がクリスに聞こえなくなるだろうタイミングでヴェリーナが思いっきり息を吐いた。
「はぁーっ」
「ど、どうしたんですか?」
「すっごい緊張したのよ。現魔王の娘クリスティーナと言えば誰よりも天才で、他人全てを見下す冷酷人物って噂があったのよ…」
どんな噂だよ…。クリスはすごく優しくて結構お茶目で意外と表情豊かな愉快な人物だぞ。
そう思ったが、彼女は以前、天才過ぎるが故に生きるのがつまらなかったと言っていたな。実は過去はヴェリーナの言う噂通りの人物だったのかも。
「でも意外と優しそうな人で安心したわ」
「ええ。クリスお姉ちゃんはとても優しくて一緒にいて楽しいですよ。今度またお話しできるといいですね」
「………」
俺がそう言うと、ヴェリーナは黙りこくってしまった。
「どうしたんです?」
「……あたし、以前あたしが年上だからあたしはフリードリヒのお姉ちゃんって言ったでしょ?」
「はい、言いましたね」
それがあるから俺はこうして何の気兼ねも無くヴェリーナのことを「ヴェリーナお姉ちゃん」と言えている訳だからな。
「…あたしってフリードリヒのお姉ちゃんっぽいかしら」
「どういうことですか?」
「クリスティーナさんはさっきフリードリヒをしっかり気遣っていたわ。お姉ちゃんとして。でもあたしはフリードリヒとただ遊ぶだけでお姉ちゃんらしいことってなにもやっていないじゃないかって…」
そんなことはない。俺は彼女を『お姉ちゃん』と呼べる事それ自体に幸せを感じているからな。
しかしそれは彼女の求める答えでは無いだろう。
「そんなことないですよ」
「ほんとうに?」
「はい。僕はヴェリーナお姉ちゃんに弟のような気持ちで甘えています。ヴェリーナお姉ちゃんと遊ぶことで僕は独りなんじゃないって思えますし」
「…それ、お姉ちゃんあまり関係なくないかしら?」
「そうですか?僕はヴェリーナお姉ちゃんと遊ぶことで寂しくないです。それってヴェリーナお姉ちゃんに甘えているってことになりませんか?」
「……フリードリヒは賢いのね」
頭を撫でられてしまった。
ふむ。どうやらクリスの「私がお姉ちゃん」宣言でヴェリーナは『お姉ちゃん』としての自信を失っているらしい。正直喪失して欲しくない自信だな。
どうしたものか…と考えていたが、ヴェリーナはいつのまにかよく見る明るい笑顔になっていた。
「それより今日は貴方のお菓子も持ってきたわよ!今日はこれをやりながらシェズをやりましょう!」
「お、いいですね!今日こそ勝ちますよ!」
「ふふ、返り討ちにしてあげる!」
…考えすぎか。
ヴェリーナは明るい性格だし、きっとさっきのこともすぐ忘れるだろう。
俺はまだ一勝も出来ていない彼女との対戦に向けて思考をシフトしたのだった。
……流石に精神年齢で何十も下の子供にゲームで負けるのは悔しくなってきたからな。
―――
ヴェリーナと初めて会ってから半年が経った。
彼女は月に4,5回のペースで遊びに来てくれた。俺もエルガーの許しを得て、月に一回ほど龍姫族の都、グルンダへ遊びに行った。初めてグルンダへ一人で言った時、ものすごいもてなしをされた。魔族の宴と同じくらいの規模の料理が出てきた時はビックリしたがヴァリュナからは気にするなと言われたのでそれからはグルンダへ行くのが楽しみになっていた。しかし、ヴェリーナがグルンダよりもウチで遊んでいる方が楽しそうだったのであまり俺がグルンダへ行くことはなかった。
そんなある日。
「俺、最近ヴェリーナとの遊びばっかりで、サリヤたちと一緒に任務に行けてない気がするんだよね」
俺は兵舎の休憩室でサリヤと向かい合って座っていた。
今日はヴェリーナが遊びに来る日ではなく、サリヤとの鍛錬の日だった。
ヴェリーナと遊ぶようになってから、俺の日常はまた充実したものに変わっていった。クリスは最近またエルガーに政務の補助をするように言われて、一緒に過ごせる日が減っていたのだ。そこにヴェリーナが遊びに来てくれるようになって、俺の寂しさを埋めてくれている。
しかし、最近はヴェリーナとの遊びばっかりになっていて、それ以外が疎かになっているように感じていた。
魔術もまだ低級で足踏みしているし、最近は今言った通り任務にも同行していない。
それを気にした俺は、サリヤに相談したのだが―
「それならば、ヴェリーナ様と鍛錬してはどうでしょう」
「え?」
サリヤの答えは意外なものだった。
ヴェリーナと鍛錬?彼女は龍姫族の長の娘。つまりお姫様だぞ?
「龍姫族は戦闘民族です。族全ての人間が戦闘要員という考えがあり、女王は戦いの前線に好んで行くと言われています。ヴァリュナ様はご高齢なので流石に行かれないと思いますが…ヴェリーナ様は王女ですので戦闘の訓練を活発に行っているのではないでしょうか」
そういえば、最初に彼女を見た時、彼女の手は少し荒れていて手を握られた時も少しゴツゴツしていた記憶があるな。もしかするとあれはそういう鍛錬の賜物なのかもしれない。
―――
その日から二日後。
俺はまた遊びに来てくれたヴェリーナを訓練に誘ってみた。
「いいわよ!」
ヴェリーナは快諾した。曰く、体を動かすのは大好きで訓練も日頃から行っているのだとか。
彼女は兵舎から訓練用の戦斧を持ち出した。
「普段から斧を?」
「ええ、龍姫族の人間は大体これを得物にしてるわね」
ヴェリーナは十歳の小さい身体なのに、木製とはいえ決して軽くない戦斧をひょいと持ち上げた。
さ、流石全ての種族で一番の怪力である龍人族の亜種だぜ…。
俺はいつも通り訓練用の鉾槍を持つと、サリヤ立ち合いのもと訓練を始めた。始めたのだが――
「踏み込みが甘い!」
「もっと武器は強く振りなさい!」
「疲れたからって武器を下げちゃダメ!死んじゃうわよ!」
意外にもヴェリーナお姉ちゃんはスパルタでした…。
俺はたまらず寝そべってしまう。
「ちょ、ちょっと休憩…!」
「あ、ご、ごめんなさい。厳しかったかしら…?」
ヴェリーナは寝そべる俺を心配の顔で見下ろした。
「ごめんね、フリードリヒはまだ七才だものね。ちょっと厳しくし過ぎたわ」
ちょっとどころではなかった。
「もう大丈夫です。それよりヴェリーナお姉ちゃんは強いですね」
「一応小さい頃からお母様に言われて訓練していたから」
一応俺も三歳頃からサリヤに鉾槍は教わっていたのだが。この差は一体…慢心、環境の違い…?
「ちなみに何歳頃からですか?」
「え?うーん…。正直記憶にないわね。物心ついた時から斧を握っていたわ。その時から魔物退治にも駆り出されてたわね」
A.環境の違い
彼女のスパルタはもしかするとヴァリュナの影響かもな。
あ、そうだ。
「そういえば、僕冷たい息が吐けるようになったんですよ」
試しに吐いてみる。すると床の一部が凍った。少し弱めに吐いたので数分もすれば溶けるだろう。
「フリードリヒのおばあ様は龍姫族出身だったんですっけ?」
「ええ、会ったことは無いですが」
一応ヴェリーナの母であるヴァリュナの妹なのだが。それは知らないのか…?
ってか、ヴェリーナとエルガーは従兄妹ってことになるのか!?まずい…これでは親戚の『お姉ちゃん
』枠であるヴェリーナをエルガーに取られてしまう…。俺の、負け…!?
冷静に考えるとエルガーはヴェリーナの年上だったのでそんなことにはならないな。エルガー、お前の負けだ。
「それはともかく、ヴェリーナお姉ちゃんは龍人族の息、使えるんですか?もし使えるなら戦闘で有効な使い方を知りたいのですが」
ヴェリーナは俺よりも長い事訓練をして、実戦も経験しているらしい。
だとすれば何か有用なアドバイスを聞けるだろう。
「私が吐ける息は炎の息なのよね」
そう言って彼女は徐に炎の息を吐いた。なんだか火吹き芸みたいだな。
「炎の息は適当に密集してる敵に向かって吹くわね。森とかだと使えないけれど」
確かに、山火事になりそうだな。
訓練してみてわかったが、彼女は昔から訓練しているという事もあって俺の駄目な所をすぐに気づき指摘してくれる。厳しいが。
ヴェリーナと一緒に任務に同行すれば更に俺のスキルアップを狙えるのかもしれない。
しかし、ヴェリーナはお姫様だおいそれと魔族側の任務に一緒に来いとは言えない。
そう思っていたのだが。
「ねぇフリードリヒ。今度一緒に魔物退治行きましょうよ」
彼女の方から誘ってくれた。
「え、いいんですか?」
「ええ。貴方と訓練してまだまだ貴方に足りない部分があると思ったから、実戦も見て色々教えてあげたいと思ったんだけど…どうかしら?」
「行きます!」
「それはよかったわ。お姉ちゃんとして、貴方にいっぱい教えてあげる!」
彼女は満面の笑みでそう言った。
Oh…これが幼馴染系『お姉ちゃん』の破壊力か…。
俺はヴェリーナとのピクニック…ではない任務に胸を躍らせ、その日はまた訓練をして彼女は帰って行った。
その翌日、クリスが倒れた。
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