第13話「姉弟の関係性と初任務」
いよいよやってきた初任務の日。
朝食を摂ると、俺はアスモダイ城の正門の方へと向かった。そこにはサリヤ含め、親衛隊の隊員が十人程いた。
「こんにちは、サリヤ。隊員の皆様も、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。今回は私の我儘に付き合って頂きありがとうございます」
「いえいえ、サリヤが僕のことを思ってのことだと分かってるし、僕としても今の自分の実力を確かめてみたいと考えていたところなので」
サリヤと隊員たちは俺の発言に少し面食らったような表情をした。
「どうかしましたか…?」
「…前々から思っていましたが、殿下は何というか…大人びていますよね。まだ六歳になったばかりとは思えないほどに」
確かに、俺は六歳。前世で言ったら小学一年生だ。前世の弟妹を思い出す。…こんな礼儀正しくはなかったな。
だとすればもう少し子供っぽく話した方がいいだろうか。某少年探偵みたいに。
しかしなぁ…俺は身体こそ六歳だが、中身は三十を越えてしまっているおっさんである。高校生が小学生に扮するのとは訳が違うのである。
「でも…そんな貴方だからこそ私は貴方を尊敬し、武術を師事したのです。殿下、これからもよろしくおねがいしますね」
その瞬間、サリヤが天使に見えた。
確かに、身体に見合った言動を無理にとる必要は無いな。これからは意識して子供っぽく振る舞うことはあまりしないでいいか。
「それで殿下、今回の武器がこちらになります」
サリヤがそういうと彼女の部下がシンプルだがしっかりとしたつくりの鉾槍を持ってきた。
「ありがとう」
俺はそれを受け取る。それはサリヤの身長と大体同じで180cm弱はある。そんな大きな、しかも金属で出来た武器を六歳の子供が何故持てるのかというとそれは俺の人種、魔族が理由だ。
魔族は七つある人種の中でも怪力の持ち主で、子供でも人族の成人男性くらいの腕力を持つ。
それに最近はサリヤのお許しもあって、木製ではなく今持っているような金属の鉾槍で訓練をしていた。
そのためこんな小さい身体でも金属の武器を持てるって訳だ。
「殿下、今回殿下に同行する隊員の紹介をさせてください」
「お願い」
「向かって左から、ダリウス、クルト、スーザン……」
今回同行する隊員はサリヤ含めて十二人。
男性もいれば女性もいるし、持っている武器も様々だ。ぱっと見は剣を持っている者が多いか。その他には槍、斧、弓、杖を持っている者もいる。
「そして最後のか……隊員が、えーと……クルシュ、です」
珍しく歯切れの悪いサリヤが紹介した人物は、他の隊員と比べ、明確に異質な存在だった。なにしろ全身を鎧で包まれており、顔ですら見えなかった。身長は170cm弱といったところで男性か女性かもわからない。唯一わかるのは、腰にぶら下げているのが剣であるから剣士であることくらいだ。
しかし何故サリヤは彼―もしくは彼女―を紹介する時あそこまでギクシャクしていたのだろう。よく見ると隊員の間にも微妙な空気が流れている。
「よろしくお願いします、クルシュさん…?」
「……」
取り敢えず挨拶はしてみたが、彼は一つ頷くだけだった。
もしかしたら極度の人見知りで顔を晒すのすら恥ずかしいのかもしれない。
「それでは出発しましょうか」
隊員全てを紹介し終えたサリヤの言葉で隊員たちは馬に乗る。
あれ…馬……?
冷静に考えれば王直轄の軍隊が村へ徒歩で移動なんてするわけないよな…。何故考え付かなかったのだろうか…。
「ごめん…サリヤ」
「はい?なにか忘れ物ですか?」
「俺、馬乗れないや」
「………すみません。私の配慮不足でした。…私の前、乗ります?」
子供っぽく振る舞わなくていいと思った矢先これだよ。
―――
出発してから一時間ほど、俺たちは森の中にできている道を駆けていた。
俺はサリヤの乗る馬に相乗りという形で座っていた。馬に二人乗りといったら手綱を握る人間が前に座りもう片方は後ろで捕まっているような、バイクスタイルと思っていたが、俺は身体が小さく手綱を握るサリヤの前にすっぽりとハマったことから彼女の前に座っている。正直恥ずかしい。
そんな俺の胸中を察したのか、サリヤが話しかけてきた。
「殿下はクリスティーナ殿下と大変仲がよろしいですね。私が城中で殿下を見かける際は常にお二方でいるように思います」
「そう……だね。仲は、いいよ…」
いつもは訓練場に籠っているサリヤがそこまで言うほど俺はクリスにべったりしてしまっているということだ。それも今回の任務で改善されればいいが…。
「…殿下、どうかされましたか?」
「ん、どうして?」
予想外のサリヤの言葉に思わず後ろを振り向く。
そこには心配そうな表情を俺に向けるサリヤがいた。
「いえ、殿下にしてはお返事の歯切れが悪いなと思いまして…。もしかして私何か失礼なことを…?」
「え、いやいやそういうことではないよ!」
「…もしかして、クリスティーナ殿下と何かありましたか?」
サリヤは心配そうな顔を更に深め顔をずいっと近づけてくる。
美貌の暴力に思わずのけぞってしまう。
「何かあった…というか…」
そう。別に俺とクリスの間に何かがあった訳では無い。これは俺の問題だ。
しかも恐らく俺が人生を既に一周しているからこその悩みだ。それをおいそれと他人に相談してもいいものだろうか。
しかしサリヤはそんな俺の考えを吹き飛ばすかのように、ふっと慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。
「殿下、私でよろしければご相談ください。実は私、妹がいまして。兄弟に関する悩みなら少しは力になれるかと」
サリヤは本当にいい人だと思う。この任務だって表向きは彼女が俺にお願いして付き添ってもらっているという形だが、その実俺を思っての行動だ。鉾槍の訓練だって嫌な顔せずに付き合ってくれるし、今も初めて馬に乗る俺に気を遣って話を振ってくれている。
だから自然と口が開いてしまったのだろう。
「最近…俺はクリスお姉ちゃんに依存し過ぎていると思うんだ」
「依存……ですか?」
「ああ。魔術を教わるでもお茶会をする時でも食事をする時でも休憩の時間でも…俺は常にクリスお姉ちゃんと一緒にいる。俺も六歳になったし、そういった依存はやめてそろそろ独り立ちしないとかな…って」
俺は自分の悩みをぶちまけた。
口に出すのは少々恥ずかしい内容だったが、少しすっきりしたかもしれない。
俺の悩みを聞いたサリヤは少し意外そうな顔をしていた。
「…私が見る限り、殿下はお姉様に依存しているようなことは無いと思いますよ」
「……そんなことは無いと思うけど。最近は基本一緒にいるし」
「弟や妹はそういうものですよ。私には二つ離れた妹がいますが、家を出るまで彼女は反抗期を除いて私にべったりでした。離れたくないとも言っていました。…最終的には家を出ましたが、世の弟妹というものは兄や姉に甘えるものだと、そう思います」
サリヤの言葉で、俺は前世の弟妹のことを思い出した。
彼らは一番上でも俺と七個は離れていて、いつも俺にべったりだった。両親を早くに亡くしたということもあったろうが、何をするでも俺と一緒じゃなきゃ嫌だと言う奴もいた。
俺が大学に進学し独り暮らしをすると言った時は、全員で泣きじゃくりながら止めてきたもんだ。中学生も混じっていたというのに。
「殿下はお姉様から独り立ちしたいと仰っていましたが…そう思うことはとても立派なことだと思います。ですが、弟や妹といった存在は兄や姉に甘え、彼らを頼ることは決して間違っていないと思います」
確かに、俺は弟や妹の学費を自分が働くことで賄った。それは彼らに恩を売りたいとかそう思ったからではない。俺が彼らの兄だから、長男だから。兄が弟や妹のために何かをしてやることは当たり前と思っていたからだった。
「それに、妹が自分から離れるというのは思いの外寂しいものでした。…そういった意味では私も妹に依存していたのかもしれませんね」
そう言ったサリヤは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「………」
俺は、少し考えすぎていたのかもしれない。
俺は無理矢理に彼女と距離を置こうと考えすぎていたのかもしれない。
確かに彼女に依存してしまうのは問題だ。このままでは彼女無しでは生きていけないのかもしれない。
だが、本来姉弟というのは近い関係性だ。そうでない者もいるかもしれないが、少なくとも前世の俺はそうだった。一緒にゲームをしたり、飯を食ったり、勉強を教えたり……。
前世で一人の弟が反抗期になり、俺とほとんど話さなくなった。俺は反抗期だからと納得はしたものだが、やはり悲しかった。
今俺がやってることはそれではないだろうか。
昨日まで一緒にお茶会したり勉強を教わった姉を急に遠ざけ、一人で任務に赴いている。
俺が彼女の同行を拒否した時、彼女はどんな顔をしていただろう。それは、あの時の俺の顔とそっくりだったのではないか。
真に彼女を、『お姉ちゃん』たるクリスの事を想うなら、俺がやるべきことはこんなことでは無かった。
一緒に任務に来てもらって、なおかつ自分でも戦いたいことを説明して一緒に任務に就くべきだった。
「…ありがとう、サリヤ。スッキリしたよ」
「そうですか。それはよかった」
「ああ。帰ったらクリスお姉ちゃんに謝ることにする。同行を断ってごめんって」
「そ、そうですか……。その方がいい、と思いますよ、ええ」
サリヤは俺から視線を外しまた挙動不審になっていたが、俺はやるべきことが決まった。
取り敢えず、城に帰ったら謝らないとな。
―――
「着きました」
それから二時間程経った。俺たちはある村に着いた。視界に入る家らしき建物は三十程。それぞれの家の傍に畑があり、農家のような恰好をした人々が作業をしていた。あの城の食卓に並ぶ料理にはこの村の農作物なんかも使われたりしているんだろうか。
俺が益体もない事を考えていると、この村で一際大きい建物から老人――おそらく村長だろう――が慌てた様子で飛び出してきた。
「こ、これは魔王親衛隊の皆様。ご足労感謝いたします」
「いえ。村を襲う魔物を追い払うのも我々の務め」
「はっ、感謝します。それで今回の魔物なのですが、いえ、今回もと言うべきか…」
「ふむ。
「黒き妖狼?」
「ええ。狼が大きくなったような図体の魔物で狂暴です。そこまで強い魔物ではありませんが訓練をしていない一般男性では勝つ術がありませんね。それに農村にある武器と言ったら桑や鎌といった農具のみ…。群れで襲われては村の被害は相当なものとなってしまいます。しかし殿下はしっかりと訓練と積まれておりますので負けることはほぼないかと。無論、我々もしっかりと護衛させて頂きますので」
なるほど。黒き妖狼という魔物は訓練さえすれば勝てる、いわばチュートリアルモンスターといったところか。
俺が一人でうんうん頷いていると、村長がなにやら腰を抜かしていた。
「で、殿下ということは貴方様はまさか…!」
「ええ、その通り。こちらはエルガー陛下の嫡子、フリードリヒ殿下であらせられる」
「は、ははーっ!」
村長はすごく深いお辞儀をしてくれた。だが俺は前世でただのサラリーマンだったわけだし、今世も魔王の息子と言うだけの子供だ。そこまでされる人間ではない。
「さ、サリヤ。早くその黒き妖狼の場所へ向かおう。村人の皆さんも困ってることだし」
「そうですね。それでは村長。我々は東の森に向かいます。恐らく今回もそこで群れていることでしょう」
「はい。どうかお願いいたします」
俺たちは再び馬に乗り、村を横切って遠方に見える森の方へと向かった。
「この一帯はクズル地方と呼ばれており、ここ不毛な土地が多いアドラ大陸の中では肥沃な土地が比較的多いんです。そのためクズル地方は我々魔族にとっては穀倉地帯。絶対に守らねばならない場所です」
サリヤは手綱を操りながら説明してくれる。
「今の村はクズーラ村。肥沃な土地を持つ村と言うことで我々親衛隊が最優先に腕の立つ隊員を派遣する村でもあります」
「だから村長と顔見知りだったのか?」
「ええ。副隊長としてこの村に来るのは大体五回目程ですね」
その他にもここクズル地方には、今の村を除き四つの村があり、それぞれクズーリ、クズール、クズーレ、クズーロ村があるらしい。
誰が村の名前を決めるのかなんて知らないが、ふざけて決めたとしか思えないネーミングセンスだった。
クズーラ村を出て三十分。サリヤは馬の脚を止めた。
「殿下、おそらくこの先に黒き妖狼の群れがいます。彼奴らは基本二十匹程の群れで行動しています」
「狼なのに群れで?」
「名前に狼という単語こそ入っていますが、狼とはあまり似ていません。気を付けてください」
「そうなのか…」
「それと、殿下はまだ馬上での戦闘の訓練を行っていませんので、接敵次第馬から降ります。把握の程を」
「わかった」
そこから再び前進して五分も経たないうちに、見たことのない動物が大勢視界に入る。
いや、動物ではなく、魔物なのだろう。
黒き妖狼だ。
確かに、狼ではないな。どの動物かと言われれば犬か狼で迷うところだ。
しかし、そいつらはまず前進が真っ黒だ。夜であればソレがいることさえわからないほど。そして目は真っ赤。血走っているとかではなく真っ赤だった。口からは大量の涎を零し、そして角が二本生えている。
なるほど、これは魔物だ。
「殿下、降りてください」
サリヤの言葉に迷わず降りる。俺は戦闘初心者。今回が初めてだ。それなら経験者の言うことをした方がいいに決まっている。それにサリヤが俺に不利になることを言わないという信頼があった。
「まずは殿下のために敵の数を減らします。皆、行きなさい」
サリヤは隊員に指示を飛ばしつつ、俺の前に武器を構え立つ。俺を護衛しようとしてくれているのだろう。
サリヤの指示を受け取った隊員たちは二、三人組を作って黒き妖狼の群れに吶喊した。
サリヤは俺のために敵の数を減らすと言った。きっと俺が戦いやすくなる場を作ろうとしているのだ。
俺は隊員たちの戦闘の様子を見る。
腕が立つ者を派遣しているという言葉に違わず、それぞれが鎧袖一触と言わんばかりに黒き妖狼を屠っている。剣で真っ黒な身体を両断する者。槍で横っ腹を貫くもの。矢で右目を穿つ者。魔法で二匹まとめて焼き焦がす者。
正直言おう。かなりグロい。
視界に入る黒き妖狼の内臓だったり血に染まった露出した骨だったり。
隊員の方はまだ負傷が少ないことが救いか。人間の内臓とかだったら吐いていたかもしれない。
視界に入る耐え難い光景と、それから発する血の匂いにえづきそうになっていると、顔を下から覗き込まれた。
サリヤではない。なぜなら目の前の隊員は全身を、顔ですら鎧で覆っていたからだ。彼の名前はたしか…
「クルシュ、さん?」
「………」
彼は一つ頷くと俺に何かを差し出した。
真っ黒なハンカチだった。
「だ、大丈夫ですよ。吐く…まではいきませんから」
「………」
俺の言葉に彼は今度は首を横に振り、ハンカチを俺の目尻に当てた。
どうやら、俺は知らず知らずのうちに涙を流していたらしい。
この小さい身体が目の前の惨状か、それとも血の臭いや肉が焦げる臭いに耐えられなかったらしい。
いいや、この涙は俺の……。
「で、殿下!?どうかしましたか!?」
俺がクルシュに涙を拭かれているのに今気が付いたサリヤは顔を真っ青にしていた。
「ご、ごめん。別になんともないんだけど…」
俺が強がりを見せていると、クルシュはサリヤの耳に口――兜に隠れて分からないが恐らく――を当てた。恐らく何かを伝えたのだろう。俺には直接声を聞かせられないのか?
「そ、そうでした…。殿下は今回が初めての戦場…。魔物の死体や血の立ち込める臭いになんて慣れていません…。失念していました…」
サリヤはしゅん…と、叱られた大型犬みたいに落ち込んでいた。
いかんいかん。フォローせねば。考えろ…こういう時、ギャルゲーの弟系主人公は『お姉ちゃん』に何と言う?
「いや、大丈夫だよ。サリヤ。俺は魔王の息子として、王子として、きっといつかはこういうことを経験しないといけなかったから」
いつの間にか、黒き妖狼の数は片手で数えられるくらいになっていた。隊員たちは黒き妖狼の攻撃をいなしながらこちらの様子を窺っている。きっと俺のための舞台の準備が出来たのだ。
俺は城を出発する時にサリヤから受け取った鉾槍の柄を力強く握りしめる。
「だから、行ってくるよサリヤ。でも俺は初めてだから、おねえ……サリヤに助けて欲しい」
俺がなるべく弟系主人公っぽい声色で言うと、サリヤは顔を一度ポカンとした後、いつもの澄まし顔に戻った。
「ええ、わかりました、殿下」
サリヤは黒き妖狼の方へと歩き出す俺の横に並ぶ。
「殿下はこれまでの訓練通り動いてください。危なくなったら援護しますが、基本は殿下と黒き妖狼一匹の一騎打ちです」
俺は鉾槍を構え、目の前の一匹の黒き妖狼と対峙する。
さぁ、初戦闘だ。
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