第一章 幼年期

第3話「転生」



 気が付くと、俺は誰かに抱かれ泣いていた。

 背中や尻に違和感を感じる。視界に入るのは赤子のような体だ。小さい手足に少し膨らんでいる腹。

 どうやら俺は、魔神が言った通り本当に転生したらしい。

 正直、あの狭間とかいう空間にいた時は魔神とか魔術とか俺は夢を見ているのではないかと疑っていたが、流石にここまで来ると確信しなければならない。俺は地球ではない別の世界で、産まれたのだと。

 

 俺は俺を抱いている人を見上げる。魔神のような角が頭から生えているが、活発そうな顔をしている美人の女性だった。もしかして、この人が俺の母親かとも思ったが周りを見る限り、彼女は俺を立って抱いている。流石に出産直後に立てる女性は中々いないだろう。てか、この女性なんとメイド服を着ていた。まじか。この世界にいるのか、メイド。

 

 辺りを見渡すと、俺がいる部屋には彼女以外にもメイドが五人ほどいた。彼女らはこの部屋で唯一メイド服を着ていない人の傍でなにやら作業をしていた。

 天蓋付きのベッド。そこには妊婦さんが着るようなゆったりとしたワンピースのような服を着て、額からは汗を流し、しかし嬉しそうな顔をしている女性が横になっていた。どうやら彼女が俺の母親らしい。 しかし、俺は彼女の顔を見るとギョッとした。

 絶世の不細工という訳ではない。むしろ美人だ、超美人だ。この部屋にいるメイドさんは全員顔立ちが良いが、彼女はその中でもひと際輝いていた。

 では何に驚いていたかというと彼女の顔だ。具体的には、耳。横にすげえ長いのだ。スマホくらいある。それに美しい金髪と相まって、まるでファンタジー作品に登場するエルフのようだ。いや、肌が褐色なのでダークエルフと言ってもいい。この世界に人間がいるかはわからないが、少なくとも彼女は人間ではないだろう。

 

 よく見ると彼女の周りにいるメイドさん全員が、人間とは思えない見た目をしている。いや、全員美人なのは美人なんだが、翼があったり、尻尾生えてたり、どう考えても人間じゃない。

 母親らしき人を初めに見た時は酷く驚いたもんだが、これは異世界転生。前世の常識は通用しないということがこの一瞬でわかってしまった。

 

 そう考えると頭が冷静になって、この部屋にあるものが鮮明に映った。

 まずは、蝋燭。この世界に照明が無いのかはたまたこの部屋に無いだけなのかは分からないが、この部屋の光源は間違いなくこの蝋燭だ。窓の外を見ると今は夜なのだろう、日の灯りは無く、この部屋では四隅と天井にある蝋燭の光のみが頼りだ。

 次に、ベッドの隣にある水差しとコップ。どれも立派な装飾がされている陶器だ。どう見ても百均で売っているようなポップでチープなデザインのプラスチックなそれとは違う。

 その他にも、エアコンや加湿器、テレビのような現代にある電子機器は無かった。つまり、この世界は前世ほど文明が発達していない。なるほどなるほど、いよいよラノベの世界だな。

 

 それにしても、メイドさんが五人、しかも全員美人って事は、結構この家は裕福なのだろうか?素人目だが先ほど言った陶器や天井にぶら下がっているシャンデリアも芸術家が好みそうなデザインだし。ベッド天蓋付きだし。

 つまり、俺が産まれた環境は、中世のようなラノベにありがちな文明で、お金持ちの家ということか。結構わくわくしてきたな。


 しかし、メイドさんはいいな…。今俺はメイドさんに抱かれているんだが、ちょうどメイドさんのお胸が俺の枕になる形になってしまっている。そして俺がメイドさんを見つめると、ニコッと笑いかけてくれるのだ。

 もうこれだけで転生した甲斐があったってもんだ。このメイドさんのような『お姉ちゃん』に抱かれ、しかも微笑みかけられている。もうずっとこのままでいいかも…。

 俺が今以上にメイドさんに体を任せていると


 バン!


 と、この部屋に唯一ある扉が勢いよく開かれた。

 そこにいたのは2mを越えるであろう大男だった。

 彼もまた、人間ではないのだろう。頭から生える角や背中から生えている翼と正面を向いているのに見える尻尾が何よりそれを物語っている。しかし、それ以外は概ね人間と同じだ。

 彼もまたこの部屋にいる人物の例に漏れず整った顔をしていて、細目のイケメンだ。身なりも豪華で、深紅のローブを着ている。

 なんかぱっと見た感想だが、魔王のようだ。別に悪そうな顔って訳じゃないが、悪魔を連想させるような翼や尻尾、そして豪奢なローブ。そんな風に見えても仕方のない事だろう。

 

 その大男は部屋に入ってきたかと思ったら俺の母親ににわかに抱き着いた。

 この野郎、俺の大事な超美人なママンになにしやがる、と思ったが、その目には涙が浮かんでおり周りのメイドさんの表情もどこかほっこりしているように見える。

 もしかすると、彼は俺の父親なのか。「よくやった、無事でよかった」とでも言いたげに、母親に抱き着きながらも頭を撫でていた。

 ひとしきり落ち着くと、彼は何か喋り始めた。しかし、聞き取れない。俺は前世の経験で五か国語の言語を習得していたがどれにも当てはまらない言葉であった。

 

 そこでふと気づいた。そうだ、ここは異世界。つまり、日本語を喋る奴などこの世界には一人もいないのだ。あー…つまり俺はこれからまた違う言語を学ばなければいけないのか。慣れていることとは言え少し骨が折れそうだ…。

 俺が将来に一抹の不安を覚えているとさっきまで母親に抱き着いていた父親が目の前にいることに気付いた。彼はおもむろにメイドさんから俺を受け取ると、俺を高く掲げた。急なことだったし彼の身長が高いせいで結構ビビったのだが、彼は糸目をさらに細めていて満面の笑みだった。

 彼はそのまま何かを大きく叫んだ。俺の名前でも言ったのだろうか?


 まあともかく、どうやら俺は本当に異世界転生してしまったらしい。




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