第45話 連絡
「叔母さん、遅くにごめんなさい。ちょっと家に上げてもらえる……?」
「は、はあ……」
叔母さんは玄関で腰を抜かして尻もちをついていた。その目線の先には、石野さんの姿。
「一ヶ月も行方不明になっていたかと思えば……冴子、その後ろのは何なの? お友達?」
「ええっと……そんな感じ……かな……?」
「……冴子がお友達を家に呼ぶなんて、初めてじゃないの!」
叔母さんは壁に手をついてよろよろと立ち上がった。
「待ってね、今お茶とお菓子を……」
「叔母さんは何もしなくて良いから」
「そういうわけにはいかないでしょ。ほら、入ってもらって」
叔母さんは慌ただしく台所へと消えた。
私は、石野さんと、花澄と、十匹のクラゲ型ユラユラ人を、家に招き入れた。
「石野さん、この席にどうぞ。花澄はこの席に。他の子たちはちょっと立ってて」
「他の子たちって何? まだお友達が来るの?」
叔母さんが聞いてくる。
「ううん、もう来ないよ。それより叔母さん、私、もうスマホの充電がゼロなんだよね。充電して来るから、五分だけ待ってて」
私はバタバタと階段を上がって二階の自室に入った。すぐさまスマホを充電器に繋ぐ。充電中のマークが画面に表示された。そのまま少し待つ。ようやく、私のスマホは復活した。
急いで祓い屋本部にメッセージを送る。
花澄をうまくこちらの世界に連れて来られたことと、石野さんが花澄に洗脳された上に怪物にされていることを伝え、石野さんの保護と花澄の討伐をお願いした。
二十九秒秒後に、祓い屋本部長から返信が来た。曰く、既に、白波神社に配置しておいた祓い屋が、町中に散らばって待機していた九人の祓い屋仲間たちに、松原花澄出現の報を伝えたらしい。また、たった今、花澄と一緒にいる怪物は石野なので保護して洗脳を解くように、という指示を祓い屋たちに送ったところだという。
祓い屋たちは、十五分もあれば木嶋家付近に辿り着くはずだそうだ。全員が到着したら合図を送るから、何か口実を作って花澄と石野を道路に誘い出して欲しいらしい。
(口実って……)
私は頭を悩ませた。
(駄目だ、何の策も出てこない。何も思いつかない)
だがのんびり考える暇はない。この状況で自室に長居するのは不自然だ。
五分経ったので、私はスマホの充電を中断して本体をポケットに収め、みんなのいるダイニングに向かった。
石野さんも花澄も、叔母さんにコーヒーとクッキーを振る舞われていた。
「冴子の分も淹れておいたよ。はい」
「ありがとう」
私は立ったままコーヒーを一口だけ飲んだ。
私と叔母さんと石野さんと花澄の間で、しばらくは歓談が続いた。その間私は何とか二人を連れ出すためのアイデアを出そうと試みたが、どれもピンと来ない。
十六分後、ピロリンと私のスマホがメッセージを受信した。大急ぎで文面を確認する。
「こちらの準備は整いました。二人を誘い出してください」
(……来ちゃった……)
運命の時を前にして、私の手は緊張で震えていた。
だが、こうなったら腹を括るしかない。石野さんを助け、花澄を亡き者にするには、私がしっかりするしかない。やるんだ、冴子。
私は立ち上がって、息を吸い込んだ。
「石野さん! 花澄!」
「うー?」
「なあに?」
「外に、外に……とんでもなくでっかいクラゲ型ユラユラ人がいました!」
「う?」
石野さんは首を傾げた。
「は?」
花澄は信じられないといった顔つきだった。
「え?」
叔母さんは私の言葉が理解できていない。
「何もいないよぉ?」
花澄は窓の外の暗い景色に目を凝らした。
「一瞬だったんだよ。でも確かにいた!」
「おんおう?」
「本当ですよ、石野さん。何なら見に行きますか? まだ近くにいるはずです」
「うー」
「花澄! 花澄もついてきて!」
「……しょうがないなぁ。そんな大きなものを創った覚えはないから……どの個体がそんなことをやらかしたのか、確かめておかないと」
石野さんと花澄が立ち上がる。
「えっ? 何? 何がいるって?」
「叔母さんは危険だから家の中にいて。私たちなら大丈夫だから心配しないでね」
私はそう言い置くと、ずんずんと廊下を進んで玄関の扉を開けた。海沿いの公道にまで歩いていく。ついてきてくれた二人に、私は最後の大嘘を吹き込んだ。
「ここ、この辺にいたんだよ。五メートルはあるかってくらいの身長で……姿は本当にユラユラ人みたいだったんだよ。ユラユラ界の関係者で間違い無いんじゃないかな」
「そんなこと、これまで一度たりとも無かったのに」
花澄は心底不思議そうに言う。
「冴子の力が強すぎて、何か異変が起きちゃったのかなぁ」
「そうかも」
「ちょっと探しに行かない? そんなに大きいなら多分すぐ見つかるはずだし」
花澄が一歩踏み出した。
次の瞬間、一体どこに隠れていたのか、スーツ姿の十名の祓い屋が姿を現した。
私たちは祓い屋さんたちにぐるりと囲まれた。
全員、臨戦態勢だ。
始まるんだ。ドクンと心臓が鳴った。
一ヶ月、よく頑張った。その努力を結実させる時が、いよいよ来たのだ。
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