第43話 考え事

 次の日、私は本当にぐったりしていて、動く気になれなかったので、視察に出かけるのはそのまた次の日になった。私は従者を二匹と石野さんとを連れて、隣町を訪れた。赤い水の上に白い建物がぽつぽつと建っているのは、どの町でも変わらない。


 この頃は石野さんを視察に連れ出すのが定番となっていた。石野さんには三週間後にウツツ界へ帰る時にも一緒についてきてもらいたいから、普段から仲良しアピールをしておきたかったのだ。私という神様の側近ともなれば、遠出にお供することに対して、誰も異を唱えないだろう。


 私が適当に町の中をぐるりと回ると、通りかかったユラユラ人たちはみんな必ず会釈をする。私はというと、ユラユラ人に対して友好的に振る舞うつもりは毛頭無いため、全て無視している。

 町の真ん中には、赤い水を噴き出している噴水があった。私は噴水の縁の部分によっこいしょと腰をかけた。さて、今日はどうやって暇を潰そうか。


 何気にこの暇潰しというのには苦労する。まず、石野さんとも従者二人とも会話が成り立たないからおしゃべりができない。また、スマホの充電はとうに切れているし、切れていなかったとしてもインターネット環境が無いから使い物にならない。あちこちにある店を冷やかしに行くのも悪くはないが、例えば食べ物屋さんで売っているのはみんな人肉だし、本屋さんに置いてある本はみんなユラユラ語で書かれていて読めないし、服屋さんに寄っても標準的なユラユラ人の体型に会う服しか置いていない。一度、従者のユラユラ人を着せ替え人形にして服屋で遊んだことがあるが、一日で飽きた。何で私が人殺しの化け物のファッションのことなんか考えなくちゃいけないんだと思うと、馬鹿馬鹿しくなったのだ。


 結局、私は何もしないことに決めた。座りながらぽけっとして、三週間後の作戦がうまくいくかどうかとか、石野さんを元の姿に戻せないかとか、ユラユラ界を滅ぼすにはどういう手が有効だろうかとか、そういうことを考えていた。

 花澄が創った世界の壊し方は、前例がいくつかあるので、はっきりしていた。単に、花澄に瀕死の重傷を負わせればいい。つまり、過去数十年の間に、花澄は何度か死にかけているということだ。

 恐らく、運が良ければ、花澄を瀕死にまでは追い込めるから、ユラユラ界を滅ぼすこと自体は不可能ではないだろう。だが完全に花澄の命を絶つことができた例は、当然ながら存在しない。花澄は重傷を負う度に復活し、新たな世界を創造してきたのだ。

 そもそも、と私は考える。花澄は死ぬことがあるのだろうか? あれが不死の存在だとしたら、どれだけ攻撃を加えても無意味ということになる。ならば殺すことを目標とせず、捕らえて身動きを取れなくさせるのが、一番確実な気もする。もちろん、殺すのと生け捕りにするのでは、後者の方が圧倒的に困難だというのは分かっている。が、不死の存在を殺すのと生け捕りにするのとではどちらが困難かというと、これは前者ということになる。

 私は触手で伸びをした。

 まあ、私は一介の若者で、怪異についても素人同然だ。そんな私が考える作戦など的外れだろうし、価値が無かろう。プロフェッショナルである祓い屋さんたちに任せるのが一番良いに決まっている。だから私がやることは、その祓い屋さんたちから受けた指示を確実にこなすことのみ。三週間後に花澄をウツツ界へ連れ出すことだけを考えていれば良い。それから、石野さんも連れて行く。

 そのためにも私は、あと二回、あの強制的なカニバリズムに耐えねばならない。全く、げんなりしてしまう。


 私がじっと座って考え事をしているので、付き添いの三人もその場でぽけっとしているより他は無かった。私は石野さんの顔を見上げた。相変わらず目玉が大きい。


「うー?」

 石野さんが何か問いかけてきた。

「ああ、ううん、何でもないです……。あの、石野さん、退屈でしたか?」

「うー」

 石野さんは首を横に振った。

「そうですか……」

 私は石野さんから視線を逸らすと、また考え事に耽った。


 一人で闘うのは正直しんどかった。

 ずっと以前に、学校のクラスメイト全員が私を敵に回していじめてきたことがあったけれど、その時とはまた違った緊張感がある。もちろん、ノートをぐちゃぐちゃにされたり、ものを盗まれたり、重要な連絡事項を私にだけ伝えなかったり、散々な目に遭ったけれど、そういうのは、ただ耐えれば良かった。凛と前を向いていれば良かった。

 でも今は違う。気色の悪い物事にぐっと耐えるのに加えて、ユラユラ界が気に入ったような演技をしたり、作戦がばれないように苦心したりと、やることがいっぱいあった。だから、しんどい。

 石野さんが味方になってくれればいいのに、と私は思った。祓い屋さんの力があれば頼もしいのに。でも石野さんは私のために特別に何かしてくれるわけではなかった。本当にただの花澄のペットみたいに、何もしないでうろつくだけだ。

「……」

 こんなにつらい孤独は初めてだった。クラスメイト全員にシカトされていた時も、ここまでつらくはなかった。

 早くユラユラ界とはおさらばしたい。そして叔母さんや祓い屋さんの人たちに会いたい。

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