第51話 小話2 しいたけのその後

真夏のラストリアでの、誰もが驚くような豪華なメンバーでの極秘お茶会をチャドワ湖沿いの小さな別荘の庭で開催してから2ヶ月。


 わたし、レナリーナ・ダズベルは絵を描くことが大好きなダズベル王国の第3皇女。

 王都ベルではお忍びではあるけど、パン屋さんの壁を少しだけお借りして絵を売ったり、お手伝いもしている。


 最近はひょんなことから、得意の雷のような魔法がしいたけの生育にとても役立つことがわかったので、4ヶ月程前に知り合った隣国フラップ王国の集落にしいたけの栽培を手伝いに来たりもしている。

 ただ、隣国の皇女と知られたら集落の人達が恐縮してしまい、いままで通りには接してもらえないと考え身分は伏せたままだけど。


 今日は集落の人達と雷のような魔法を使うと約束をした日。

 朝食をさっさと済ませて、王城をすぐに出てきた。


 以前、この集落に伝わる「かみなりしいたけ」という言い伝えに則(のっと)り、わたしの得意魔法の雷のような魔法を薪にするような木に雷を落としたところ、しいたけがものすごいスピードで成長したのだ。

 もう大豊作である。

 それ以来、この集落を含めこの辺り一帯を一大しいたけ産地にしようと住民達と意気投合したのだ。


「レナ!」

 集落の人達と楽しくおしゃべりをしながら薪のような木を積む作業をしていると、少し遠くから聞き覚えのある声がわたしを呼ぶ。

 その声のほうに振り向くと、黒髪でスラッとした騎士服姿の見覚えのある人物が見える。


「ディル!」

 その長い足でスタスタと早足でわたしの方に向かってくる。最後は力強く駆け足になっている。

 後ろからザックさんがディルをのんびりと追いかけてくるのも見える。


 ディルこと、ディカルト殿下はこのフラップ王国の王弟であり騎士団副団長だ。

 そして、まだ発表はされていないがわたしの婚約者でもある。


「やっぱりいた!」

(やっぱりいた?)


「おはよう、ディル」

「おはようじゃないよ。レナがどうしてここにいるのかな?」

 今日のことは、すぐに終わる作業だと思い、ディルには内緒で手伝いに来ていたんだよね。

 気まずい。

 ディルの目が笑っていない。

 思わず、その迫力に黙ってしまう。


「今日は雷のような魔法を木に落とすためにここに来たのよ。家の者にも行き先は伝えているわ」

 ちゃんと行き先を侍女達に伝えていることをアピールしたんだけど、ディルには効果はなさそうだ。

 以前、みんなを騙してラストリアに一人旅を決行し、家族を含め侍女達にも心配や迷惑をかけたので、それからは正直に行き先を伝えるようにしている。


 しかし、本来ならディルは王都の騎士団にいるはず。

 どうしてこんなにタイミングよくこのサンダースという山岳地帯の集落に王弟であり、騎士団の副団長のディルが来るのだろう。

 ディルの横で集落の長のテオさんがニカっとこっちを見て笑った。

(ああ…)

 ディルの情報源はテオさんだったのね。


「転移魔法を使ってきたな」

 転移魔法…

 そう、この間のアーヴァンクの討伐の時までは確かにわたしの転移魔法はディルの元にしか転移できなかった。

 アドレおばさんの話によるとディルとわたしは伝説の番(つがい)であり、魔物を倒す使命をもった勇者であるディルの元に、その使命に目覚めた聖女であるわたしが転移するようになっていたらしい。

 でも、あの討伐の時に治癒魔法で魔力欠乏を起こし3週間の意識不明状態から目を覚まして以来、わたしの転移魔法は通常に戻った。

 きっと魔獣を倒し、危機的状況を脱したから通常に戻ったんだろうとアドレおばさんもサナさんも推測する。


「転移魔法がちゃんと正常に出来るって本当に便利。今日も転移魔法は成功よ」

 どうだ!と自信満々に答えたのにディルは少し不服そうだ。


「いままでは俺の元にしか転移しなかったのに、最近はレナはどこにでも行けてしまう。俺は心配しているんだよ」

 あっという間にディルの腕がわたしの背中に回ってきたかと思うと、ぎゅっと抱きしめられた。


「ディル、みんなが見てるわ」

「見られたって全然構わない」


 ディルはわたしの頭の上にひとつキスを落とす。

「あまり心配させるな」

 ボソッとディルが呟く。


(ううっ… ごめん)

 ディルが少し過保護なのも、討伐後の意識が戻らなかった3週間があるからなのだろう。

 頬が熱くなりながらも反省です。


「それこそ、ディルはどうしてここにいるの?」

「今日はテオのアイデアを試す予定だ」

「アイデア?」

「しいたけが量産化出来るようになってきたから、次の一手をテオがずっと考えていて、俺のところに相談にきてくれたんだ」

「えっ?テオさんとディルは以前からの知り合いだったの?」


 テオさんとディルが、あっ!しまった!という顔をした。

「はは…レナリーナ姫には嘘はつけません。わたしは以前、ディカルト殿下の上司だったんですよ。いまは引退して、ご存じのとおり、この集落の長をしています。初めてお会いした時は真実をお伝えできず申し訳ありませんでした」

 ディルが風魔法で子どもを助けて送り届けに来た時、テオさんとディルは意味深な会話をしていたっけ。


「今日のことはディカルトのところに相談に行った時にレナリーナ姫が来てくださることをうっかり喋ってしまいましてね。それを聞いた途端に目の色変えて、ここに来ると大騒ぎしてくれて」


 テオさんが息子を見るかのような優しい目でディルを見た。


「みんなにはまだお二人のことは秘密にしてありますので心配なく。でも、初恋を拗らせていたディカルトが…」

 ディルがテオさんをキッと睨むがテオさんは動じることなく、感慨深げにしていた。


 

 それから作業はあっという間に進み、わたしの雷のような魔法も順調にバリバリドドーンと落とし、今日のわたしの役目は終了だ。


「次はディルの番なんだよね?」

「ああ、成功するかはわからないけどね」


 わたしが薪のような木に雷のような魔法を落としてからそう時間も経っていないのに、もうニョキニョキとしいたけが生えている。


「相変わらず、かみなりしいたけの聖女の魔法はすごいですね。ディルもレナ嬢に良いところを見せるためにも頑張ってくださいよ」

 ザックさんが満面の笑みで、さっさと行けとばかりにディルの背中を押す。


 ディルがたくさんの木に生えた椎茸を前に詠唱を始める。

 テオさんも集落の人達も固唾を呑んで、ディルを見守る。


 風魔法を使っている時のディルは優しい光に包まれ煌めいている。

 漆黒の髪が風に揺れ、とても綺麗だ。


 空からキラキラと光の粒が降ってきて、しいたけを囲み優しい旋風になった。

 

 それは一瞬のことだった。


 旋風がフワッと消えた跡には、しいたけが皺々になっている。


「しいたけが乾燥したの?」

 ディルがこっちを振り返り頷く。

 

「乾燥しいたけは成功したようだ」


 見守っていた集落の人達からもわぁ!!と歓声が上がる。

 

 集落の人がディルに駆け寄り、ディルはみんなに揉みくちゃにされている。

 わたしもザックもそれを助けることなく、その微笑ましい光景を笑顔で見守る。


「しいたけは一つのきっかけに過ぎないですが、いろいろな物をこれから乾燥出来るようになると、不作の年に国民が飢餓に苦しむことがなくなるんではないかとね、ディカルト殿下が積極的にこの魔法の完成に取り組まれたんですよ」

 横にいたテオさんが真剣な表情でディルを見ている。

「夜遅くまで取り組まれていましたね」

 ザックさんがディルを見ながら呟く。


「そうだったんですか。ディカルト殿下はいつも国民のことを思っておられますよね。わたしの魔法もしいたけ以外でも貢献が出来るよう、ディカルト殿下に負けないように研究をしなければなりませんね」

「レナリーナ姫もいつも国民のことを思っておられることをそこのザックから嫌というほど、話を聞かされましたよ。ラストリアでのご活躍の話は、朝まで聞かされましたから」

 ザックさんが珍しく照れている。

 ディルの右腕であるザックさんにそう思ってもらえることは、なんて光栄なんだろう。


「ザックさん、ありがとう。嬉しいわ」

「レナ嬢、わたしはずっとお二人をお支えしますからね」

「ありがとうございます。心強いです」

 普段は冗談ばかり言っているザックさんがいつになく真剣だ。


「俺が大変な目に遭っている時に3人で内緒の話か?」


 髪の毛がぐちゃぐちゃになったディルがこちらに戻ってきた。


「今度、3人できのこ鍋を食べながら、ディルの悪口大会を開催しようと話していたんですよ」

「なんだよそれ。それ絶対にザックの発案だろ?」

「ディルは酷いですね。わたしのことをなんだと思っているんでしょうね」


 ザックさんが頬を膨らませて拗ね、みんなが笑い転げた。




 その後、このサンダース地方はしいたけの一大産地となり、様々なきのこも開発され、この地方の食文化がかなり独特に発展したらしい。

 

 そして、フラップ、ダズベル両王国が天候不順の年にでも、餓えに苦しむ国民は出なかったと言われている。

 

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【コミカライズ決定】なぜか転移魔法はいつも隣国の殿下の元に〜 なにもわかっていない皇女は殿下に溺愛されています 植まどか @ma0520

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