第50話 小話 魔王降臨

魔獣討伐は成功したと言ってもいい。

 レナが未だ意識が戻らないことを除いて。


 魔獣はすべて倒された。

 騎士のひとりが闘いの最中に瀕死の重傷を負ったが、レナがダズベル王国の王族だけが持つ力、治癒魔法で騎士を治し、討伐に参加した騎士団や狩猟組合の者は多少の怪我はあったものの、誰ひとりとして死ぬことはなかった。

 

 そして、魔獣が湧き出ていた池の水は恐ろしいほどに黒く濁り、辺りの土地も草木が二度と生えることは不可能に思えるほどに荒れ果て、土も魔獣に汚染されていたのに、レナが治癒魔法で大地を元に戻した。


 そんなレナは魔力切れを起こして、一時は心臓を止めた。

 いまは俺の魔力でなんとか命を繋ぎとめたが、意識が戻らないままの状態で3日目となった。

 本当ならレナを急ぎ王都に連れて帰り、王宮の医師団に診せたいが、いまの状態で動かすことは危険だ。

 アドレさんの話によると、毎日、レナに俺の魔力を注いだほうが回復が望めるらしい。

 ラストリアに留まり、レナの側にいたい俺の意を汲んで、ザックが第一報で先に陛下に報告に行ってくれた。

 とはいえ、さすがにそろそろ俺自身が王弟としての報告に王都に帰らなければならない。

 もう、遅過ぎるぐらいだ。


 そして、騒ぎもだいぶ沈静化してきた。というのも、討伐に行ったレナが皆のために魔力を使い過ぎ、意識がないことが討伐に参加した者からあっという間にラストリア中に噂が広がった。

 不思議な力を持つレナがこのラストリアを自分の命に代えても守ってくれたと。

 そのため、アドレさんのパン屋には連日、市民からお見舞いの野菜や果物、なぜか大量の椎茸が届き、大変なことになっていた。



 こんな落ち着かない状態だったが、報告で登城することを決意した。

 それでもレナへの魔力注入を1日も空けたくない俺は、風魔法を人目も憚(はば)らず使い、ハンググライダーでラストリアと王都を行き来する道を選ぶ。

 馬で半日ちょっとかかる王都もハンググライダーで飛んでしまえば、あっという間だ。

 ラストリアに残っていた俺の護衛を兼ねていた王都の騎士団の皆は困り顔だったが。



 「ディル、ご苦労だったな。討伐の報告は大体はザックから聞いている」

「報告が遅くなり申し訳ありません。騎士団副団長ディカルト、ただいま戻りました」


 陛下と団長、ザックと宰相のお決まりの面子が王宮の陛下の執務室に揃っている。


「レナリーナ姫が意識不明だとザックから聞いたが、意識は戻ったか?」

「いえ、変わらずです。ただ、アドレさんの助言で毎日、俺の魔力を注いでいます」

「…そうか…」


 誰もが沈痛な面持ちでディルの報告を聞く。


「なにか困っていることはないか?」

「では、遠慮なく。まずは王宮の医師団の派遣をお願いします。それと俺はレナの意識が戻るまでレナの側にいたいのですがよろしいですか?」


 陛下が深く頷く。

「医師団の手配は出来ている。明日、ラストリアに向かわせる」

 あらかじめ、陛下もそのつもりだったんだろう。手配が早い。


 そして、陛下は少し申し訳なさそうな顔をした。

「それとディルのレナリーナ姫の側にいたいという願いだが、ずっと側に付くことは叶えてやれないが、ラストリアで現地の追調査を頼みたい。王都にいるよりはいいだろう?」


 予想はしていたが、やっぱり休ませてはもらえないようだ。

 先の王族同士の醜い争いで多くの者が粛清されたこともあり、常に人材不足だ。


 それに今回の魔獣討伐は事が事だけに、王弟の俺が指揮を執らないといけないのは重々承知している。

「…承知しました」

 無意識にため息がでる。


「ところでディル、その…なんだ。レナリーナ姫とは上手くいっているのか?」

 急に陛下が兄の顔に変わる。

 そして、執務室にいた他の面々も急に前のめりになったのがわかった。


「レナとは両思いですよ。でも、上手くいっているのかと言えば、そうではないですね」

「どういうことだ?上手くいってないとは?」

 陛下が怪訝しげに聞いてくる。


「レナはダズベル王国に帰国したら、政略結婚をするそうです。第3皇女としての自分の立場や役割を彼女はしっかり理解しているので、自分の気持ちを優先して俺と一緒になることは出来ないとはっきり言われましたよ。婚約をして欲しいと話したんですが、それもあっさり断られましたよ」


 陛下は一瞬、大きく目を見開く。

 ザックはなぜか俺よりも苦しそうな表情をしている。

 団長も宰相も俯きながら、じっと俺の話を聞いている。


「こ、これから、ディルはどうするつもりなんだ?」

 陛下が言葉を詰まらせた。

「レナが目を覚ましたら、なにがあろうともレナを手放すつもりはありませんけど。レナに俺の身分を明かし、次はプロポーズをして、ダズベル王国にレナリーナ姫との婚約の申し入れをしようと考えていたのですが…」


「そ…そうか」

「……????」

 陛下は考え込んでしまった。


「陛下、もういいでしょう。ディカルト殿下に本当のことを話しましょうよ」

 陛下の横でずっと俯きながら話を聞いていたザックが悲鳴に似たような響きで声を上げる。


「そのとおりだな。ディル、それにレナリーナ姫にも謝らないといけない」

 陛下が… いや、兄の顔になった陛下がいつになく真剣な表情で俺を見てくる。


「ディル、本当にお前に黙っていてすまなかった。レナリーナ姫にも本当に申し訳ないことをした。レナリーナ姫の政略結婚の相手は実はお前だ」


「はっ????」


驚き過ぎて声も出ない。


「どういう訳か、レナリーナ姫は政略結婚の話が自身に来ていることは知っているのに、相手が誰かは知らなかったようで…」


確かにレナは相手は誰かはわからないと言っていた。


「ほ、本当に…本当にレナの政略結婚の相手は俺なのか?」


 陛下とザックが無言で激しく首を縦に振る。

 宰相も団長も頷いている。


「なにも知らないのは本人達だけ???」


 みんなが声も出さずに激しく首を縦に振る。


「………………。」


 チラリとザックを見れば、気まずそうに俺を見ていて、目が合えば小さくなった。


 最初から知っていたのか?

沸々と怒りがこみ上げてくるが、ふとアドレさんの言葉を思い出す。


『ザックには怒ったらダメだよ』

『そのうちわかるよ。あの子はあの子で大変なんだよ』


「…まさか、アドレさんもこの話を知っている?」


「ああ、アドレさんは別ルートの情報網で既にご存知のようだ」

 重い空気の中、兄が答えてくれる。


「なんていうことだ…」



 レナが1番、苦しんでいたはずだ。

 この先、政略結婚で愛のない生活を送っても思い出だけで生きていくと悲しそうに話していたレナ。

 相当な覚悟をしていたことは、同じような立場の俺だから手に取るようにわかった。

 レナが苦しむ前に教えてくれていたら…

 いや…でも、お互いの立場を知っていたら、両思いになれたのだろうか…

 自問自答を頭の中で繰り返す。

 あまりにもの衝撃で頭の整理がうまくつかない。

 


「…あの、ディカルト殿下。わたしはどのようなお咎めでもお受けする覚悟です」

 ザックが項垂(うなだ)れながら弱々という。


 どのようなことでもね…


「もちろん、覚悟しておいてくれ。俺とザックの仲じゃないか。更に俺に一途に愛を捧げてくれるんだろう」


 ニヤリとザックを見る。


「ヒッ!!」


 ザックが声を上げる。

 俺は今までないぐらい悪い顔をしているに違いない。


「世の女性のためにこれからもより一層の俺に一途な愛を捧げて、恋愛小説の良きモデルのなるよう活躍を期待しているよ」


 レナもこの手の小説に興味津々だったよな。

 ザックには期待に応えてもらって、様々なネタを提供してもらおう。

 レナもボーイズラブの恋愛小説が充実するなら喜んでくれるだろう。

 言っておくが決してこれは罰じゃない。

 罰じゃない…から。


 執務室にいた陛下に団長、宰相がザックを気の毒そうに見ている。


「兄さん、なんで貴方は他人事なんですか?貴方にも恋愛小説のモデルにこれからはなっていただきますからね」

「ディル、それだけは勘弁してくれ…」


兄が魔王に遭遇したかのような顔をしている。


「とりあえず、政略結婚の話の経緯などを最初から教えてください。そして、この話を早急に進めていきますよ」


 フラップ王国の陛下の執務室に魔王が降臨した瞬間だった。

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