第32話 魔獣出現!

ニャー


赤い首輪の黒猫がそこにいた。


「あれー レナちゃん、この子ってアドレおばさんとこの黒猫ちゃんよね?」

「そうだわ。わたし達に付いて来ちゃったのかしら。」

 

 黒猫を抱っこしようとふたりで同時にしゃがんだ。



「ねぇ、あれなに?」

「なにかしら?」

「なんの動物でしょうね。見たことがないわ。」


 騎士団を見ていた観覧席の女性たちがなにかに気づいたらしい。

 キャーキャーがなくなり、ザワザワし始める。


「騎士団も気づいたみたいね。」

「あの動物、こっちに来るかもよ。」


 しゃがんでいたノエルちゃんとわたしは顔を見合わせる。


「ノエルちゃん、なにかしら?みんなの様子がおかしいわ。」

「なにかいるみたいね。」


 黒猫は怯えるようにじっとしている。

 ものすごい嫌な気配がする。


「ノエルちゃん、何かが変だわ。」

 慌てて立って、状況を確認する。

 観覧席の人々の視線の先には見たこともない動物がいた。


「レナちゃん、あれなんだと思う?」


 わたしはその気配で確信があった。

 いままで見たことはない。でも、なぜだかわかる。

 アドレおばさんも言っていた。


「魔獣だわ。」


「ええ?えっ?魔獣?」

「うん。見たのは初めてだけどわかるわ。」


 魔獣はこちらに向かってきている。

 騎士団も気づいて、大半の者がこちらに向かって走ってきている。


「ノエルちゃん、あの魔獣はこっちに来るわ。逃げて!」

「えっ?でもレナちゃん…」

「ノエルちゃん、アドレおばさんの黒猫を抱いて逃げて。わたしはみんなを避難させるわ。」


 わたしは皇女。

 どこにいても民を守らなければならない。そういう立場の人間だ。


 深呼吸をして、おなかに力を入れる。

「魔獣よ!みんな逃げて!!!」


 わたしの突然の大声に、前方にいた人達が一斉に振り返りこちらに視線が集まる。


「あれが噂の人喰いアーヴァンクよ。逃げて!」

 わたしは努めて冷静に声を発する。


「本当に??」

「そうなの?」

 口々に聞いてくる。


「間違いないわ。逃げて。」


 ひとり、またひとり走り出す。

 そして、逃げる人を見て大勢が事態を把握し走り始める。


「ノエルちゃんも行って!早くっ!」

「レナちゃんは?」


 安心させるように笑顔で答える。


「防御魔法を展開させてから行くわ。」


「ぼ… 防御?うん?よくわからないけど、大丈夫なのね!」


「ええ!任せておいて!」


 わたしは逃げる人をかき分けて、前方のまだ逃げ遅れている人の元に走り出す。

 

 アーヴァンクは逃げ遅れた人のすぐそこだ。

 間に合え!


 防御魔法…


 わたしができる魔法のひとつ。

 雷のような魔法と一緒で得意な魔法のひとつだ。


 術式を唱え、アーヴァンクの前に防御魔法を展開する。


 ドゴーン!!!!!



 アーヴァンクが展開した防御魔法に激しくぶつかる。

 アーヴァンクが後ろにひっくり返った。


「!!!レナっ!」


 駆けつける騎士団の先頭を走ってきた者が呼ぶ。


「ディル!!」


「レナ、逃げろ!」


 まだ、全員が逃げ切れている状況ではない。

闘わなければ、きっとここにいる誰かが喰われる。

ディルの逃げろを聞こえなかったことにする。


「ディル!もう一度、防御魔法を展開するわよ。」

 ディルには聞こえたようだ。

 首を僅かに縦に振り、なぜかアーヴァンクの後方に走っていく。


 ひっくり返ったアーヴァンクが再び起き上がり、こちらの観覧席のほうに突進してくる。


 防御魔法 展開


 再び、アーヴァンクは防御魔法で跳ね返された。

 そして、瞬時にお得意のあの魔法を展開させる。

 頭の中でイメージをつくる。


 バリバリバリバリ


 空気を引き裂くような轟音とともに稲妻ような光が辺りを照らし、アーヴァンクに落ちる。


 ディルはわたしのすることを読んでいたのか、すでにアーヴァンクの後ろに回り込んでいて、待っていましたと言わんばかりにアーヴァンクが稲妻に打たれ動けなくなったその瞬間を狙い、剣でバッサリとアーヴァンクを二分にした。


 ディルがアーヴァンクを切った瞬間、辺りは静寂に包まれたが、逃げ遅れていた者、逃げて後ろで見ていた者、騎士団から一斉に歓声が上がり、訓練場が拍手と歓声に湧いた。


 わたしはその歓声を背に、ノエルちゃんを探しに急いで観覧席を後にする。


 ディルがわたしの名前を呼んでいたが、見にきていたことがバレた気恥ずかしさで歓声で聞こえないふりをして思わず逃げてしまった。

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