第98話:勝利の美酒

中央の棟二階の広間。

 召集をかけられた議員たちは、朝から広間から出ることが許されていなかった。

 武装した数名の衛兵たちで扉の外は守られている。

 小評議会からは陸軍大臣のトマス・カルタス、司祭長の三名、を除く五名の議員が広間に集結していた。

 外務大臣レイニー・ディック、法務大臣ベンジャミン・ルーサー、議長クレイン・アルフォンシーノ、大蔵大臣カナリー・プランプトン、魔法長ハロルド・グリッターである。

 魔術師にして学者であるハロルドが小評議会への参加は珍しく、品のある立ち振る舞いと良識ある人物であることから、議員たちも一目置いていた。髪を後ろに撫で上げた髪型は中年でありながら若々しく、女性にもモテると噂されていた。

女王の名の元に緊急の呼び出しがかかったのだが、そこに女王の姿はない。七星卿の中でも小評議会の参加を欠かさないリゲルでさえもおらず、議員たちの不信感は更に強まった。

 彼らは着席をしたまま、用意された軽食を口にせずにただじっとしているしかない。  

そしてそのテーブルの上座に座っているのは、黒づくめの男。呑気に紫煙を燻らせ、宙に消える煙をただ眺めているだけだ。

議員らの警戒心を助長させたのは、この男の存在である。

「それで、我々を集めた本当の事情はお聞かせ願えるのでしょうな、リャン・シェン卿」

 一つ咳払いをした後、クレイン・アルフォンシーノは苛立ちを含んだ語気で、今日数度目の質問をリャンに投げかけた。

「何度も申し上げておりますが、あなた方の安全のためです。お茶など飲んでお待ちください」

 リャンの悪びれもしない態度にクレインの椅子から立ち上がった。

「貴様のような者から出された茶など飲めるものか! 毒で死ぬなど御免だからな!」

 リャンは愉快そうに笑う。

「おや、毒で死んだのは、女中のメアリー・ホーソンでは?」

「あなたは大司祭殿を毒殺した嫌疑がかけられている! 忘れられた者インドーレの言うことなど聞く必要はない!」

 息を荒くしたクレインは扉の方へとつかつかと歩く。いつものヒールの音が広間に響き渡り、リャンはその音が鬱陶しくてたまらなかった。

「クレイン殿と同意見だ。話にならん」

 カナリー・プランプトンも重い腰を上げ、ゆったりと彼の後に続いた。

 クレインは乱暴に扉を押すがびくともしない。外にいる衛兵を呼び、さっさと扉を開けるように促すが返答はない。混乱するクレインに、魔法長のハロルドが不審に思い扉を検分する。

「これは、結界?」

「お分かりになるか、魔法長殿」

 リャンはキセルの灰を窓の外に落とした。

「さっさと解け!」

「残念ながら術者のみが解くことができる結界だ。窓の外からならば飛び降りることも可能でしょう」

 おススメはしませんが、とリャンはわざとらしく首を傾げた。

「馬鹿馬鹿しい。さっさと解いてしまってください、ハロルド殿」

「残念ながらプランプトン候。リャン卿のおっしゃる通り。この結界は相当緻密に練られたもの。神殿と同じ強固なもの。私の力を持っても解くことは叶いません」

 ハロルドは早々に諦めて、席に戻った。

「初めから、我々をここに留めておくつもりだったのですかな、リャン卿」

 ベンジャミン・ルーサーは流石の落ち着きぶりで、不測の事態には慣れた様子で問いかけた。

「全ては女王陛下の御心。事が終わるまであなた方をここでお守りするよう、俺は命じられただけだ」

「それが解せぬのです。ならば護衛をつけるだけで良いでしょう? 何故わざわざ嘘を吐いてまでここに呼び立てたのですか!」

 クレインはリャンに食ってかかり、すぐに結界を解くように訴えた。

「落ち着いてください。女王陛下のご命令ならば致し方ないこと。術者がこの場にいないのであればどうしようもありますまい」

 沈黙を保っていたレイニー・ディックはリャンから出された紅茶を警戒もなく飲み干した。その余裕の姿にクレインは我慢の限界を迎えていた。

「貴候はあんな少女の言う事を鵜呑みになさるのですか! そもそも我々は反対だったのです。あんな幼い、しかも少女が玉座に就くなど。我々も再三ご忠告申し上げたはずだ!」

「王の選抜など我々が議題にしたところで無意味なこと。小国との衝突を避けられた今、女王に感謝こそすれ、不義理なことを我々はすべきではないのですよ、アルフォンシーノ候」

 淡々と答えるレイニー・ディックにクレインの怒りの矛先が向いた。

「ディック候、あなたがそれをおっしゃいますか! 自分はあなたを尊敬してはいますが、その一点においては承服できない! このような暴挙、許されるはずがない! 七星卿ばかりを優先し、今まで王室に忠を尽くした我々に対してこのような仕打ち! その上魔術を行使するなど、先王と同じではないですか!」

「不敬ですぞ、クレイン殿」

 プランプトンが嗜めるがクレインは止まらない。

「そのような考えだから小国がつけあがるのです!」

 リャンは耐えられずに笑いを零した。

「何がおかしい!」

「いや、なかなかに興味深いご意見だ。アルフォンシーノ候。おじ君の教えが良かったのでしょうな」

 リャンは心からの賛辞のつもりだったが、クレインは睨みつけるばかりだ。

「やはりあなたは危険すぎる、リャン・シェン卿。あなたからは領主としての責任というものが全くない! 国を憂う気持ちなど持ち合わせていない!」

 クレインは息を荒くしたまま、扉の前で立ち往生をした。

「なにやら町が随分と騒々しいような………」

 窓の外を除いたハロルドが町の騒動に気が付いたようだった。

「ああ、どうやらネズミ退治が終わったようですな」

 リャンは隠し持っていた葡萄酒の栓を抜き、複数のグラスに注いだ。グラスを議員たちに回し、その一つを掲げる。

「———女王陛下、万歳」

 それと同時に勝利の角笛が王都に響き渡った。

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