第96話:騎士の覚悟

「予定よりも遅かったな」

「テオ!」

「安心するのは早い。ここを切り抜けねば」

 いつも以上に鋭い眼光は、兵士の動き、率いる騎士の采配に思考を巡らせているのが分かる。

 シリウスとヴェロスが待つ闘技場の中央へ合流できたものの、逆に囲まれては意味がない。

「どうした、テオドロス卿」

「陛下」

 ゆっくりと振り向いたテオは返り血がそのまま。いつものような穏やかではない声音に、シリウスは背筋が凍った。

「これからの姿は、陛下にあまりお見せしたくはありません。騎士にあるまじき振る舞い、どうかご容赦を―――」

 敵兵へと踵を返したテオは、再び剣を握り叫んだ。

「アリスタ、ヴェロス、フィオーレ、カルマ、オスカー! 陛下の御身をお守りしろ! 俺は上のネズミを一掃する!」

 幾度もの戦争を越えてきた騎士の覚悟に、奮い立たされない者などいるはずもない。

 力強く踏み込んだ飛龍の騎士は、放たれた十数本の槍を一度に切り捨て、その内の一本を宙で握って投擲した。槍は鎧を貫き兵士三人を串刺しにし、これが正しい槍の使い方だと言わんばかりの技で次々に圧倒していく。それも剣を握らない利き手ではない左手で。

 剣を振るえば飛龍の翼の如くマントを翻し、無双するその騎士の力を皆が戦慄する。

「女王陛下に目通り願うのならば、この飛龍の騎士を倒してからにしろ!」

 恐れをなし逃げる兵士に、テオは騎士たちに呼号する。

「逃がすな!」

 テオの命令を受けた騎士たちはすかさず応じ、壁へじりじりと追い詰めた。

 統率された騎士たちの動きに、誰もが目を見張った。ほんの少し前まで使い物にならないとまで言われた騎士たちとは思えない。槍でけん制し、武器を奪って拘束。一か所に集めて逃げられないよう力で押していく。

「壁に寄りすぎるな、弓兵に狙われるぞ!」

「その必要はないようですよ。流石リゲル殿です」

 飛来する矢の雨が突然止み、誰もが唖然とした。

 フィオーレが見上げた先に居たのは覆面をしても分かる、隙のない流麗な弓術で弓兵を圧倒する銀糸の髪の少年がこちらを一瞥し、駆け出した。

 背後から剣を振りかざす敵を、体勢を崩した状態でも至近距離で矢を放ち、しかしそれが最後の矢で、気が付いたアリスタは短剣をリゲルに投げて渡した。

「———っ、リゲル! アリスタ!」

 その隙を見逃さなかった兵士三人が、二人の頭上で剣を振りかざす。オスカーが呼び止めたその瞬間に、兵士二人はヴェロスの魔術で腕を焼かれ悶え、一人はシリウスが蹴り飛ばした。

「ど、どうも」

 顔面擦れ擦れでシリウスの蹴りを免れたアリスタは、顔を引きつらせながらシリウスに礼を言った。

「私に借りが出来たな、アリスタ卿」

 にやりと笑ったシリウスは、カルマが持っていたレイピアを手に取った。使い慣れた武器を手にした彼女は心地よさそうに笑う。

「女王が扮していたのを知らされていなかったのは、俺だけか?」

「いや、俺も知らんかったわ」

 ヴェロスとアリスタだけではなくオスカーとカルマもシリウスが少年兵に扮装していることは知らされておらず、予想すらしていなかった。

「なら、女王が観戦することを大袈裟に流布したのはわざとか?」

 ヴェロスの指摘にフィオーレは苦笑いをした

「ええ。敵を欺くにはまず味方からということです」

 悪びれもしない、可愛らしく肩をすくめたフィオーレに、誰も何も反論できなかった。これがアリスタだったらふざけるなと罵声の嵐を浴びせられたことだろう。

 途端、剣を携えた傭兵が地下から溢れるように出てきた。入口や隠し通路は騎士たちだけでは塞ぎきれない程あったのだ。

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