第94話:星の名の女王

 大剣を奮う少年兵は息を乱さず、細腕から信じられない膂力でヴェロスを追い詰めていく。しかしヴェロスも流麗な足さばきで大剣を躱し、

 時間稼ぎをするためにこの試合を長引かせ、観客と潜む泥ネズミの目を引きつけなければならないのだ。

 激しく剣をぶつけ合う金属音。ギリギリで交わされる剣技に、誰もが魅了されていく。

「——っ」

 大剣の切っ先がヴェロスの頬を切った。

――まさか、子どもの方がヴェロスよりも上なのか。

観客が中央で舞うように闘う二人に歓喜の声が湧く中、突如として天井から音が降り注ぐ。

――ピィー!

 鷹の鳴き声に似た長く響く鏑矢の音。

作戦の第二段階。騎士団が地下闘技場を抑えた合図だ。

 闘技場のどこかに身を潜めているリゲルが放った矢だ。

 地上から閉ざされたそこにいるはずのない鷹の音に、闘技場はどよめいた。

 この合図でシリウスは一旦、席を離れて安全なところに行く予定だった。しかし彼女は席から立たず、ただ何かを待っているようだった。オスカーが耳打ちしても、人形のように動かない。

 そして、シリウスはただじっと闘技場で闘う二人を見つめている。

 鷹の音で鎧の少年はぴたりと動きを止め、ヴェロスはその隙を見て剣を振るような卑怯な真似をすることはなく、相手の反応を待った。

「芝居はここまでだな」

 鉄兜の奥から聞こえた声。その声を知る者は皆、耳を疑った。

凛としたその声は少年ではなく少女のものであったこと。

 そして目を疑った。

 この地の王家たる証である琥珀色の目。薄暗い場所でも輝くハチミツ色の、光の加減でコーラルピンクの影を作る髪色。

 女神グラシアールの恩恵を受けるその姿。

輝ける星を冠する王の名を、オスカーは呼んだ。


「——シリウス」


 混乱の中、驚喜に似た感情がオスカーの中に沸き上がる。

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