第6話:謁見前の駆け引き(2)

 白髪に赤い目。柔らかい笑み。純白の長いロ―ブ、目深に被ったフ―ド、小柄で華奢な雪の妖精のよう。

「陛下が我々にお命じになったのは、臣として仕えること。争いはもってのほかですよ」

「あんた男だったのか」

 アリスタの問いに柔和に妖精は微笑んだ。

「よく間違われますが、れっきとした男です」

白の国パ―ルト―プ」のフィオーレ。

「―――ち、白烏ノ巫女ゼネロ・シャ―マンか」

 白烏ゼネロは神に仕える高位の者の蔑称である。彼ら彼女らは、予言や回復術などに長けた巫女の一族でその九割以上は乙女だという。故にフィオーレのように男性は珍しいはずだ。顔以外の肌を見せず、指先まで隠れる黒い皮手袋をしている。

「騎士殿のおっしゃるとおり争ってはいけません。私たちが女王の召喚命令に二つ返事で応じたのは、私たちは互いの協力を必要しているからに他ならない。紅の国と青の国は長年の争いに困窮し、橙黄の国と千草の国は資源が枯渇していて疫病も蔓延している。そして紫の国、白の国、黒の国は北の侵略者に脅かされている。七つの小国の中心にある王都に君臨し守護するベルンシュタイン王家からの申し出は、どの国も願ってもないことだったでしょう。皆さまは自国の未来を憂い、王国との完全なる同調に賛同する若きロ―ドとお見受けしますが、私の見込み違いでしたでしょうか?」

 オスカーよりも幼いが、聡明な言葉遣いの裏には圧力が潜んでいた。

「俺たちが関係のない小国のために力を貸すと? まして女王のために忠義立てをすると思うか? 俺は命を差し出すお人よしの騎士様じゃないぜ」

 アリスタは少女のように小さいフィオーレの頭をフードの上から掴んだ。

 それでもフィオーレは笑みを崩さず、むしろ救いの言葉を授ける聖者のように、乱暴なアリスタの手を両手で包んだ。

「私はそうは思いません。あなたは陛下の御許に。ベルンシュタイン王家へ最も忠義を尽くすお方になるでしょう」

「面白い。白烏ゼネロの予言か。その根拠は何だ」

「予言とは常に悪いことしか言わないもの。ですが、未来の陛下の臣下には贈り物を授ける寛容を、女神グラシアールもお許しになることでしょう」

 フィオーレはアリスタに少し屈むように言い、耳元で囁いた。

「―――っ」

 何を言われたかは当然聞こえなかったわけだが、先ほどまで傲慢な態度を取り続けていた海賊はひどく動揺した。それは恐怖からではなく、年相応の青少年のように照れているようだった。どこまでも柔らかく微笑むフィオーレだが、その腹の内の黒さは計り知れない。

 喧嘩を吹っ掛けられたリゲルもとうに興味がそがれていた。

「白烏(ゼネロ)の言い分は分かった。だが王都の他六つの小国を一度に手にしようとする者がいないとは限らない。それは統治ではなく侵略だ。俺はそれを見張るために来た」

 壁にもたれ先ほどまで口を閉ざしていた褐色の肌の青年が淡々と答えた。

 「橙黄の国サフラン」ブルトカール家のル=ヴェロス・ブルトカール。

 太陽神ゾラの恩恵を受けた褐色の肌、深い金の髪を白いタ―バンでさらりと巻いている。

 ゆったりとしたサルエルパンツと金色の刺繍が施された麻布のロ―ブが、他の小国とは違う異国情緒(エキゾチック)を感じさせた。彼の低い声は心地良さを与える。寡黙な印象が増長させるのかもしれない。

「同意見だ。皆で協力するとは聞こえがいいが、女王の脅迫と複数の小国を敵に回すことには変わりはない。貴殿の言う完全なる同調は根拠がなく、ただの妄想だ。ここにいる者は皆、結局自国の防衛のために来ているに過ぎない」

 リゲルに続きアリスタもこの状況に辟易していた。

「そこは気が合うな。形ばかりの婚姻なんて吐き気がするぜ」

「皆、よせ。ここは冷静になるべきだ」

「お前が仕切るのか、飛龍の騎士」

「君たちみたいな子どもが暴れないように忠告しているだけだ」

「善人ぶるな、偽善者め」

「あーあ、こうなるとは思ってたぜ、俺は。まあ、ここで殺し合えっていうなら負ける気はしないけどな」

 はあ、とフィオーレは期待外れとばかりにため息を吐いて引き下がった。

「ならばお好きにどうぞ」

一瞬にして空間が殺意に満ちた。武器を取り上げられていたとしても戦う術が彼らには備わっている。王都まで来たからには臆する者はない。

「ちょっと待って!」

 気が付けばオスカーは叫んでいた。

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