トンネル-2


 真っ暗で、誰もいなくて、前も後ろも分からなくなって、這いずるように壁を探していた私を誰かの手が抱き起こした。


「何やってんだバカ! ああもう。掴まってろ」


「真、くん?」


「なんで追いかけて来た。素直に弟を探していれば、こんな脇道に迷いこむこともなかったのに」


「でも、私、真くんにまだ何もお礼できてなくて。それに、真くん一緒に■■■を探してくれるって言ってくれたから、私……」


「――分かったよ。ここで四の五の言っていても何も始まらない。それに火を灯して明かりにしよう。拾ってくれ」


「え?」


「見えてないのか。ならいい。僕が拾う」


 真くんはしゃがんだようだった。私ははぐれないよう必死に彼にしがみついたままでいる。すると、懐かしい、歌うような声で彼は詩を口ずさんだ。


『夕焼けに 我が家が滲む』


『あかあかと 燃え盛る火よ』


『いとけない あの子はうちで』


『眠ってる 煙のなかで』


 眩しい、とはじめ思った。やっと光に慣れてきて目に翳していた腕を外すと、そこには炎に包まれた家屋があった。まるで町長さんにそっくりな外観だった。


「これも、手帳のなかの詩なの?」


「いや。この燃え滓を読み上げただけだ」


 そう言って真くんが見せてくれたのは、行きしなに町長さんからもらった黒い木片。――わしの体の切れっぱしじゃ。いざと言う時に助けになるはずじゃから失くさないように持っておくんだぞ――確か、そんなことを言われていたんだった。


 お陰でトンネルのなかはしばらく明るかった。天井に吊り下げられた標識には「↑忌野町 1200m」と書かれている。多分そっちが来た方向だ。真くんと私は踵を返し、また歩きはじめる。


 彼に手を引かれて歩いていくうちに、出口から射す光が見えた。


「ここまで来れば大丈夫だろう。行け。俺は向こうで待っているから」


 どういうこと、と尋ねようとしたときにはもう、私は目を覚ましていた。彼岸花がいちめんに咲いている。花畑だった。遠くには古びた観覧車が見える。今に崩れてしまいそうで、運転も止まっている。

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