第2話

 これは一人の男が道を踏み外すまでの話だ。

 じいさんが亡くなってから、伝助は黙々と動いた。葬儀、納骨、役所のいろいろ。

どうすればよいかなど伝助は知らなかっただろう。ばあさんだって知らなかっただろうし、そもそもばあさんは何かをできるような状態じゃなかった。伝助が動くしかなかった。

 葬儀屋を呼んで、葬儀の段取りを考えるとき、こいつは本気で自分の頭の悪さを呪っているようだった。地域によってやり方に差があるだろうし、一般的なやり方をばあさんに聞こうにも、ばあさんのふさぎ込み方を見ると、とても聞けない。

 そんなときに助けてくれたのは村長だった。先に村長のことをいかがわしいと言ったが、まったくそんなことはない、たいした男だった。

 村の中にはいい葬儀屋と悪い葬儀屋がいるらしい。不幸なことに、じいさんの葬儀を取り持つことになったのは、悪い葬儀屋の方だった。村長が様子を見に来なければ、何十万と吹っ掛けられるところだったのだ。

「なんでこんなに花籠がいるだぁ?」

 伝助の脇から見積書を覗き込んだ村長が問うと、葬儀屋はしどろもどろになりながら、伝助に説明したのと同じ、「この地域では伝統的に…」という話を繰り返した。

 村長は眉間にしわを寄せ、だけれども静かに「いつの時代の伝統じゃコラァ」と言った。どうやら、葬儀屋は何十年と前の風習を持ち出して、余分な飾りつけを買わせようとしていたようだ。「最近の伝統、とは言わなかったじゃないですか。だから嘘はついていません」という政治家のようなやり口だ。

 その後は村長の厳しい監視のもとで葬儀の準備が行われた。悪い葬儀屋と言えど、仕事そのものはかっちり進めてくれたから――いや、もしかしたら村長の前でずさんな真似をできなかっただけかもしれないが――、特に問題が起きることはなかった。

 じいさんは、ばあさんと伝助の知らないところでエンディングノートを付けていたようだ。そこには、連絡をすべき親族・知人の情報やら、銀行口座や遺族年金のことが丁寧に――伝助にも分かるように――書かれていたので、村長の助けも大いに借りながら、伝助はやり遂げることができた。

 とはいえ、市役所に足しげく通ったり、間違わせようとしているとしか思えない書類を何枚も書いたりするのは容易い仕事ではなかった。そのうえ伝助が、銀行印と実印を取り違えたり、制度の説明を理解してないのに理解できた気になって「大丈夫です」と安請け合いしたりしたために、手続きのやり直しも膨大な量になった。

 賢くない伝助がこの大仕事をこなすために、村長のみならず、鈴村社長も助けに入ってくれた。人手も儲けもたいしたことのない小さな会社のくせに、伝助に何日もの休みを与え、かなりの金銭的な補助を出したのだ。伝助は固辞したのだが、社長に「バカたれ、お前のためじゃねえ、じいさんとばあさんのためだ」と言われ、受け取ることになった。じいさん亡き後も、周囲に「バカたれ」と言ってくれる人がいるのだから、こいつは本当に恵まれている。

 葬儀が済み、墓が建ち、四十九日が過ぎ、納骨した。

 ばあさんは、どこかでまだこのことを受け止め切れていない。こればかりは、時間が解決するほかないのだ。しかし、線香を上げさせてほしいと家にやってくる村人たちの応対や、出来合いのものばかりで済まそうとする伝助のための料理などをするうちに、少しずつではあるが動けるようになってきた。

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