第12話 疎外論

 哲学、経済学用語としての疎外は、人間が作った物(機械・商品・貨幣・制度など)が人間自身から離れ、逆に人間を支配するような疎遠な力として現れること、それによって、人間があるべき自己の本質を失う状態を表しますが、マルクスは独自の疎外論を提唱しています。

 難解な話であることから日本大百科全書の解説を引用させていただきます。


疎外 そがい

マルクスの疎外概念

マルクスは、ヘーゲル、フォイエルバハの両者を批判的に継承して、疎外の概念を完成させ、そこに彼のヒューマニズムの基点を据えた。彼の初期の論文「経済学・哲学手稿」(1844)に疎外論が展開された。ここでは疎外は四つの側面から把握されている。

 (1)労働の対象化されたものが人間主体から自立し、対立的に現れる(労働の成果からの疎外)、(2)労働は生の目的でなく手段となり、人間らしい生活が労働以外の場に求められる(自己疎外)、(3)人間の存在を個人的な現存の手段にしてしまう人間の普遍性の疎外(類からの疎外)、(4)人間の人間からの疎外。この疎外された労働は、労働過程が資本家的生産過程として行われることから生じることを明らかにした。ここからマルクスは、人と人との関係が物と物との関係として表される商品世界における疎外と、労働力が商品となり労働がその使用価値となる資本主義的生産における疎外とを問題にしていった。

                     日本大百科全書(ニッポニカ)より引用


 哲学や思想を説く本に見られる分かりにくい文章ではありますが、内容的には間違っているとは思えませんが、工場などの生産現場を前提にした考えであり、間接部門である経理や営業、在庫管理、物流部門などの仕事が考慮されていないのではないかと思います。

 尚、分かりにくい文章であることから要約します。


(1)最初から最後まで職人が作るならば、商品を自分が製作した商品と考えることができますが、仕事が分業化され、自分の作業工程の一部にしか関わらないことで、労働の成果を感じられない。


(2)仕事が分業化されて単純作業の繰り返しとなることから働くことに喜びを感じなくなる。


(3)誰かの為に働いているとの実感がない。消費者の顔が見えないと言うべきでしょうか。


(4)労働の喜びが失われ、労働の報酬でしか人の価値が判断されなくなる。


 多くの人は自分の仕事に不満を持つことが多いのではないかと思います。その理由として報酬や労働条件、労働環境など幾つか考えられますが、働き甲斐も重要な要素であることに間違いはないと思います。しかし、マルクスは本当に労働者の実態を知っていたのだろうかと疑問を持ちます。マルクスの生きていた時代であっても経理や営業、在庫管理、物流部門などの仕事は存在してい筈であり、これらの仕事は工場労働者とは別に考える必要があります。

 一人で何らかのサービスの提供、集金、経理、在庫管理などの仕事を全て行っている個人事業主を除き、仕事の分業化は避けられないと思いますが、実際には何らかの業務委託をしていると言えます。そのため、仕事の分業化は、産業革命や機械化には関係なく、売り上げ規模を拡大するならば、作業の分業化は避けられないことです。    

 また、間接部門になれば、企業の提供する商品やサービスとは無関係な仕事になりますが、マルクスの学説からするならば、疎外と言うことになります。また、個人事業主が全ての業務を一人でこなすならば、疎外感が解消するのかと言えばそんなことはないと思います。

 自分が働いている企業が社会に貢献していると考えることができるならば、製品の製造やサービスの提供とは無関係な間接部門で働く従業員も働き甲斐を感じることができるのではないかと思います。逆に自分が働いている企業が社会に貢献しているのだろうかと疑問を抱くならば、自分の仕事に誇りを持てません。それは個人事業主であっても同じであり、社会の体制の問題ではなく、企業の経営姿勢や企業理念の問題ではないかと思います

 しかし、マルクスは、「疎外」を資本主義体制が問題であるとして資本主義を否定しています。マルクスは、疎外状態を取り除くには、疎外を生み出す私的所有と私的労働を廃棄して、生産手段の社会的所有と直接に社会化された共同労働に基礎を置く社会を実現すべきであるとしていますが、社会主義体制となっても仕事の内容が変わらなければ何も変わらないのが現実です。

 「疎外」の問題は、仕事の内容ではなく、自分の仕事に誇りを持てるかの問題ではないかと思います。自分の仕事が多くの人の役に立つと誇りを持つことができるならば、「疎外」は解消されると思います。

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