【第5話】身近な人には、きっちり見抜かれていたわけで

「Cランク以上の依頼を受ける方はこちらに集まってください」


モスキートハンター協会の職員からアナウンスが流れた。


「綾はCランクの依頼を受けるんだろ。あっちで説明があるみたいだから、行ってきな」


「うん。お兄ちゃんは?」


「俺は別のところで説明を受けるよ。それに俺は慣れているから、どういう流れが大体分かってるし、心配いらないよ」


「そっか」


「大丈夫だよ。職員の方が分かりやすく説明してくれるから。綾は自分の依頼のことをちゃんと聞いてきな」


「うん。そうする。また後でくるね」


「おう!」


駆け足で移動する綾を見守りながら「どうか綾が無事に依頼を終えますように」と強く願った。


「あれ、マサ兄は行かなくていいの?」


「俺は、今回Dランクの依頼を受けてるからな。前線には出ない予定なんだ」


「そっか」


「でも、状況によっては"統率者"を捕縛しに行くかもな」


「えっ!?統率者!?」


統率者というのは、蚊の軍勢を率いる隊長のような蚊だ。ほかの蚊と比べて、ひと回りからふた回りほど大きく、戦闘力も高い。統率者の相手ができるというだけで、相当な実力がある証拠だ。


前線に出ることがない俺は、じかに統率者を見たことがない。実際のところ、統率者がどの程度の脅威なのか体感しているわけではない。だけど、統率者と対峙したハンターは口々に「あれは別格」と言う。


「統率者の捕縛ってすごいじゃん!さすがマサ兄」


「いや、俺の場合はそうでもないんだよ。裏事情を話すと、若い頃と比べて体力が落ちてきてるから、前線でずっと戦い続けるのは結構しんどくてな。だから最初はサポートに回って体力を温存しつつ、状況に応じて統率者の捕縛に参加するっていうスタンスで依頼を受けているわけよ」


「統率者の相手ができるだけですごいよ。さすがベテランハンターは違うね~」


「確かに"ベテランだから"というのはあるかもな。ハンター歴もそれなりに長いし捕縛経験もあるから、こういう依頼が回ってくるんだろうな。でも、ほかのハンターが捕縛する確率のほうが圧倒的に高いから、俺は何かあったときの保険みたいなもんだな。作戦の要は、前線で戦っているハンターだよ」


モスキートゲートに関して分かっていることは、蚊の軍勢を率いるリーダーがいるということ。このリーダーの存在を統率者と呼んでいる。一つのゲートから1匹の統率者が現れる。0匹だったことはないし、2匹以上だったこともない。


そして、その統率者を倒すとゲートが閉じることも分かっている。専門家の話では、統率者から何かしらの信号が発せられており、その信号が途絶えるとゲートが閉じてしまうのだと考えられている。


実際、統率者を倒してから、24時間以内にモスキートゲートは消滅する。


しかし統率者を倒さなければ、ゲートは長時間残り続ける。ゲートが残る期間は21日間。統率者が21日以上ゲート内に帰還しなくても、ゲートは閉じてしまう。


これも蚊たちなりの防衛策なのだと考えられている。


統率者を捕縛した際の実験では、統率者は栄養を一切与えなくても20日間程度は生存可能だということが分かっている。おそらくゲートの向こう側では、20日間は統率者が生きていると判断してゲートを残し、それ以降は死亡したと判断してゲートを閉じてしまうのだと考えられている。


どのみちゲートは閉じてしまうのだが、21日間ゲートが残ると人類側にメリットが生まれる。ゲートがあることで覚醒者を増やすことができるという点だ。


蚊の軍勢に対抗するために、戦力は多いに越したことはない。ゲートができたときは、人類側に被害が生まれると同時に戦力を補強するチャンスにもなる。


ゲートに触れたことで、俺と綾は覚醒してハンターになれた。


自分のことであれば、多少辛いことが起こっても受け入れられる。でも、妹の綾がハンターになったことは、まだ完全に受け入れられてはいない。


今では妹のほうがはるかに強くなっているけど、大切な妹であることは変わらない。


それにずっと一緒にいて、小さな頃のイメージが今でも頭のなかにある。「お兄ちゃん、待ってよ!」と懸命に追いかけてくる幼い妹の姿を今でも鮮明に思い出せる。


そんな妹が、今ではすっかり成長し、実力で兄を追い抜いてしまった。時間の経過とは、残酷なものだ。


「それにしても、ちょっと見ない間に綾ちゃんは大人っぽくなったよな」


確かに兄としての贔屓目を抜きにしても、綾は美人だと思う。顔は整っているし、スタイルもよい。今は依頼のために髪をしばっているけど、普段はロングヘアーで大人っぽさを漂わせている。


見た目だけではなく内面もしっかりしているから、兄としての役割はなくなってしまったように思う。


「悟、分かってんな。見た目は大人っぽくなっても、Aランクハンターだとしても、綾ちゃんはまだ18歳だ。兄貴のお前が守ってやるんだぞ。『俺なんて……』とか考えてる場合じゃないからな」


マサ兄は、ときおり核心を突くことを言う。


俺が綾と比較して卑屈気味になっていることも、マサ兄には気づかれているみたいだ。表には出さないようにしてたんだけどな。マサ兄には勘づかれていたみたいだ。


「大丈夫だよ、マサ兄。Aランクなんて、差をつけられすぎて比べようとも思わないよ。俺はいつもどおり綾を支えていくからさ」


「それならいいんだけどよ。俺は悟が努力してきたのを見てきたし、ハンターへの思い入れがどれだけあるかも知っているつもりだからさ。本当は高ランクハンターになって、おふくろさんの敵を討ちたかったのに、Fランクで悔しい思いもたくさんしてきただろ。それに綾ちゃんを守るっている立場から、急に追い抜かれちまったら、いろいろ思うところもあるだろうなって」


「……」


核心を突くマサ兄に対して、うまく言葉が出てこなかった。


「悟は溜め込むクセがあるから、くれぐれも無理はするなよ。何かあったら、俺が助けてやるから」


マサ兄の気遣いに涙が出そうになるのをグッとこらえた。


「ありがとう。何かればすぐに相談するから」


「おう、遠慮するなよ」


マサ兄には、もう命を救ってもらっているのに、それでもまた助けてくれると言ってくれる。なんて心強い存在なのだろう。


本当に俺は周りの人に恵まれているな。


そう思っていた瞬間、最も絡まれたくない人物に水を差されてしまった。

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