時の香り

虹のゆきに咲く

第1話 蕾の時

「ああああああああああ。」


老人が窓から夕日を見つめて涙を流しながら何かを訴えかけている。

夕日は赤く染まるも寂しく地上の線から沈みゆくのだった。



私は清河幸子と言います。

今年、大学を卒業しました。

専攻は父が体が不自由で育ってきたせいもあるのか福祉関係を専攻していました。

福祉関係の仕事もいろいろありますが、私は高齢者の施設の現場で活躍したいと思っています。

今日は新設したばかりのグループホームの面接の日です。

私にとっても初めての面接でした。


面接会場は面接室があり、そこへ廊下に沿って受験者の椅子が用意されて椅子に座り私は面接の順番を待っていました。

胸の中は不安でいっぱいです。

大学で教わった面接のマナーを何回もイメージして順番を待っていました。

そして、遂に順番がきたのです。


「次の方どうぞ、清河さんですね。」


「はい。」


「中へどうぞ。」


私はノックをしてマナーを忠実に守り面接に挑みました。

面接官は私の緊張を解きほぐすように優しく話し始めたのです。

主に志望の動機を中心に聞かれ、家庭の事情を話し介護の仕事がしたいと切実に訴えました。

その結果、合格となったのです。

早速来週から研修が始まります。

私は不安もありましたが期待の方が上回っていたのです。


早速、私は明日から研修です。

ドキドキします。

大学で学んだことが上手くできるかな。

実は研修の前の日に夢を見ました。

緊張と不安のせいもあったのでしょうか不思議な夢でした。


それはこのような夢でした。


広い野原にベンチがあって高齢者の夫婦が座って花を見ているのです。

二人は優しく微笑んでいました。

それがとても微笑ましくて。

花の上に一匹の蝶がとまりました。

蝶が羽をひらひらと揺らしています。

風は静かに流れています。

すると突然、北風が吹いて花は飛んで行ってしまいました。

蝶もいなくなり、お婆さんがお爺さんの元へ倒れたのです。


そこで夢が冷めました。

今日からグループホームで働くからそのような夢を見たのでしょう。

私は初日は定刻の30分前に到着をしていましたが気持ちがソワソワして落ち着きませんでした。

定刻になると入社式が始まりました。

入社式といっても採用されたのが私と一人の男性でした。

すると、その方から話しかけられたのです。


「君も今日から入社かな?」


「はい。」

「清河幸子と言います、よろしくお願いします。」


「僕は沢田智明、よろしくね。」


「はい。」


沢田さんも緊張した感じのようです。

沢田さんは私より一回りくらい年上で短髪で素敵な方でした。

私は一目惚れしてしまって気持ちは入社式どころではありません。

入社式が終わると早速、研修に入りました。

沢田さんはどうやら経験者で以前にも高齢者の施設で働いていたためすぐに仕事を任されたようです。


グループホームは3つの棟に分かれて一本の廊下でつながっていました。

一つ目の棟は健常者の方が入居するひまわり棟、二つ目は認知症の方のためのたんぽぽ棟、三つ目は体が不自由な方が入居する、れんげ棟に分かれていました。

私と沢田さんはたまたま同じたんぽぽ棟を受け持つことになりました。

沢田さんは優しかったです。


「入社式は緊張したね。」


「はい。」


「いよいよ、研修が始まるけど、わからない時は僕に聞いてくれればできることはするからね。」


「ありがとうございます。」


一人の入居者が私達のところに来たのです。


「ああああああああ。」


「どうされましたか?」


「あああああああ。」


「清河さん、言葉が不自由だね、多分自分の部屋がわからなくなったんじゃないかな。」

「僕が部屋まで案内するよ。」


「私も行きます。」


それが松下さんとの初めての出会いでした。


松下さんは年齢は70歳くらいで、身長は高かったのですが、頭の毛は薄く白髪でした。

足腰が少し不自由なため杖を突きながら歩いていたのです。

言葉は不自由でしたが表情は柔和でした。



時は移り



僕は松下三郎、高等学校の3年生なんだ。

実はここだけの話なんだけど好きな人がいてね。

妙子さんと言う人

肌の色が白くて美人なんだ。

どうやら、両想いかな

なんて、思いすぎかなと思うけど。

毎日一緒に自宅まで歩いて帰るんだ。


「松下さん、一緒に帰りましょうか。」


「ああ、そうしよう。」


ほら、両想いかもしれないよね。

だって、好きじゃなければ一緒に帰らないだろう?

でも、帰り道がいっしょだからかな?

今日は勇気を出して告白してみようかな。

なんて言えばいいのかな?

教えてよ。


僕は君のことが好きなんだけど、おつき合いしてもらえないかな?


言えるかな?

自信がないな。


「松下さん、何を考え事をしているのですか?」

「早く帰りましょう。」


「そうだね、ごめん、ごめん」


心臓がドキドキしてきた。

どうしよう、言えるかな?


「松下さんは、誰か好きな人がいるのですか?」


今だ

でも、なんて言えばいい

君しかいないじゃないか

ああ、これは照れ臭いな。


「松下さん、何を考え事をしているのですか?」

「私は松下さんが好きです。」

「手を繋いでもいいですか?」


「ああ。」


やった、でもはずかしいな。


「もっと強く握ってください。」


「ああ。」


「もう、これでおつき合いということですね。」


「ああ。」


「どうして、ああ、しか言わないのですか。」

「もしかして、私のことを好きじゃないの?」


悲しそうな顔をしているじゃないか

何とか言わないと。

ああ、抱きしめられた。


「私のことが好きでしたら、手を回してください。」


「ああ。」


「ありがとうございます。」

「松下さん、大好きです。」


「僕も好きだよ。」


やった、言えた。

僕は頭の中が真っ白だった。

このまま時が止まってしまえばいいのにね。

そうだよね?


僕は夢のようだった。

妙子さんと今からどうやっておつき合いをすればいいのかな?

普通はどこかに誘うのかな。

どこに誘うかな?

この辺は田舎だからなあ。

田んぼにトンボが飛んでいるくらいかな?

あまり喜んでくれないかもなあ・・・

でも、やっぱり誘ってみよう。

よし、学校も終わった。


「悦子さん、トンボを捕まえにいかなかな?」


「トンボですか?」

「トンボより可愛らしい蝶がいいです。」


「そうだね・・・」

「蝶もいるかもしれないから捕まえに行こう。」


「はい。」


あ、僕って馬鹿だな、網をもってきていなかった。

誘うつもりだったのに。

手で摑まえるしかないのか。

でも、手のひらの中でバタバタ動くだろうな。

どうしようかな?

蝶が飛んでいるかな、野原を探さないと

あったかな?

とりあえず、出発


「妙子さん、トンボは飛んでいるけど蝶がいないね。」


「いいですよ、トンボを捕まえて下さい。」


「本当?」

「トンボでいいの?」


「はい。」

「松下さんが捕まえる姿を見てみたいです。」


「わかった、頑張るよ。」

「でも、難しいな。」


「飛んでいるトンボではなくて、ほら、あの木の枝にトンボがいるでしょ。」


「妙子さんが捕まえてみる?」


「いやです、気持ち悪いです。」

「松下さん、捕まえてくださいね。」


「ほら。」


「あ、捕まえることができましたね。」


「ああ、今度は可愛い蝶を捕まえるからね。」


「本当ですか?」


「ああ、もちろんだよ。」


「約束ですよ。」


「約束は必ず守るよ。」

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