第31話 剣聖は誤解される
本気になったリディアに追い詰められたりしつつも俺たちは順調に進んでいき、バルカス伯爵領に入った。
「おお、これがレオンの故郷か」
「まあな」
目を輝かせて馬車から外を見るユーナに俺は言った。
といっても特別見るようなものもないのだが。
伯爵領には王都のような大きな都市はなく、農村か、こぢんまりとした町が点在しているだけである。ただ、自然は豊かで景色はいい。
普通に暮らしていたころはなんとも思わなかった風景だが、武者修業で世界各地を回って帰ってきたときには自然と「いいところだな」と感じるようになっていた。
「やっぱりシルベスタと似てますね」
ユーナと同じように伯爵領の景色を見ていたリディアが言った。
「そうなのか」
「ええ。もちろん植生とかは違いますし、畑の作物も違うものですけどそれでも雰囲気が似てると思います。わたしもなんだか落ち着きますよ」
「俺はシルベスタには行ったことがないんだが、ここと似てるんであれば割と簡単になじめそうだな」
「えっと、レオンさんはシルベスタに来る予定があるんですか……?」
ためらいがちに聞いてきたリディアに俺は力強くうなずく。
「もちろん。将来的にはそういうこともあるだろ?」
「わ、わたしに聞かれても、困ります……」
小さな声でそう言うとリディアは顔を赤くしてうつむいた。
よし、さっき仕留められそうになった分を多少は取り返せたか。やられっぱなしは性に合わないからな。
とはいえ、本気を出されたらやっぱり負けそうなので、これ以上は攻め込まないことにしよう。切り合いでは引き際の見極めが肝心だ。
乗合馬車でバルカス家の近くの町まで来た。三人で馬車を降りる。ここからは歩きで屋敷まで行くことになる。俺たちは町の食堂で少し休んでから出発した。
「悪いな、二人とも。でもそんなに遠くはないから」
俺はユーナとリディアに詫びつつ町から伸びる道を歩いていた。
既に屋敷は見えている。とはいえ、馬車で何日も旅した上に二人を歩かせるのはちょっと申し訳なかった。
「レオンよ、見くびってもらっては困る。私は健脚な五歳児。この程度の距離はどうということもない」
ユーナは力強く言った。
その言葉どおり、足取りはしっかりしていて疲れている様子はない。
やるな。相変わらず頼もしい五歳児だ。
「わかったわかった。でも疲れたらちゃんと言えよ。おぶってやるから」
俺が言うとユーナは「ん」とうなずいた。この様子なら無理をすることはないだろう。
そうして十五分あまり道なりに歩いたところで俺たちはバルカス家の屋敷に着いた。
「おお、これがレオンの家か」
ユーナが白い屋敷を見上げて言った。
「なかなか迫力があるだろ」
俺は笑って言った。
王国を守護する剣聖の家だからなのか、うちはほかの伯爵家の屋敷と比べても大きめである。そのせいで掃除が面倒だったりはするのだが、ユーナがこうして目を輝かせているのを見るのは気分がよかった。
門を抜けて中に入ると屋敷の扉が勢いよく開いて、慌てた様子の親父とルークが出てきた。
おっ、窓から様子を見ていたみたいだな。
出迎えてくれるとはありがたい。
「親父、ルーク、戻ってきたぞ」
俺は気楽にそう言ったのだが、親父とルークの二人は目を大きく見開いて青ざめていた。
「レ、レオン……その二人は、いや、そちらのお方は……」
親父が声を震わせて言った。その目は俺の隣にいるリディアに向けられている。
そうか、親父は窓から見ていてリディアがいることに気づいたんだな。シルベスタのプリンセスであるリディアとは面識があるって話だったし、俺が王女様を連れてきたもんだからびっくりして出てきたってわけだ。
「ああ、手紙で紹介したい人がいるって書いておいただろ? このリディアとこっちのユーナがそうなんだよ」
俺は二人を示して言った。
「リディア・シルベスタです。ご無沙汰しております、バルカス伯爵」
リディアは親父に向かって優雅に一礼した。
相変わらず美しい所作である。普段は親しみやすいけど、こういうときのリディアは気品に満ちている。
やっぱりきれいだよなあ。負けを認めちゃってもよかったかな。
「初めまして、ユーナといいます」
リディアに続いてユーナもぺこりと頭を下げた。
普段は色々な意味で独特な五歳児だが、いまはきちんと礼儀正しくしていた。
やるな、五歳児。これならばアレな子だとは思われまい。
まあ、いずれはバレるのだろうが、第一印象がいいにこしたことはないからな。
リディアの挨拶もユーナの挨拶も完璧と言っていいはずだったのだが、どういうわけか親父とルークは固まっていた。
「レオン、お前……」
「兄さん、そんな……」
二人とも呆然と俺を見ている。
おかしいな。
こんな愕然とされるようなことをした覚えはないんだが。
「どうしたんだよ、二人とも? 俺はただリディアとユーナを連れてきて紹介しただけだぞ?」
「紹介しただけ、だと……お前、シルベスタの姫君と関係を持った挙げ句、子供まで作ったことを紹介しただけなどという言葉で済ませるつもりか!」
剣聖バルト・バルカスが声を荒げた。
そこで俺はようやく気づいた。
やべえ。
勘違いされてる。
「待て! 違う! これは違うんだ! 俺たちはそういう関係じゃない!」
俺は慌てて言った。
「兄さん、じゃあその子はどこの誰なの? それに、どうして兄さんがシルベスタのお姫様と一緒にいるの?」
ルークは疑わしげに俺を見ていた。
「たまたまだ! 二人とは王都でたまたま知り合っただけなんだ!」
「いくらなんでもその言い訳はないでしょ、兄さん……」
俺は正直に言ったのだがルークはため息をついた。
親父は天を仰いでいる。
しまった。正直に言ったのは失敗だったか。二人ともまったく信じてないぞ。
いや、たまたま五歳の娘を拾ってたまたまお姫様と一緒に冒険者やることになったなんて話を信じてもらうのは無理か。
どうやって誤解を解いたものかと俺が知恵を絞っていると、ルークがユーナに声をかけた。
「ユーナちゃん、だったよね? 君は何歳かな?」
「五歳だが」
ユーナは正直に答えていた。
「父さん」
「ああ。ギリギリだが計算は合う」
ルークに声をかけられた親父は重々しくうなずいた。
「ワシはお前があの修行の旅でシルベスタを訪れなかったのを少し不思議に思っていたが……なるほど、本当はきちんと行っていたわけだな……きちんと、な」
親父は冷ややかに俺を見ながら言った。
ヤバイ。
親父もルークも完全に俺が武者修業していたころにシルベスタに行って、リディアと関係を持ったと思い込んでいる。
これはもう俺の口からいくら言っても無理だ。
「リディア、言ってやってくれ! 俺と君とは何の関係もないと!」
「そ、そんな……レオンさんとわたしの間に何の関係もないだなんて……そんなこと、言えませんよ……!」
俺は懇願したのだがリディアは悲しげに、だが決然とそう言った。
わーい、こっちにも勘違いされたー。
そりゃ俺たちはお互いに好意を持っている間柄だし、互いを大切な人と思っているわけだし、恋の駆け引きを楽しんでいるわけだが、今回否定したいのはその関係ではないのである。俺だってそこを否定するのは絶対に嫌だ。
が、俺の言い方がマズかったせいでリディアは俺たちの関係を認めているとしか思えない発言をぶちかましてしまった。
俺は恐る恐る親父と弟を見た。
「……残念だよ、兄さん」
こんなにも冷め切った目でルークから見られるのは初めてだった。
かわいい弟にこんな目で見られるとは……。なんか泣けてくるんだが。
「お前という奴は……お前という奴は……」
親父は親父で涙を流さんばかりである。
泣きたいのは俺の方だというのに。
なんにしてもこれはヤバイ。
本当にヤバイ。
前の追放宣言は親父をキレさせた勢いで出てしまったものだが、今度は本当に本気で完全に追放されそうだ。
俺が絶体絶命の窮地に立たされていると、ユーナがすっと前に出た。
「レオン父よ、レオン弟よ、あなた方は私がレオンとリディアの娘だと思っているようだが、それは違う。私をよく見るべき。このちんちくりんが、スタイル抜群なリディアの血を引いているわけがないではないかッ!」
「…………」
五歳児に言われて、親父とルークはユーナとリディアを交互に見た。
「…………たしかに」
二人はそろってうなずいた。
誤解が解けた、瞬間だった。
「ユーナ、なんというか、本当に申し訳ない」
俺の名誉のために、自分がちんちくりんだと認める道を選んでくれた心優しいユーナに頭を下げた。
「……あなたには恩義がある。このくらいは、お安い御用」
タフな五歳児はそう言ったが、その目には涙が光っていた。
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