第19話 剣聖はあだ名をつけられる
目的も定まったのでいよいよ本格的に冒険者としての活動開始だ。
まずは冒険者ギルドでリディアが倒した魔物の魔石を買い取ってもらい、その後で依頼を引き受けるつもりだった。
ということで俺たち三人は再びギルドにやってきたのだが……
「見ろよ、レオン・バルカスだぜ」
「Aランクのランバートに圧勝した子連れ剣聖か」
中に入ると冒険者たちは俺を見てひそひそと話し始めた。
「なんだか変なあだ名がついちまったな……」
子連れ剣聖か。たしかにその通りではあるんだが、カッコ悪いようなそうでもないような、でもしっくりくるような。
「いいじゃないですか、子連れ剣聖。私はカッコいいと思いますよ」
俺が若干困惑しているとリディアが笑った。
まあ、リディアがカッコいいと言ってくれるのならいいか。
「このおかっぱ頭の子供もすげえらしいな」
「お前、完全無詠唱で回復魔法が使えるんだってな」
「そう、私は見所のある五歳児」
テーブルに着いた冒険者たちはユーナのことも噂していた。で、我らが五歳児はいつの間にか彼らに混ざってちょこんと椅子に腰掛けていた。
「面白れえやつだ。ジュース飲むか」
「ん。ご相伴にあずかる」
差し出されたコップをご丁寧に両手で受け取るユーナを、俺は素早く回収した。
「知らない人からジュースをおごってもらおうとするんじゃない」
「これは人間関係の潤滑油で……」
「そんなフレーズは大人になってから使え」
コップを取り上げるとユーナはちょっとがっかりしていた。
「すみません、ユーナちゃんがご迷惑を……」
「いやいや、迷惑だなんてとんでもねえ。……あんたも大変だろうが、頑張れよ。俺たちゃ応援してるぜ」
リディアが頭を下げるとなぜか冒険者は優しげな目でそう言った。なんでこんなに気遣ってくれるのか俺もよく分からず、リディアと二人で首をかしげた。すると、冒険者は微笑んでこう言った。
「その年で五歳の子供がいるんだ。さぞ苦労したことだろう。でも、あんたたちなら幸せな家庭を築けるさ」
「………………」
リディアの顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。
あー、なるほど、本物の親子だと思われたか。俺は二十歳。ユーナは五歳。で、リディアは十八歳だそうだからギリギリあり得る感じなんだよな。
「わ、わたしとレオンさんは、まだそういう関係じゃありません!」
リディアの叫びが冒険者ギルドに響き渡った。
「HAHAHA、そいつは災難でしたな」
顛末を聞いたギルドの受付嬢は笑って言った。
「……笑い事じゃありませんよ」
リディアはむくれている。
「まあまあ、そう怒らずに。で、今回持ち込んでいただいた魔石の買取額はこんな具合ですな」
「おお、結構もらえるじゃないか」
俺はカウンターに出来たコインの小山を見てちょっとばかり驚いた。
冗談のような名前の技を駆使してリディアが倒してくれた魔物の魔石を買い取ってもらったわけだが、思いの外金額が多かったのだ。これだったらわざわざ依頼を引き受けなくても出発出来るかもしれない。とはいえ、せっかく再登録したのに一度も依頼受けずに王都を出るというのもつまらない気はするな。
そんなことを考えているとユーナがくいくい、と袖を引いた。
「レオンよ、私は冒険がしたい」
「やっぱり冒険者としての仕事もしておきたいですよね」
ユーナに続いてリディアが言った。
「俺もそう思っていたところだよ。じゃあ、なにか引き受けてみようか」
「くくく、それでしたら、ちょうどいい依頼がありますぞ」
にやりと笑って受付嬢が言った。
「何人もの冒険者が果敢に挑むもことごとく散っていった、高難度クエスト……皆様には達成出来ますかな」
「待て待て、俺たちはEランクだぜ。そんな危険な依頼受けられるのかよ」
俺は言った。さっき聞いてみたのだが、リディアの方も冒険者にはなりたてでまだランクはEなのだそうだ。俺もリディアも実力はランクをはるかに超えているが、高難度クエストなんてそもそも受けられないはずだった。
「くくく、心配には及びませぬぞ。これはEランクでも受けられる依頼ですのでなあ。レオン殿とリディア嬢が心配せねばならないのは、依頼を達成出来るかどうかだけですぞ」
そう言って受付嬢はひらひらと依頼書を振って見せた。
「ほほう……」
「達成出来るかどうかを心配しないといけない、ですか……」
受付嬢の言い方には闘志を刺激されるものがあった。リディアも同様のようで、普段は優しげな瞳が熱く燃えていた。どうやら彼女も俺と同じ人種らしい。
「レオンさん、やりましょうか!」
「ああ! 剣聖の力、見せてやるとしよう!」
「保護者二人が燃えている……」
割と負けず嫌いな俺たち二人がうなずき合う様にユーナは若干たじろいでいた。
「では、引き受けていただけますかな? 数多の冒険者たちを返り討ちにしてきた、この依頼を」
「任せろ!」
「やってやりますよ!」
不敵に笑う受付嬢に俺とリディアは気合い十分で答えた。
こうして俺たちは依頼を引き受けた。
だが、三日経ってもいまだ依頼を達成出来てはいなかった。
場所はこの王都全域。標的の名はココ。奴は手強く、狡猾な獣だった。
「見つけたか!」
「ああもう、さっきまでそこの屋根にいたのに!」
この三日間、俺とリディアは苦戦を強いられていた。
奴は実にすばしっこく、その茶色の体を捉えることは剣聖と手練れの王女でも難しかったのだ。
そんな俺たちを嘲笑うかのように、あの獣はしなやかな四本の脚で悠然と通りを横切っていった。
「いたぞ、あそこだ!」
「ダメです、レオンさん! また裏通りに入られちゃいました!」
俺たちはココに翻弄されていた。
そう、今年で三歳になる、メスの猫に。
「あの猫、わざと俺たちの前に姿を見せてやがるな」
「わたしたち、おちょくられてますよね……」
俺もリディアも歯がみしていた。
家出した猫のココ探し。それが冒険者たちを返り討ちにしてきた高難易度クエストだった。ギルドもどうせすぐに解決するだろうと思っていたそうだが、ココは王都を知り尽くしていて、どの冒険者も刃が立たないのだった。
そしてそれは、俺たちも例外ではなかった。
裏通りに消えたはずのココが再び近くの建物の屋根の上に姿を現す。
腹立たしいことにあの猫は捕まえられるものなら捕まえて見ろと言わんばかりに、わざと俺たちの前に出てくるのだ。
「このままやってもキリがないな」
「ええ。あの小さな体で建物の多い王都を逃げ回られたのでは捕まえられません」
俺が言うとリディアがうなずいた。
「リディア、俺は名案を思いついたんだが」
「奇遇ですね、レオンさん。わたしもですよ」
「建物があるのがいけないんだよな……!」
俺はバルカス家に代々伝わるサーベルを抜いた。雷を断ち切り、雲をも切り裂く黒き刃、レルグロードを。
「ええ。王都を真っ平らにしてしまえば、あの子も隠れられなくなりますよね……!」
リディアもまたシルベスタ王国に代々伝わる短槍を構えた。朱色の柄に燃えるような真紅の穂先がついた短槍、ベルメリオを。
俺たち二人の心はいま、一つにつながっていた。
あの憎たらしいメス猫に、一泡吹かせてやるのだ。
「保護者二人よ! アホな真似はやめるべき!」
俺たち二人が王都を破壊せんと武器を振りかぶったとき、ユーナの声がした。
「そうは言っても」
「ほかに手がないですよ」
俺とリディアはそろって唇を尖らせた。ココのやつを丸三日追い回してもまったく捕まえられないので俺たちは大変むしゃくしゃしていたのだった。
「そうでもない」
そう言ってユーナは袋からチーズを取り出した。
それを地面に置くと「チッチッチッ」と舌打ちし始めた。
「おいおい、そんなんで……」
俺は笑ってしまいそうになったが、すぐに驚愕することになった。
ココが、あの獣が屋根から降りてこっちに歩いてくるのだ。
茶色の猫はするすると優雅に歩いてくると、ユーナがおいたチーズを食べ始めた。
俺とリディアが呆然と見ているなかユーナはひょいとココを抱え上げた。ユーナの腕の中で、猫はのんびりと幸せそうにチーズを食べていた。
「…………」
「この三日、私はココについて王都の人々に聞き取り調査をした。結果、この猫はチーズが大好物とわかった」
なにも言えずにいる俺たちにユーナは言った。
「まあ、こんなこともある」
ユーナは少し困ったような顔で、呆然と立ち尽くす俺とリディアに言った。
「うちの五歳児は」
「頼りになりますね……」
俺もリディアもそんなことしか言えなかった。
こうして、俺たちの初の依頼はユーナの活躍によって無事達成されたのだった。
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