第18話 剣聖は立ち上がる
「幸い、今日明日湿布の在庫がなくなることはないんですが保って一年というところでして……。旅のエルフが玉座を作ってくれたという逸話はシルベスタ王国では広く知られているのですが、友人の名誉のために、玉座の座り心地と湿布のことは王族だけの秘密になっています」
リディアが続けた。
「あー、だからリディア一人で旅に出ることになったのか」
湿布の調達が一大事なのはわかったもののそれならばなぜ彼女はひとりなんだろうかと思っていたが、そういうことか。王族だけの秘密となれば護衛の騎士をつけるとかは出来ないのだろう。
「ええ。父の在位中に湿布がなくなることは分かっていました。ですが、シルベスタ王国は旅のエルフとはその後やり取りもなく、そもそもエルフの里の正確な位置もわかりません。ですからこちらの王族の誰かが一人で湿布調達のためにエルフの里を探す旅に出るしかなかったんです」
「秘密を守るのも大変」
リディアの話を聞いたユーナはそう言った。
「冒険者をやっていたのは素性を隠すためとお金を稼ぐためなんですが――湿布のことは王族だけの秘密なので最低限の資金しか持ち出せなくて――誰かとパーティを組んだりするつもりはなかったんです。でも、ユーナちゃんに声をかけられてしまったので……」
「それは、なんというか、申し訳ない」
「すみませんでした」
微苦笑をもらすリディアに俺たちは改めて謝罪した。ちょっと察しようのない事情ではあるが、結果としてリディアは俺たちに国の秘密を明かすことになってしまったのだ。ここはやはり謝るべきだろう。
でも、リディアは笑ってかぶりを振った。
「違うんです。あのときはびっくりしましたけど、でもうれしかったんです。ユーナちゃんと出会って、レオンさんから仲間になってくれないかって言われて、わたし、すごくうれしかったんです」
「秘密を抱えての一人旅は心細いだろうしな」
俺はそう思って言ったのだがなぜかまたもリディアはかぶりを振った。
「そうじゃありませんよ。誘ってくれたのがレオンさんとユーナちゃんだったからうれしかったんです。この人たちと一緒なら楽しいだろうな、って思ったんです」
優しく微笑んでリディアが言った。そして、小さな声でこう続けた。
「……一目惚れしたのは、レオンさんだけじゃないのかもしれませんね……」
「…………」
リディアのその言葉に、俺はなにも言えなかった。
「……あれ? ユーナちゃん、レオンさんの反応がなんだか変なんだけどどうしたのかな?」
「リディアよ、あなたのアプローチはあからさまであざといが、だからといって効かないわけではない」
「そ、そうなの? いつもユーナちゃんと一緒にわたしの本心をズバズバ言い当ててるし、余裕で受け流してるんだと思ってたけど……」
「受け流すにも限界がある。今回のは完全に急所に入った。クリティカルヒットでノックアウト。なのでこの男は固まった。リディア、ブラボー」
そう言ってユーナはパチパチと拍手した。
くっ、なんとか言い返してやりたいが、今回はちょっと無理か。
なので俺は咳払いして話題を変えることにした。
「コホン、ユーナはアブゼイル魔導王国に関係がありそうだから、俺はあの国まで行くことを提案するつもりだったんだが、東の果てにあるといわれてるエルフの里を目指すなら方角は一緒だよな。シルベスタ王国の秘密を知った以上、協力しないわけにはいかないし、リディアの旅に同行してもいいかな? その代わりリディアにも俺たちが魔導王国まで行くのに手を貸してもらうっていうのはどうだろう」
「ユーナちゃん、レオンさんは取引っぽく言ってるけど本音はどうなのかな?」
リディアはユーナに言った。
「レオンは「俺は君の力になりたい。大好きな君を隣で支えたい」と言っている」
ユーナがリディアに向かって言った。
「わー、うれしいです! ありがとうございます、レオンさん!」
リディアはとても喜んでいた。
それはいい。それはいいのだが……
「ユーナよ、俺はそんなことを言ってはいないと思うんだが」
「レオンよ、あなたはこの五歳児の洞察力をよく知っているはず」
「……お前は俺の味方だと思ってたんだがな……」
「あなたのことは好きだが私はリディアのことも同じくらい好き。そして、公平中立が私のモットー」
ユーナは胸を張って言った。
そうか、公平中立か。立派な考え方だな。公平中立じゃしょうがないか。
俺はため息をついて今回の負けを認めたのだった。
「で、エルフの里を目指して旅しつつ、ユーナのことを調べるためにアブゼイル魔導王国にも立ち寄るわけだが……」
「先立つものがいりますね」
俺が言うとリディアがうなずいた。
方針が決まったのでちょっと地図を広げて進路を確認してみたのだが、東の果てを目指すとなるとかなり長い旅になりそうだった。
当然それ相応の資金が必要になる。
「やっぱ冒険者の仕事で稼ぐのがいいだろうな」
「ですね。旅をしながら各地のギルドで依頼を受けて資金を調達する形でしょうか」
「私も手を貸す。いつでも頼るべき」
フンと鼻を鳴らしてユーナが言った。
「子供の手を借りことなんてない、と言いたいところなんだが……」
「回復魔法の使い手は貴重なんですよね……」
俺もリディアもユーナを当てにするつもりはないが、実際問題回復魔法の使い手というのは攻撃魔法の使い手よりも貴重なのである。しかもユーナは完全無詠唱で回復魔法が使えてしまう天才児――というか変わり者だ。
「多分手を借りこともあるだろう」
「そのときはお願いね、ユーナちゃん」
「ん!」
ユーナは気合い十分だった。なんだか本当に頼りになりそうだ。だが、そうはいってもこの子は五歳。きちんと守ってやらないと。
「それじゃ、ひとまず王都に戻ってギルドで依頼を受けるか。で、ある程度資金が貯まったら出発だ」
「ええ。頑張りましょう」
俺が言うとリディアもうなずいた。
「私たちの冒険が始まる。エルフの湿布を手に入れてシルベスタ王の腰を救うための冒険が」
ユーナが言った。
そして俺たちは立ち上がった。
……のだが、なんかこう、空気が締まらなかった。
「ユーナよ、なんだか盛り上がらない気がするのは気のせいか?」
「気のせいではないと思う。私も冒険が始まると言ってはみたが、いまいちテンションが上がらない」
「やっぱそうか。俺もなんか気合いが入らないんだよな……」
「目的が目的ですし、しょうがないですよ……」
リディアも俺たちと同じ思いのようで、乾いた笑みを浮かべていた。
「一大事なのはわかるんだけど、腰に貼る湿布だもんなあ……」
「まあ、のんびりやればいいのではないか」
ユーナが言った。
そうだな。のんびり旅をして、のんびり冒険するとしよう。で、のんびり湿布を手に入れて、のんびり国王の腰を救うのだ。それでいいか。
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