第5話 剣聖は冒険者ギルドに行く
ユーナの疑問はもっともだ。なので俺はギルドまでの道すがら、親父にキレられて追放されたことをかいつまんで説明した。
「まあそんなわけで、親父の機嫌が直るまでの間、冒険者をやることになったってわけだ」
「……保護者よ、これは結構情けない話なのでは」
「娘よ、俺は確かにお前の保護者だ。だがな、保護者である前にひとりの人間なのさ」
俺はフッと笑って五歳児を諭してやった。
「深いことを言われた気がする……!」
ユーナはちょっと目を輝かせていた。実際のところさっきの含蓄に富んでいるっぽい言葉はただのみっともない言い訳なのだが……。珍味好きといえども所詮は五歳児。ちょろい。
「そう、レオンもまた弱さを抱えたひとりの人間にすぎない。本質的な問題を解決しようともせずに、自分を慕ってくれている弟の優しさに甘えて、ただほとぼりが冷めるのを待つだけという保護者にあるまじき行いをするのも仕方がないということか」
「あ、ああ……そう、だな……」
あれ? 改めて言葉にして表現されると自分の行いの情けなさがぶっ刺さるんだけど。
俺が五歳児からの客観的な意見に打ちのめされそうになっていると、ユーナにくいくいと袖を引かれた。
「あれが冒険者ギルドか?」
ユーナが指さしているのは王都の中でも一際目を引く、二階建ての大きな建物である。
「おう、あれだな」
気を取り直して答えてやった。
ユーナの言う通り、あれが冒険者に仕事斡旋している大組織、冒険者ギルドだ。なんでも元々は大昔の小さな傭兵団だったそうなのだが、年月を経てどんどん大きくなっていき、いまは冒険者という実質的な何でも屋を管理派遣する巨大組織となっている。
「じゃあ入るぞ」
ユーナに声をかけてギルドの重厚な扉を開こうとしたのだが、またもやくいくいと袖を引かれた。
「どうした?」
「私は自分でこの扉を開けることを所望する」
「……お前、案外かわいいところがあるな」
「こう見えても五歳児。そういうところがあるのは当然では」
「それもそうか」
なんか色々と達観してるっぽく見えるが、こいつも冒険に胸躍らせる子供というわけだ。……まあ、肝焼き買ってやったときの方がテンション高かったと思うが。
ともかく、俺は娘に冒険の第一歩を任せることにした。
……思いの外扉が重かったらしく苦戦していたので手を貸してやることにはなったが。
「所詮私は無力な五歳児か……」
「立て付けが悪かったんだって。元気出せよ」
ちょっと落ち込んでいるユーナを励ましつつ、二人でギルドの中に入った。
中はそれなりに混んでいて、老若男女種族も様々な冒険者たちがひしめいていた。
予想はしていたというか当たり前なのだが、この場に子供はユーナだけである。はっきり言って浮いているが、本人は初めての冒険者ギルドに浮かれてキョロキョロしているので気にならないようだった。
「じゃ、まずは受付で登録だ」
「了解」
二人してカウンターまで行くと、そこにはなじみの受付嬢がいた。
「これはこれは……珍しいお方ですな」
薄い茶色の髪をショートカットにした小柄な受付嬢は大げさに眉を吊り上げるとニヤッと笑った。
「またこいつかよ」
「知り合いなのか?」
ため息をついているとユーナが首をかしげた。
「前にも冒険者やったことあるんだが、そのときの担当がこいつだったんだ。場所は王都じゃなかったんだが……」
「くくく、栄転というやつですぞ。そしていまやわたしは王都の名物受付嬢……それをこいつ呼ばわりとは……相変わらずですなあ、レオン殿」
受付嬢はなんか意味深に笑っているが別に深い意味はない。大物っぽい思わせぶりなしゃべり方をするのが好きなだけである。
俺も初めて会ったときは面食らったが、単にアホなのだと気づくのにそれほど時間はかからなかった。
で、妙なしゃべり方をする受付嬢はチラッとユーナに目を向けた。
「目的は冒険者への復帰、ですかな。なにやらワケありのようですが立ち入ったことは聞きますまい……くっくっくっ……」
「まあそういうことだ。ところで、俺のランクについてはどうなるんだ?」
冒険者にはギルドが定めるランクがあり、それに応じて受けられる依頼が変わってくる。武者修行していたころは最高位であるSSランクのひとつ下、Sランクまでいったのだが、俺は一度登録を抹消しているのだ。となると……
「一度登録を抹消した以上、最低のEランクから始めることは避けられませぬなあ……もっとも、いまのレオン殿の力があれば昇格など……くくく……」
受付嬢はニヤッと笑ったあとで含み笑いをもらした。
ほんと、こいつはなんでこんなしゃべり方なんだろうな。
しゃべり方こそアレだが、この女、仕事は出来る方である。テキパキと書類を用意するとパパッと処理してササッと俺を冒険者に復帰させてくれた。
「くくく、では、ご武運を……」
最後に冒険者の証であるギルドカードを俺に渡すと、受付嬢はニヤッと笑ってぐっと親指を立てた。
「お世話になりました」
「返さんでいい」
ユーナが同じようにぐっと親指を立てて応じたが、真面目に対応しなくていい相手なのでそう言っておいた。
「さて、これで冒険者として再出発というわけだ」
「冒険の始まり。テンション上がる……ッ!」
ユーナは上がったテンションに身を任せて依頼が張り出された壁のボードまで突っ走ろうとしたが、俺は首根っこを掴んで取り押さえた。
「何故拘束ッ!」
「依頼受ける前にやることがあるんだよ」
そう言ってやるとユーナは首をかしげた。
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